はあ? マジか……
踏み出して、靴底から伝わる草を踏む感覚は本物だった。柔らかく浅く体が沈み、控えめに押し返す。なんて草の名だろう? 手入れをしてない芝のような草だ。きっと地球に生えてる草にも同じようなものがあるのだろう。
「なんだ、おい。草原がそんなに珍しいか?」
江崎のおっさんが不思議そうな顔をしていた。俺がやたらと踏みつける草を気にしてたからだろう。
「いや、俺、都会っ子だからさ。それに、異世界に触れてるのが、今一ピンとこなくて」
「そんなこと気にしてんだね。手からレーザービーム出してんのに」
そう言う美波は、ビールが半分ばかり残ったジョッキを手にしていた。
「おい、それ持ってく気か?」
「ああ、これ。水分補給兼、武器」
流石、俺の幼馴染。斬新な発想ですね。でも、確かに、この果ての見えない草原を行くには水もいるし、魔物が出るなら武器も必要だ。
「ああ、水も食料も心配しなくていいぞ。パクリ君は、埋め込んだ奴を超人に変えるんだ。身体能力や体の頑強さは常人の数十倍に跳ね上がってるし、飲み食いしなくても一ヶ月は普通に生きていられる」
「ウソぉ。どんな原理で? 副作用とかヤバくね?」
「副作用は多少アホになる程度だな。でも大丈夫だろ。既にお前らアホだから」
「逆に、更にアホになる程度でチートになれるんなら、アタシは大歓迎」
美波はジョッキに残ったビールを豪快に飲み干した。プハぁとか言っちゃって。おっさんか。おっさん二人に、美少年一人の冒険者パーティか。
「んじゃ、適当に進むとするか」
江崎のおっさんはふらりと歩き出した。その足取りは、まるで飲み屋街を彷徨う酔っ払いだ。
「おっさん。そこいらの小汚い裏路地じゃないんだぞ。それに進むって、どこへ進むんだよ? チンターマニがこの異世界のどこにあるのか分かってるのか?」
「ん? そんなもん分からねぇに決まってるだろ。まあ、適当に二、三年彷徨ってりゃ、なにかしらの情報が手に入るだろ」
「はあ? マジか……」
俺は開いた口が塞がらなかった。いや、塞がるよ。塞がるけどもね。
「とりあえず、アタシはこの世界を楽しみたいな。こんな大自然に触れられるのも久しぶりだし、正直チンターマニとかどうでもいいし」
美波はジョッキをブンブン振りながら、江崎のおっさんの後を歩き出した。
舐めていた。こいつらの世界の舐めっぷりを、俺は舐めていた。
「おら、京介。地球を救う冒険の旅はもう始まってんだぞ」
おっさんが振り向く。態々異世界くんだりまで来たんだ。地球を救いたいのは本当なのだろう。が、しかし、そのプランがノープラン過ぎる。
とは言っても俺にプランなんて浮かびもしない。こんな時のファンタジークソ定番って何だっけな? こんなことなら、なろう系小説とかもっと読んどくべきだった。先が思い遣られるなあ。こんなことで地球を救えるのかなあ。そもそも、俺は地球を救いたいのかなあ。
なんて自問しつつ、俺は酔っ払い二人の後について歩き出した。あ、俺も酔っ払いだったっけ。