だが、君ら人は殺せるか?
「そうだな、何から話そうか。魔王ルキフグスと王侯貴族の一派がグルだったってことは、もう知ってるよな」
「それは、もうリリィ姐から聞いてるよ。アタシらの世界でもよくある話だよ」
「共通する敵、恐怖の対象を作ってやれば愚民どもは結束し、支配も容易に受け入れる。先頭に立って戦う象徴、英雄、勇者様を立てれば尚のこと良しだ。俺ら世界政府エージェントもよく使った手だな」
「そうなのか。あんたらの世界も同じか。ま、とにかく、その恐怖の象徴、魔王にルキフグスが選ばれた。あいつは魔族の中でも地位や富に執着が強く、且つその器じゃない奴だったからな。魔王役もすんなり受け入れた」
器じゃないってとこがミソなんだろうな。会社でもあるもんな。無能部長ほど自分の地位への執着が強く、メンツ保持に終始するだけってことが。
「その魔王が突如いなくなり混乱したのは魔王軍だけではなく、王侯貴族の一派もだということは、ヴェルテ殿が推察した通りだ。だが、一番の問題はルキフグスがその魔力によって作り出していたものも、同時に消えてしまったことにある」
「うーん、あのおじいちゃんが得意だった魔法っていうと……お金か! アタシ、嫌と言うほど喰らわされたからね」
美波は喰らうどころか、喰らわれてたからな。
「そう。その通り。でも、よくあれを喰らって生きていられたね。それだけでも、君がとんでもない強さだって分かるよ」
「魔王が作り出したお金ってどれくらい流通してたんですか?」
「正確な規模は未だに解らない。だが、ルキフグス登場以前と比べると、国の財政規模は十数倍に膨れていた事実から、凄まじい量だったと考えられる」
俺らの世界の何たらショックみたいな話だな。この世界も魔王のお陰でバブルに浸かってたって訳か。
「今想えば矛盾だらけだったよな。魔王に攻められてるってのに、貴族どもは贅の限りを尽くし、金が有り余ってるのに困窮する民が多くいた。にも関わらず、反乱の一つも起きなかったのは、魔王っていう絶対悪がいたからなんだよな」
マテルさんは自戒を込めたように薄く笑った。
「魔王軍も、王侯貴族も、民にとっては自分達を押さえつける重石でしかなかったのだ。その両方が突如力を失えばどうなるか想像に難くないだろう。先ほど広場で行われたような惨劇が国中で、いや世界中で繰り広げられた」
「しかも、その矛先は王侯貴族だけじゃなく、俺ら固有スキルを発現した『持つ者』にも向けられちまってなぁ。持つ者はこの国では優遇されていて、庶民でも良い暮らしをすることが出来たからな」
「……そうか。ザイン殿、もしやと思って訊くのだが、王城の宝物庫は無事か?」
「いや、王城はとうに占拠されてしまった。王太子は辛くも逃げ出したらしいが、王は殺された。宝物庫もその中身も無事とは思えない」
「え、そんなに簡単に占拠されるものなんですか?」
「様相が複雑化してしまったのだ。当初は民対貴族であったものが、今は持つ者対持たざる者になってしまった。貴族や騎士であっても持たざる者は多くいる。数では持たざる者が圧倒しているのだ」
「更にややこしいことに、双方の陣営にあぶれた魔族どもがついてる。もう滅茶苦茶さ」
これはまた面倒に面倒が掛け合わされた展開になってきたぞ。
「なるほど。どおりでさっきの広場に人じゃないものの気配が多くあったわけか……」
アイちゃんの可愛らしい声が響くと、この場の重苦しい空気が少し軽くなる気がする。ありがたいよ。
「マテル。では、お前らも魔族と組み、持たざる者達と闘っているということか?」
「いや、俺達は地下へ潜ってこの争いを止める機を窺っているだけさ。それには圧倒的に人不足だからな。持つ者を中心に人集めしてる」
「ふーん。で、アタシらにも協力して欲しいからここへ連れてきたてわけか。でもなぁ、複雑過ぎて面倒臭そうだしな。それに正直、この世界がどうなろうと知ったことじゃないし、何よりアタシらには目的があるし」
「どこまでも正直な子だな……」
マテルさんが溜息混じりに言う。薄く表情を歪めながら頭を掻くのも様になってる。この人はきっとやれやれ系なんだろう。ツッコミ役は全て任せちゃおうかしら。
「しかし、これはかなり厄介なことになったぞ。翠点の指輪を借りる伝手はなくなってしまった。今し方、業火の中で絶えてしまわれたからな……」
「ラウアー閣下か。本当に惜しい方を亡くした。閣下はどこにも組みせず、この惨状を打開しようと尽力されていた」
「あの方らしい。だが、それ故に面白くないと思う者も多かったのだろう。悔いても悔い切れない」
リリィさんは右拳を固めて胸に当てると静かに眼を閉じた。これがこの国の騎士の黙祷なのか。ザインさんも同じようにして眼を閉じた。マテルさんは、慌てたように遅れて同じく眼を閉じた。この人は騎士っぽくはない。平民出の冒険者とかかな。勇者の設定とかに有り勝ちだ。
俺も同じようにした方がいいのかな。地球の面子と混沌の主様を見遣る。美波はむず痒そうな顔してるし、おっさんは今にも鼻くそをほじり出しそうな顔してる。アイちゃんはリリィさんの表情を観察するようにジッと見ているだけだ。なんか居心地悪いし、眼ぐらいは閉じとくか……。なんて逡巡してると、背後でドアが勢いよく開いて人が駆け込んできた。
「マテル、ザインさん! すぐきてくれ! 『選別者』どもだ! 奴ら豊穣の大広場でおっ始めやがった! 持たざる者達を無差別に攻撃してる!」
一見ゴロツキのような見た目の男だった。その男が言っている内容と焦り様から、尋常ならざることが起きているのは確かだと思えた。黙祷を捧げていた三人も眼を開けて、驚いた様子で男を注視した。
「わ、分かった、すぐいく!」
マテルさんが傍に置いてあった剣を腰元へ差して、急ぎ準備を始めた。
「おい、マテル。どういうことだ? 選別者とはなんだ?」
「選別者。魔族と人間の持つ者で構成された、新興の組織だ。数こそ少ないが手練揃いだ。ヤバイのはそのイカれた思想さ。持つ者だけで国を作ろうとしてる」
「あれは思想などという崇高なものではない。それは虐殺し、いたぶり、己の加虐性を満足させる為の方便にしか過ぎない」
ザインさんがマントを脱ぎ捨てる。常に戦う準備をしているのだろう。軽鎧を纏い、帯剣していた。
「なんか悪そうな奴らだね。アタシらも加勢しようか?」
「助かるよ。だが、君ら人は殺せるか?」
「え……」
刃を突き付けられたような問いかけだった。流石の美波も鳩が豆鉄砲喰らった顔してた。まあ、豆鉄砲喰らった鳩見たことないんだけど。
「魔王と魔王軍のお陰でここ数十年、人同士で戦争しなくて済んでたからな。そんな意味でも、これは厳しい戦いなのさ。よし」
マテルさんは準備が終わると真っ先に部屋を出ていった。ザインさんもゴロツキ風の男もその背を追うようにでていく。去る皆の顔は覚悟に引き締まって見えた。
「もう、何が正しいのか分からないな……。どうする? これは私達の世界の戦いだ。お前達は何もしなくても良いのだぞ」
リリィさんの静かながらに重い問いかけに、数秒流れた。きっとその時間に魔法でも宿っていたのかもしれない。俺の中にフッと湧き出る想いがあった。
「……いえ、やります」
「うそぉ。京介。お前、本当に京介?」
幼馴染がそう言うのも仕方ない。言った本人でも自分の言葉じゃないようだった。
「魔王倒しちゃったからな。良くも悪くも、この世界の均衡保ってた存在を消してしまった責任はあるだろ」
「出た出た。京介、昔から変なとこで正義ぶったり、責任だの取りたがるんだよな。お前がやるって言うんなら、アタシもやるしかねぇじゃん」
美波がニッと白い歯を見せた。でも、俺正義ぶったりしてたっけ? 小学生の頃、美波を無視していたグループのボス少女の髪の毛に鼻くそ絡ませて泣かせてやったことあったけど。
「どうやら、城へ入るのも困難になっちまったみたいだしな。あいつらに貸し作って、手伝ってもらうとするか。ついでに上にあった酒もタダでご馳走になろう」
「江崎殿の言うことも一理ある。王城の宝物庫が無事かどうか分からないが、この眼で確かめる必要がある。それには力のある協力者が必要だ。あいつらに貸しを作るのが最も手っ取り早い」
リリィさんが褒めてくれて、江崎のおっさんはドヤ顔してた。一瞬腹が立ったが、すぐ消えた。空の鎧、優秀過ぎ。
「責任なら我も負いたいぞ。元はと言えば我が仕組んだことが発端なのだからな。体感させてくれ」
「アイちゃんはアタシの後ろにいればいいよ。全部ぶっ飛ばしてあげるからさ」
美波がアイちゃんの頭をポンポンする。もう完全に保護者だな。
「貸しを作ると言っても、マテル達の援護はついでで良い。まずは弱き民の保護を優先するのだ。いくぞ」
リリィさんはやっぱ男前だな。いつでも惚れ直せるぜ。