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ファンタジー怖い……

 次の日の朝、凄まじくパチリと目が覚めた。ちゃんとした寝床だった。ヒルデさん宅の客用寝室だ。木を削り出して作ったような(いや、実際そうなのか)内装の部屋に、フカフカのベッドで寝てた。


 この寝床へ至るまでの記憶は微かにある。エールをしこたま飲み、運ばれてきた料理を腹がはち切れんばかりにドカ食いし、またエールを飲み……。不安を忘れる為に暴飲暴食してた。その後、碌に歩けもしないから、ゴーレムに運ばれてこの部屋に寝かされたんだっけ。


 パクリくんのお陰で二日酔いはない。俺は寝転がったまま天井を見上げながら想い返していた。昨日は人生で一番濃密な一日だったと思う。何せ、この世界の魔王とやらと戦って勝ってしまったから。今になって実感が湧いてくる。


 この世界に転移してきた時は、どうせ異世界酒場グルメ漫遊記みたいな旅だろとタカを括ってた。まさか、こんな勇者様の仕事を奪うようなことを成し遂げてしまうなんて思いもしなかった。しかも、これから王城で国宝を盗んで、いや、頂いて、でっかい山まで割って世界が滅ぶほどの数の魔族を相手しなきゃならない。なんだ、この超展開は。死んじゃうよ。生きることへの関心薄めの俺だったが、やっぱ怖いな。


「京介、起きた?」


 部屋のドアをノックもせず、美波が勢いよく入ってきた。まったくもう、デリカシーってもんがないのかしら。朝はほら、男のデリケートな部分がデリケートになっているかもしれないじゃん。


「ああ、今起きた……」


 ベッドから起き上がる。ふと、美波へ眼を向ける。なんだか、シュッとした感じの軽鎧を着ていた。黒、赤、黄の意匠だ。右腕は軽い肘当て程度しかなく、逆に左腕の装甲が厚い。脚も膝から甲へかけての防具があるだけだ。


「ああ、これ、いいでしょ。ヒルデ姐がくれたんだ」


「お前の戦闘スタイルに合わせたような鎧だな」


「でしょでしょ。なんかパーツがいっぱいあってね。そこからヒルデ姐が魔法でパパッと、アタシに合わせて作ってくれたんだ。すごいね、あの人」


「ああ、いいな。よく似合ってる」


「へへ、だろ? 京介も作ってもらいなよ。早く」


 美波にベッドから引き摺り出された。うんうんいくよ。だから、そんなに腕を強く引っ張らないでおくれ。取れちゃう。無邪気な美波といると、たまにお爺ちゃんの気持ちになる時がある。


 連れていかれた部屋は広く、そこへ武器や防具が整然と並んでいた。奥に鍛冶場のようなものも見える。


「あら、京介ちゃん。おはよう。早速美波ちゃんに連れられてきたのね」


「おはようございます。ここは?」


「武具のアトリエよ。ほら、私多趣味でしょ。ここで魔法を籠めた武器や防具も作ってるの」


「すごい。ヒルデさん、何でも作っちゃうんですね」


「楽しいからやってるだけよ。それに私の頃の魔法使いは皆こうだったわ。あら、やだ。歳がバレちゃう。それより、そこへ立ってみて。丁度京介ちゃんに合うものがあるの」


 少し戸惑う俺の背を、美波がバンと叩いて押す。


「ここでいいですか?」


 俺はヒルデさんの指差す場所に立った。


「ええ、いいわ。両手脚を、こう広げてみて。うん、そう。ちょっとだけ、動かないでね。じゃあ、いくわね」


 ヒルデさんがパンパンと手を叩く。すると棚から肩当てやら胸当てやらが飛び出した。防具のパーツだ。それらが光り輝き、空中で形が変化していく。そして、一斉に俺の胴体と四肢の要所に飛び付いた。質量がある物のはずだが、衝撃はない。小鳥でも留まったかのように軽い。防具の輝きが消えていくと共に、その形状が判然とする。青空の色のグラデーションみたいだ。不思議だ。光の加減で色の濃淡が変化して見える。


「なんかすげぇ。燃えよ俺のコスモって感じだ……」


 美波が首を傾げた。このネタ知らないか。


「うん。よく似合うわ。京介ちゃんは、不安や恐怖や怒りなんかの感情をコントロールするのが苦手みたいだからね。それは黄昏の柄を扱うのにかなり都合が悪いわ。その鎧は、精神を安定させる効果を付与してあるの。とは言っても、無感情になるわけではないわ。心を空のように広く大きく静寂にするの。その名も『そらの鎧』よ」


「空の鎧ですか……。あの、やっぱ、ヒルデさんほどの人になると、俺程度の人間の性格なんかすぐに見抜いてしまうんですね」


「やだぁ。京介ちゃん。私は色々な人やものに関心が強いだけよ。どうかしら。私の贈り物、気に入って頂けた?」


「はい、ありがとうございます。大事にします」


「いいの。大事にせず使い倒して。その鎧は、元は癇癪持ちでふさぎ込み易い、ある貴族のお坊ちゃんの為に依頼されて作ったものなの。けれど、その子権力闘争諸々に巻き込まれて、暗殺されちゃったから」


 なんか、物凄く怖いことをサラリと笑顔で言ったような……。


「ヒルデ、この家面白いな。我は気に入ったぞ」


 アイちゃんがやってきた。目線が高い。急に背が伸びたか。と思ったら、ゴーレムの頭の上に乗って胡座をかいていた。


「あら、アイちゃん。やっぱり流石ね。うちの子がこんなに懐いちゃうなんて」


「我は全ての魔法を知っている。体感すれば使えるようにもなる。ゴーレムを動かすのも魔法だからな」


「うんうん。アイちゃんはすごいねぇ」


 美波がアイちゃんの頭をポンポンする。これもお決まりの型になりつつあるな。


「アイちゃんが何故全ての魔法を知るのかはだいたい察しがつくわ。でも、どうしても分からないことがあるの。これは私の好奇心で訊くのだけれど、何故チンターマニを作ったのかしら?」


「むっ、そう言えば、昨日話してなかったな」


 そんなこと話されても覚えていなかったか、耳に入っていなかっただろう。飽くまで俺は、の話だけど。


「それは、私も是非とも知りたい」


 リリィさんがやってきた。薄ら汗をかいている。白い肌にピンクがさして、上気しているようだ。美しい。俺の方がのぼせてしまいそうだ。匂いを嗅ぎたくなるね。俺の中の変態が眼を覚ましそうだ。あれ? 空の鎧はこんな感情は抑えてくれないの?


「あら、リリィちゃん。朝のお稽古が済んだのね」


「はい。今し方。それより、アイちゃん。聞かせてくれ。何故チンターマニを作ったのかを」


「うむ、いいだろう。それはだな……」


「それは、俺も聞いておかねばだな。世界政府エージェントとしてな」


 江崎のおっさんもやってきた。顔作ってる。なんや、そのニヒルな薄笑いは。エージェントらしくしてるつもりか。


「うむ。皆に聞いてもらった方が良いだろう。チンターマニで全ての宇宙を救うのだからな」


「それが分からないんだよな……」


「京介。だから京介なんだぞ。話の腰を折るな」


 アイちゃんがジト目してくる。


「あ、すいません……」


 学びが早いのね。俺の扱いをもうマスターしてらっしゃる。


「目的は混沌を維持する為だぞ。混沌はお前達には聞こえが悪いから、可能性や変化し続けると言い換えた方が良いか」


「ふんふん。なるほど。維持しなければならないということは、それが破られつつあるということよね」


「そうだぞ。全ての宇宙は秩序へ向かっている。秩序はお前達には聞こえが良いのかもしれないが、可能性がなくなる、変化しなくなるということだぞ」


「うーん。それは嫌だな。アタシは秩序より、混沌の方がいいな。なんか無茶苦茶出来そうじゃん」


「そりゃそうだ。秩序だらけになっちまったら、朝っぱらから酒を喰らうなんてこと出来なくなるもんな」


 美波とおっさんは確実に混沌側の人間だな。あ、俺もか。無職親の脛齧りは混沌だよな。いや、変化しないから、秩序か?


「うむ。今全ての宇宙は一つの到達点に向かっている。破壊も創造も、真っ白も真っ黒もないそれは、無だぞ」


「え、待って、ヤバ」


「何故そうなるのだ? アイちゃんは純粋なる混沌の主なのだろう? 私達をアイちゃんの前へいき着くよう仕組んだ通りに、混沌を操りそれを回避すれば良いだろう」


「リリィよ。この世の人の、いや、生きとし生けるものの念というやつは、凄まじく強力なんだぞ。宇宙の結末を創り出してしまうほどにな。我の意志でお前達に出会うよう仕組むぐらいなら可能だが、その全ての流れを変えるのは不可能なんだぞ」


「待て。それだと、生きとし生けるものが無を望んで、それに向かっているように聞こえるぞ」


「うむ。その通りだぞ。皆は意識の奥底で無を望んでいるようだ」


「ウソぉ。無なんてつまんないだけじゃん。みんな変わってんね」


「そう言う美波も奥底では望んでいるのかもしれないぞ。現に、お前達の世界地球は異星人によって滅ぼされつつあるじゃないか」


「……そっか。そうかもね」


 こいつ酔っ払って人類滅んじまえなんて言ってたな。いや、酔わなくてもかなりの人嫌いだったし。俺もどちらかと言うと、人間は好きじゃない。


「それは俺ら支配者、世界政府エージェントどものせいかもなぁ。恐怖と憎悪は、人を操り易い。安易で頭の悪い支配法によって人間は絶望に陥り、その結果、無に逃げ込みたいって願望を抱いちまったんだろうな」


「どうすんだよ。あんたらの頭の悪い快楽によって、地球はピンチになっちまったんだぞ」


「京介、だからお前はプリンシパルなんだよ。だから、やり直す為にチンターマニを探し求めてここまでやってきたんじゃねぇか。このドゥクス」


 それ音だけだろ。もう、ちゃんと罵倒して。


「それで、チンターマニは無に向かいつつある全ての宇宙をどう救うのかしら?」


「チンターマニは瞬時に使用者の念を増幅させ、願いを叶えるんだぞ」


「それって、つまり……」


 ヒルデさんの笑顔が蒸発した。素の美しい顔にゾクリとした。


「そうだぞ。チンターマニは使用されることによって、新たに膨大な可能性、混沌が激震するが如く生まれ、流動するんだぞ。一つの宇宙が破壊され、また生まれるほどにな。それによって秩序、果ては無を回避出来るんだぞ」


「……な、なるほど。それで宇宙を救うことになるのか。俺には難し過ぎて、全部は理解出来ないけど」


「アタシもだよ。ま、とにかく、なんか色々ドカーンってぶっ倒して、チンターマニを手に入れて願いを叶えてもらえばいいんでしょ。何を叶えてもらおうかな。やっぱ、爆乳化かな……って、誰が貧乳だよ!」


 美波の平手が、俺の脳を後頭部から揺らした。


「言ってねぇよ! それに望むのはお前の乳じゃなくて、地球の平和だろ」


「……京介、だから京介なんだよ」


 美波が一瞬寂しげな眼をした。え? どして?


「フフ、あなた達は本当に面白いわね。アイちゃん、ありがとう。とても勉強になったわ。嬉しいわ。まだまだ知らないことが沢山あるんだもの」


 ヒルデさんに再び笑顔が灯る。キラキラしてる。全てを知る銀灰の魔女でも、知らないことがあるのか。しかも、それを知って喜べるだなんて。マジパねぇ。この人の前では、俺なんてこんな薄っぺらな言葉しか浮かばない紙っぺらも同然だ。


「……京介、美波、江崎殿。もう一度確認したい。私も共にいくことを許してくれるか?」


 リリィさんは大きく息を吸ってそう言うと、強い眼を俺達へ向けた。


「え、何で? 当たり前じゃん。リリィ姐も一緒にいくに決まってんじゃん」


「そうですよ。リリィさんがいなきゃ、俺らグダグダでずっと酒飲んでるだけですよ」


「アイちゃんの話を聞いて確かめようとしたのだ。私の心の内がどう揺れ動くかをな。結果、揺らぐことはなかった。私の内にある最も強い想いは、両親と村の皆の命を奪った黒竜に対する私怨。やはり、それでしかない」


「あんた、根が真面目でいい子ちゃん過ぎるんだよ。全ての宇宙の命運も、あんたの私怨もどうでもいい。好きにしてくれ。俺はまたいつもの居酒屋で、昼間から酔っ払う毎日を過ごしたいだけだ。こいつら二人も似たようなもんだ」


 一緒にすんなよ。俺はなぁ……あれ? 俺は、どうなりたいんだ?


「そうか、ありがとう、三人とも。全てが終わったら、また酒を酌み交わそう。盛大にな」


 リリィさんの顔にも笑顔が灯った。眼は強いままだ。決意ってやつか。俺達三人はそれに押されるように深く頷いて返した。


「姉様、すぐに立ちます。森の外の状況を」


「待って、リリィ姐。すぐって、今すぐなの?」


「時惚けの森は、不死の山の影響で時間の流れが不安定なのだ。ここでの一日は、外では一時間であったり、反対に一年であったりもする。だから、長居は出来ない」


「そうねぇ……」


 ヒルデさんがゴーレムの一体へ眼を向ける。すると従順なそれは、すぐ様傍らから透明で大きな球体を頭の上に掲げて持ってきた。不思議な玉だ。光沢があって光は反射しているのに、周囲の何も写り込んでいない。


 ヒルデさんは球体に手をかざす。すると、それは鈍く発光した。


「うーん。今すぐ行けば、一年と半年ってところね。けっこう経っちゃったみたい」


「そ、そんなに……。一日しかいなかったのに。ファンタジー怖い……」


「バーカ、京介。これがファンタジーの醍醐味でしょ」


 俺の幼馴染はつくづく男前だよな。


「ヒルデ姉様、ありがとうございます。よし、すぐに出立の準備だ」


 それから俺達は、旅立ちの準備を大急ぎで整えた。もっとも、ヒルデさんのかわいいゴーレム達がほぼ全てを行ってくれたから、時間のほとんどは江崎のおっさんに適した鎧作成に費やされ、それを待つだけだった。


 おっさんの鎧は白青緑のガッシリしたものだった。一見重そうだったが「うほ、軽っ、動きやすっ」なんて言ってたからその通りなんだろう。なんせ、ヒルデさん作成だからね。


「それじゃ、皆さん。王都までは魔法でお送りするわ。その前にリリィちゃん、手を出して」


「は、はい」


 リリィさんは訝しさを含みつつ右の掌を差し出した。それをヒルデさんは優しく両手で包み込んだ。


封止シーリング


 鈍い陽炎と光の合いの子のような揺らめきだった。それがヒルデさんの手からリリィさんの手へと移動して、吸い込まれて消えた。


「姉様、これは?」


「リリィちゃんから預かってたものを返したのよ。もうこれを使う強い意志と覚悟は戻っていると思うから」


「あれを……。ありがとうございます」


 リリィさんが右手を握りしめ、出来た拳をじっと見詰める。きっととても強い何かなんだろう。強固な意志が必要らしいから。


「じゃあ、お土産は、流行りのパフュームでいいかしら」


 戸口先でヒルデさんにちゃっかりそんな要求をされた。銀灰の魔女の手拍子で行使される魔法によって、俺達は王都へ向けて転移した。パフュームか。お世話になったし、かわいい笑顔だったから探してみようかな。


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