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お前にしてはよくやったんじゃねぇか

 城。そんな小説があったな。あの物語は尻切れ蜻蛉で、って言う前に俺は読むのを途中で止めてしまったんだけど。多分主人公Kは城の理不尽の前で訳わからず騒ぐだけ騒いでのたれ死んだんだろうな。何故今そんなことが思い浮かんだんだろう? この国の城は絶対的権力の象徴ではなく、ただの戦いの舞台と化した書割でしかないのに。


 城へ至る道にも人死にがゴロゴロしていた。冷静に見れた。刃で斬られた傷で死んでいる者もいたが、焼かれたり、潰されて死んでいる者の方が多いように見えた。おそらく、魔法によるものなんだろう。容赦ない。老若男女問わずだ。


「……眼についた人間を全て手にかけている……早く、止めなくては」


 リリィさんの声は、震えていた。歩む足取りもバタバタと拍子が狂っている。怒りに悲しみ、他はどんな感情が混ざり合っているんだろう? 今の俺に分かりそうにない。空の鎧にはこの場合の共感を奪うデメリットってのもある。


 城門へ辿り着く。選別者達は正面突破したのか。堀へかかる巨大な跳ね橋の鎖は断ち切られ、堅牢な門扉は無理矢理歪めてこじ開けられていた。その前にも後ろにも多くの死体が転がっている。人のものなんだろうが、原型をとどめているものを探す方が大変そうだ。


「うわ、ひっど……」


 美波が顔を歪めていた。


「この魔気の残存。魔法によるものが、ほとんどみたいだぞ」


「ああ。間違いない。シーラだ……あいつを感じる」


「そのシーラってさ、どんな人なの? よっぽど酷い奴みたいだけど」


 美波の問いに、リリィさんは首を何度も横へ振った。


「違う。違う……はずなのだ。私の知っているシーラは、傷付きやすいが、淑やかで優しく、キシャ豆のスープに目がなく、春の朗らかな木漏れ日と野に咲く花々を愛する、そんな人間のはずなのだ……」


「なんか、いい人そうですね……」


「うん。リリィ姐の話だとね。でも、この惨状見たらアタシにも分かるよ。もの凄い殺意だよ。で、それを全部形に出来ちゃうぐらいの能力を持っている」


「お。美波にしては、鋭いこと言う……」


 言い終わらないうちに、美波に後頭部を叩かれた。無言で、眼も笑っていない。そうだよな。この場でふざけたノリはいけない。


「シーラは、美波と京介と同じ歳の頃のはず。にも関わらず、祖母、銀灰の魔女から攻撃魔法だけなら自分に匹敵すると云わしめた使い手だ」


「あのヒルデ姐が? 正に天才ってやつだね」


 美波は驚嘆した顔作ってたが、眼が爛々としていた。昔からトラブルアクシデントの類は好きな奴だったが、喧嘩好きの戦闘民族ではなかったはずだ。峻厳の柱がそうせてんのか?


「美波、京介、江崎殿。頼みがある。シーラは私の手で葬りたい。あいつとの闘いに手を出さないで欲しい」


「葬るって、命を奪うんですか? 仲間だったんでしょ?」


「仲間だからこそだ。この所業、最早許されることではない。仲間だからこそ……友だからこそ、償わさせなければならない」


 リリィさんの顔は美しかった。歪まず、曲がらず、それを成そうと決意している。この人の心はどこまで強いんだ? 空の鎧がなかったら、きっと彼女に恐怖さえしてたかもしれない。


「なんかよく分からんが、そこまで思い詰めなくてもいいんじゃないのか? まだシーラって奴の意志でやったかどうか分からねぇからな。精神をどうにかしちまう系の魔族とか、そんなんに操られてるかもしれないだろ」


 江崎のおっさんが伸びた鼻毛を引き抜きながら言いやがった。イラっとして消える。いや、的を射ているんだけどさ。


「そうか……江崎殿、すまぬ。その可能性もあったな。思い詰めて、先走る。私の悪いクセだ」


「まあ、そこがリリィ姐のカワイイところでもあるんだけどね」


「可愛い? 私のこんなところが?」


「だって、パーフェクト超人みたいなリリィ姐のモロさが出ちゃうところだもん。折れず、曲がらず、みたいな。逆にそれってさ、壊れる寸前って感じがして、ああ、守ってあげなきゃ、支えてあげなきゃって思うんだよ」


 なるほど、なのか? 幼馴染は俺と全く違う想いをリリィさんに見ていたのか。真逆と言ってもいい。でも、美波のようにカワイイって見た方が救いがあるように思える。よし。


「……そ、そうですよ。リリィさん。カ、カワイイっすよ!」


 場の空気が凍りついた。当のリリィさんはポカンとしてた。慣れないことをした。俺の言うべきことじゃなかったのか。主人公らしく、悲しい結末へ向かおうとしている仲間を、思い直させようと思ったんだけどな。恥ずかしさと後悔が込み上げたが、空の鎧がすぐに消してくれた。


「京介、お前にまで気を遣わせてしまったようだな。しかし、年下の男が、この私に可愛いか。こそばゆい気分だ」


 リリィさんは短くだけど微笑んでくれた。綺麗だ……。やった。俺はこの状況で彼女の微笑みを引き出せた。


「いこう。激しく争う意識のぶつかり合いは、ずっと続いている」


 リリィさんが城へと目を向け、歩み出した。その足取りから静かさと無駄の無さを感じる。冷静さを取り戻してくれたように思える。功を奏した、のだろう。


 彼女の背を見ていると、不意に尻に突き上げた衝撃が襲った。美波だった。こいつが俺の尻を膝で蹴り上げたんだ。


「そうだよな。リリィ姐は、カワイイよな……」


 俺を追い抜きざまに、美波はボソリと言った。


「は? どう言うことだよ?」


 分からん。意味が分からん。


「京介、だから京介なんだぞ。この京介」


 最早、アイちゃんの決め台詞と化しているな。純粋なる混沌の主様は俺にジト眼を投げて歩いていった。


「まあ、余計だったようにも思えるが、お前にしてはよくやったんじゃねぇか」


 江崎のおっさんが優しく俺の肩をポンと叩いた。おっさんがそう言うのなら、そう思っておこう。なんか、ズレ散らかして返って偶然ハマったみたいな感じだけど。



 

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