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異世界へようこそ

「異世界へようこそ」


 おっさんが両手を広げて言った。横で美波がポカンと口開けてた。三白眼がしっかり死んでるよ。で、俺はと言うと。


「ああ、うん、そういうことね」


 妙に納得した体を装ってた。だって、何故か手から何か出そうな気分になっていたからね。


「光よ」


 俺は言いながら、居酒屋の壁に向かって手をかざしてみた。なんも出ねえよな。なんて思いながら。だが、そんな冷笑じみたもんを裏切って、なんか出た。光だ。棒状? 光線? レーザービーム? そんなのが壁に伸びて、穴を穿った。穴からは青空が覗いた。意外と出るもんだね。


「ウソぉ、何それ」


 美波がびっくりした顔を俺へ向けた。


「お、早速、魔気に当てられたな」


 何故かおっさんが嬉しそうにしてた。


「マキ? 水野?」


「バーカ、坂井でしょ」


「どっちもミキだろうが! 魔気だよ、魔気!」


 ごめんね、俺ら酔っ払ったままなんだ。


「魔気ってのはこの異世界に渦巻いてる不思議な気だよ。この世界の人はそれ利用して、魔法とかカメ●メ波とか撃ったりすんだよ。で、その魔気に触れると固有スキルってやつが発現することがあんだよ。ドアホ」


 最後のドアホいる? 


「ってことは、俺ら本当に異世界にやって来たってことか。うん」


 俺は手の平見て、グーパーして頷いてみた。


「なんだか、自然だろ? 固有スキルが発現する者は、それが以前から備わってたみたいな不思議な感覚になるらしい」


「へえ。アタシには、その固有スキルってやつは発現しないのかな? 何にも変わらないし」


「発現のタイミングは人それぞれだ。京介みたいに、いきなりってのは変態なだけだろう」


「うん。俺、変態」


「じゃあ、アタシもいつかは固有スキルが発現するかもしれないんだ。何かな? 爆乳化とかかな? って誰が貧乳だよ!」


 ペシ。いや、バシだな。突如俺の後頭部を、美波は平手打ちしやがった。


「言ってねぇよ! 思ってるだけだよ!」


「思ってんじゃん! アタシのこと、貧乳だって思ってんじゃん!」


 ね? 面倒でしょ? 美波はこんな絡みをよくやる。貧乳はこいつの大きなコンプレックスらしい。そんなもん、気にすんなよ。


「ああ、それからな」


 突如、おっさんは立ち上がると、その体型と顔に見合わぬ身のこなしで俺と美波の後ろへ回り込むと、ポンと軽く二人のうなじの辺りを叩いた。


 なんだよ、俺は巨人じゃねぇし、そこに小っちゃい人埋まってねぇよ。なんて思いつつ、俺はおっさんに叩かれた場所に手を遣った。すると、そこにプラスチックと金属の合いの子みたいな、小っちゃい四角い板がくっついている感触があった。


「え? なに? 気持ちわるっ」


 美波がしかめ面でうなじを擦っていた。俺もおそらく同じような顔してた。が、顔が原因なのか、何も関係ないのか、その板はスルスルと小さくなっていった。あれ? これ、潜っていってますよね? 板、うなじに潜ってますよね!


「ちょ、おい! おっさん! な、これ! ど、どうなってんの?」


 なんて言ってる間に、板はズッて皮膚の内側へ潜って消えた。なんだか、背筋から後頭部がむず痒かった。


「そいつは万能スキルダウンローダー、その名も『パクリ君』だ。それを通じて凡ゆるスキルを脳みそへ叩き込み、フワフワオムレツの焼き方からモストマスキュラーまで、一瞬で覚えることが出来る」


「モス、モストなに? 極大破壊呪文?」


「モストマスキュラー。ボディビルのポージングだよ。例えが鋭角過ぎるんだよ、おっさん」


「ガチなの? そうなんだよね? だって首の中入っちゃったし。ええ・・・・」


 美波は信じちゃってるみたいだ。俺は違うぞ。


「んじゃ、ちょっと試してみろよ」


 俺が口を尖らせて言ってやった。


「既に、牛乳寒天からカヌレまで、食べログで星四つ取れるレベルに作れるスキルをインストールしてあるぞ」


「いや、スイーツ! それ、範囲分かりにくいし。星四つはすごいけども。俺が欲してるのは、もっとこう、分かりやすやつ」


「しょうがねぇな。じゃあ、ちくわを笛みたいに吹けるスキルでいいか? 丁度、おでんのちくわがあるだろ」


 江崎のおっさんはスマートウォッチをパッパとタップした。一瞬俺の後頭部にピリッとした感覚が走った。


「そんな、ちくわを笛みたいに吹けるわけ……」


 俺はおでんのフニャったちくわを手に取ると、穴に向かって適当に息を吐いた。するとピーって、いい感じで音が鳴った。で、更にちくわを後ろ前に折り曲げて自在に音階を作り出し、ビバルディの四季を吹き上げてやった。


「えっ、すごいじゃん、京介」


 美波が地味に拍手してくれた。


「いや、そうじゃなくて! 吹けちゃったけども!」


 俺は腹が立ったついでに、ちくわを二口で食ってやった。だが、パクリ君が本物だということは認めてやる。


「安心しろ。パクリ君には既に、空手、柔術、ジークンドー、八極拳、躰道、カポエイラ、システマに、居合や西洋のサーベル術なんてのもインストールしている。地球上の目ぼしい武術全般だな。これから必要になるだろうからな」


「へー、なに? アタシたち武術の達人になっちゃったってこと?」


 美波は呑気に嬉しそうにしてやがるが、俺は気付いていた。


「ってことは、これから戦うってことか?」


「当たり前だろ。異世界ファンタジーには戦闘が付き物だろ。なんかキッショいゴブリンとか、ゲロみたいなスライムとか、わんさかいる世界だぞ」


「うは、やった。チートみたいに強くなって、ぶち殺せまくれるんだ」


 こわいこわい。美波、口元歪んで眼を輝かせちゃってるよ。


「おっさん。一つ訊いていいか? なんでこの異世界へ来たんだ? なんでこの世界に来たことが地球を救うことになるんだ?」


「二つ訊いてるぞ。いや、三つか。一つにまとめろよ。カス」


「細けーよ! そして、カスは親譲り!」


「ホント、しょうがねぇ奴だな。まあ、いいか。この異世界にはな、今、チンターマニが存在してるんだ」


「え? チンタ?」


 おい、美波。変なところで端折るな。小学生ならまだしも、お前が言うと卑猥に聞こえるだろ。


「チンターマニだ。如意宝珠とも呼ばれている。どんな願いも叶えてくれる、高級肉まんみたいな形をした宝珠だ」


「ああ、仏教の宝とされてるやつだろ? そんなもん実在してんのかよ」


「京介、状況をよく見ろ。状況を。最早、何でも起こりうるって思っとけ。チンカス」


「いいえ! 違うね! 俺はカスだけど、チンカスではないね!」


「つまり、その何でも叶えてくれるチンターマニで、地球からエイリアン追っ払って元通りに戻すってことでしょ」


 美波が薄笑い混じりで言った。なんだい? その侮蔑の目は? 鼻息吐息は?


「その通りだ、美波。チンターマニはな、彷徨い続ける宝珠なんだ。宇宙の星々を、時空を、次元をな。で、今はこの異世界にやって来てるって訳だな」


「へぇ。チンターマニにそんな設定があったのか。俺はてっきり、チベットのでっかい寺の奥に仕舞われてるもんだと思ってたよ」


「設定とか言うな。色々ややこしくなるだろうが。確かに、大昔チベットの寺にあったみたいだがな」


「何で、そんなことがおっさんに分かるんだよ」


「俺は世界政府のエージェントだぞ。お前ら一般市民には秘匿している、色んな情報も科学技術も知ってんだよ。それはいつも話してやってんだろうが。ウスノロ」


 ウスノロて。確かに俺の人生の歩みは鈍いが、薄くはないぞ。ニーチェとか嗜んじゃったりちゃったりなんかしてるからな!


 問題はそこじゃない。いつも、江崎のおっさんが酔っ払って話してた妄想が、事実だったかもしれないってことであり、目の前にそれを突きつけられているってことだ。何だか、俺の頭蓋骨の中で脳味噌がグルって反転した気分だった。


「んじゃ、早速冒険の旅にでも出るか。ここでウダウダやっててもしょうがねぇ」


 おっさんは居酒屋の戸口へ向かい、その引き戸をガラリと開け、デカい暖簾をバサッとやった。そこへ見えたのは嫌気がドン詰まった日本の街並みなんかじゃなく、果ての見えない大草原だった。


「大冒険の始まりか……」


 俺はまだこの時、悲哀と怨嗟と欲望と絶望と狂気と混沌に満ちた物語が、その先に待ち受けているのを知るよしもなかった。


「ってね」


「京介、なに独り言ブツブツ言ってんの? キモッ」


 美波に三白眼の侮蔑を向けられた。あれ? 脳内言葉漏れ出しちゃってたか。


「おい、さっさとしろ。ミドリムシ」


 ミ、ミドリムシ? 言うに事欠いて、ユーグレナ? そんな健康に良さそうな悪口を浴びせるおっさんは、既に居酒屋の外へ出て待っていた。


「しょうがねぇな」


 俺はジョッキに残っていたビールを喉奥へ一気に流し込むと、アルコールに依存した悪ノリ気分で立ち上がった。


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