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ワインくぅださい!

 ここは、オムニア大陸の中央はブルーム王国、その東の端ヴィーゼ州、その南の端のディアゼー村ってところらしい。ど田舎、いや、辺境って言って上げた方が少しだけカッコ良い。


 突端が湖畔まで入水したように突き出した石垣が異様に思えた。小さな村には似付かわしくない、高く強固な石垣だ。村を囲うように湾曲して伸びていっているが、それは途切れている。建築途中らしい。村人達が石を積み重ねているのが見えた。


 リリィさんが言うには、湖を挟んだ東側には元々石垣があった。それは、村のずっと東に大きな魔物の生息域がありそこから流れてくる魔物が時々いて、その侵入を防ぐ為だからだそうだ。村の西側へは、湖と湖から東へ流れる川と森とが障壁となってほとんど魔物が来ることはなかった。が、ここ数ヶ月の間に森の西側でゴブリンの目撃が増えた。村西部の石垣建設は、リリィさんが予測したゴブリン襲撃の為だったが、どうやらそれは俺達が運良く防いでしまったらしい。


 村の入り口の門をくぐると、数十棟の石造りの家々が見えた。辺境の村っぽいのに計画的に建築されたのだろう。整然と並んでいる。段々の葡萄畑の前にはワイン工房だろうか、住居とは構造を異にする大きな建物が見えた。心なしか、風に乗って甘酸っぱい匂いがする気がする。湖に目を向けると、小船の上で網を湖面へ向けて広げている漁師の姿も見えた。


 すれ違う村人は皆リリィさんに声をかけた。彼女はそれに和かな顔をして応える。その様子から、リリィさんはこの村の名士であるようで良い関係性を築いているようだ。言っちゃ悪いが、リリィさんほどの美貌の持ち主ならこんな田舎なら浮いてしまっても仕方ない。これも彼女の人格が優れているからなのだろう。


 静かではあるが、穏やかで良い田舎だ。その雰囲気もこの村の人々が作り上げているのが分かる。最近は死に逝く世界で絶望している人々しか見ていなかったから、ちゃんと生きている人間を見るとそれだけで安堵するものがある。


「ここが我が家だ」


 村の中ほどにリリィさんの家はあった。前庭があり、邸宅の周りをぐるりと低い板の塀が囲っている。他の住居と比べると、一際大きい。


「リリィさんて、お金持ちなんだね」


 美波が羨望の中に嫉妬を込めて言った。


「そうか、言ってなかったな。我がヴェルテ家は代々騎士だ。この村とその周辺は私の領地だ」


「むほほほっ、騎士? キシ? それはそれは……ワインくぅださい!」


 江崎のおっさんはただの酒好きアホになっとる。いや、それは元に戻っただけか。しかし、リリィさんは騎士だったのか。苗字にフォンが付いているから貴族か準貴族だろうし、何よりその立ち居振る舞いからそんな感じはしていた。納得だ。


「江崎殿は、相当な酒好きと見えるな。待つと良い。すぐに準備させる。ハンス! ハンスはおらぬか!」


 リリィさんが声を上げる。ほどなくすると、邸宅のドアを開けて一人の男が出て来た。白髪、細い垂れ目で和かな印象だ。歳は江崎のおっさんの少し上くらい、初老ってところか。ハンスって呼ばれて出て来たからには、この人がハンスさんなのだろう。


「リリィ様、お帰りなさいませ」


「うむ。異世界からの客人だ。持て成して差し上げろ。酒好きの方々だ。ワインの準備は多めにな」


 そうか。こちら側の世界から見れば俺達の方が異世界人なのか。当たり前だよな。


「かしこまりました。皆様、ようこそおいで下さいました。どうぞ、こちらへ」


 執事、バトラー、上級使用人。呼び名は何だっていいが、ハンスさんはその類の人なのだろう。この道を何十年も勤め上げてきたのだろう。まるで、俺達が今日来るのが分かっていて全てが想定内であるかのようだ。無駄がない。俺達を客間へ案内する間にも、他に数名いる侍女に淀みなく指示を出していた。


 埃一つない磨き上げられた床に、屋敷のシンプルな内装に主張し過ぎないよう飾り付けられた花。リリィさんの好みでもあるのだろうけど、それを成しているのはこのハンスさんと侍女達なんだろうって思えた。



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