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みんな早く死んじゃえよ

 そんな最後が迫っているのに、嘘みたいに普通の日。正午頃だった。俺は安ワインをダイエットコーラで割って飲んでた。ぶどうジュースとクランベリージュースのハーフみたいな味に酔ってると、スマホに江崎のおっさんからメッセージが届いた。


「最後かもしれないだろ。だから全部話しておきたいんだ……」


 飲みの誘いらしい。何かのモロパクリだというツッコミはしないであげて、俺は「わかったよ」とだけ返信した。


 上下紺色のスウェットにデカ目のMAー1を羽織っていつもの居酒屋へ行く。江崎のおっさんと飲む時はそこだって決まっているんだ。目貫通りから一本入った狭い道沿いに、へばりつくようにその店はある。居酒屋「隠れ野」だ。入口の引き戸の上半分を、稲荷神社の鳥居みたいに紅い暖簾で覆っているのが目印だ。異星人どもがやって来る前は午後四時からの営業だったが、ここ最近は午前中から開いている。こんな世の中に優しい店だ。


 店内にはポツリポツリと酔客が座っていた。テレビには映画が流れてた。ネトフリかな。デカイUFOに戦闘機でカミカゼアタックしていくアメリカ映画だった。何処までも現実から目を逸らせよっていう、店主からのメッセージに思えた。


 既に江崎のおっさんは酔っ払っていた。いつみても取れかけのパーマ頭だ。伸びるままに任せた髭と鼻毛が、人中のあたりで混在していた。


 その向かいに座って管を巻いている女がいた。篠原美波だ。近所に住む俺の幼馴染である。幼少からショートカットだったが、アイデンティティを確立したいのか二、三年ほど前から金髪ショートカットになっている。三白眼で目付きは悪いが、鼻頭は尖って高く、唇は分厚くアヒル口だ。立ち上がるとスラリとした長身だ。まあまあ、そこそこの美人だとは思う。姿形は。


「おい、京介! 何突っ立ってんだよ。もうすぐみんな死んじまうんだから、さっさとこっちきて飲めよ!」


 ああ、これ女の吐いたセリフね。美波は酔うとちょいとガラが悪くなる。素面の時はこれより十パーセントほど穏やかだ。


「あ、はい」


 俺は根が陰キャなもので、強目に出られると弱いのさ。そそくさと幼馴染の隣に座った。それにしても、幼馴染よ。何故お前まで紺色のスウェット上下なんだい? 美波のはフード付きってだけで、まるでペアルックじゃないか。


「お、何だ。相変わらずケツの穴が萎んだみたいな顔してんじゃねぇか」


 江崎のおっさんが俺の顔を覗き込んだ。


「うるせぇよ。ケツの穴は萎んでいるもんだろ」


 このやり取り、実はテンプレ。何十回やってんだ。よく飽きないよな。


 店主がやって来て、無言で俺の前にビールが並々と注がれたジョッキを置く。気の利いているような、押し付けがましいような。俺が常連でいつも最初に頼むものが決まっているからってのもあるんだけど。


 乾杯はしない。するような奴らじゃない。各々が好き勝手に飲んで食って、ヘラヘラ笑いながら、適当にお互いをイジリ倒して。「あー死ぬ前にベルギー行ってみたかったな。ベルギービール飲んで、ベルギーワッフル食いたかったな。ベルギー昨日滅んだんだっけな」みたいな愚痴にもならない愚痴を言ってみたりした。


 そんないつもと変わらない時が一時間ばかり流れた。なんかもう、今すぐ世界が滅んでも良いんじゃないか、どうせ俺の何も変わらねぇのよ。悟りなのか、捨て鉢なのか。酔いが深まって、そんな想いがじわりと湧き始めた頃だった。


「お前達、世界を救いたくないか?」


 ああ、いつもの病だと思った。江崎のおっさんはベロベロになると、ファンタジーを語り出す。定番なのは、自分は世界政府のエージェントで天才科学者なんだってものだ。まあ、なんとなくスティーブ・ウォズニアックに雰囲気は似てなくもない。おっさんによると、あの地震この台風その温暖化は、自分とその仲間達がノリで人類に対するドッキリ感覚で起こしてるらしい。


 だが、最近は趣が変わった。理論はよく分からんが、別宇宙へ転移する方法を開発して、この間なんかは、死んだら過去へ戻って復活する勇者パーティから追放された魔剣士が、スライムの統治する魔物の王国と闘いに明け暮れた挙句、死者の王が治める地下大墳墓で田舎暮らしをしつつ、魔物を独特な調理方法で美味しく食べまくっている世界へ転移して来たらしい。色々異次元に混ざり過ぎて、妄想としても雑なんだよ。


「やだ、救いたくなーい。みんな早く死んじゃえよ。宇宙人仕事遅ぇんだよ」


 美波は素面だろうと泥酔していようと、いつも厭世的だ。昔から、その嫉妬されやすい見た目と、勘違いされやすい性格のせいでハブられがちで、友達も少ない奴だからな。俺も友達少ないから、どうこう言えないけど。


「おっさん、いつものファンタジーか? 世界政府ならどうにかしてくれんじゃねえの?」


「バカヤロ。世界政府のエージェントどもがそんなに有能な訳ねぇだろ。いつも如何にアクロバティックなセンズリをするか競い合ってるようなクソゴミどもだぞ。それに今が充分にファンタジーな状況だろ。俺を信じろ」


 ああ、それもそうか。俺は一瞬納得しかけた。でも、ビールを一口飲んでおでんの煮卵を食べて思い直した。あれ、おでん? おでんなんて注文したんだっけ?


 おでんの困惑ついでに、江崎のおっさんを見遣る。するとこの鼻毛は、意識高い系が重用してそうなお洒落なスマートウォッチをイジって、ポンと一度手を叩いた。


 その瞬間、ぬるっとした風呂場のような湿った空気が通り過ぎていった。耳穴から湯気を注入されて脳膨張したみたいな錯覚に浸っていると、周囲の気配に違和感を持った。


 見回すと他の酔客どもがいない。で、妙に店内静かだなって思ってテレビ見ると、さっきまで、エイリアンぶっ殺す! USA! USA! 映画がやってたのに、何も映し出さない静かな灰色板へと様変わりしていた。


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