その顔やめろ。
二日目。緩やかに長く続いていた丘隆にようやく終わりが見えた。草と低木だけの景色に岩がゴツゴツと混ざるようになった。ここから東南東へ進路を変える。おそらく二、三時間ほど歩いた。太陽の角度からすると昼前ごろか。
「もうすぐ目的地の大石窟だ。この辺りから警邏のゴブリンどもがうろつき出す。岩に隠れて進むんだ」
リリィさんの言う通りだった。数百メートルもいかないうちに、周囲を警戒した様子のゴブリンの姿が見えた。心無しか、いや、確実にこの前に戦ったゴブリンよりも体がデカイ。
すかさず、リリィさんが風狙撃でその魔物の頭を射抜く。そして、息つく間もなく走り寄り、その骸を引き摺って岩影に隠した。あまりにもその動きに無駄がない。ゴブリンの肉塊が魔界へ還るまで岩影で周囲を警戒し、先へ進む。
それを何度か繰り返すと、長大な城壁のような切り立った絶壁が立ち塞がって見えた。そこへ穿たれた大穴が目的地だと分かった。その両脇上部を様々なレリーフが彫り込まれ、古代の荘厳さが伝わってくる。
ここの小鬼どもは随分と用心深いらしい。その入り口の周囲には二十体あまり、更に絶壁の上にも何体かゴブリンの姿がある。
「この前きた時よりも警備が厳重だな。これでは忍び込むのは難しそうだ」
「それじゃ、正面からゴリ押しだね。アタシに任せてよ」
と、美波が岩影から飛び出しそうになるのを、俺は腕を掴んで制止した。
「待ってくれ、美波。ちょっと試したいんだ。リリィさん、要はあいつらを一度に気付かれず倒してしまえば良いんですよね?」
「そうだが、それが出来るのか?」
「ええ、多分。おっさん、パクリ君の中には弓道とかのスキルは入ってるの?」
「ああ、スナイプ系ならアーチェリーからテキ屋のインチキ射的まで、何でもインストール済みだぞ」
なら、大丈夫そうだ。俺は右掌を空へ突き出し、イメージした。幾筋もの流れる星屑。その光の尾。
「光の遊戯・流星群」
ネーミングがアレなのはあれだ。俺の掌から何本もの光の矢が放たれる。それは一度山を描き空へ舞い上がったかと思うと、ゴブリン目がけて落下した。一本一本に魔物の命を奪う意志が宿ったかのようだ。逃げる間も与えない。容赦無くその急所を貫いて、次々と命の抜け殻に変えていく。
リリィさんの風狙撃と、昨日流星群を見たのが幸いした。良い想像が出来た。俺は、自分を褒め称える意味を込めて一度頷いた。
「すげぇ……」
美波が口を半開きにして、呆気に取られていた。こんな表情俺に向けるのは、ソシャゲガチャ十連で五枚ものSSRを引き当てたあの奇跡以来だな。
「見事だ。京介の固有スキルが強力なだけではない。お前には、それを使いこなす才を感じる」
リリィさんが見詰めてくる。その青い眼に熱が籠っているようにも感じる。え? 惚れた? くそ、女心透視スキルとかあればな……。
「こいつ、おかしな妄想力はあるからね。それでじゃないの」
美波が口を尖らせて言う。あれ? 幼馴染よ。嫉妬しちゃってるのかな。
「まあ、俺のライフワークは妄想だからな」
ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャと比べても遜色ないだろう。俺の方は狂気に染まる前に宇宙人が地球に侵略しにきてくれたお陰で、正気のままでいられたが。
「妄想……想像力か。それは大いに関係してくるぞ。魔気は、人の想像によってその流れを変える。私が低級の魔法を言霊の詠唱なしで行使出来るのも、想像力の鍛錬の賜物だ」
「えぇ、リリィ姐、どんな想像してんの? エッチなやつ?」
美波が、薄笑いに下卑たもん色々突っ込んだ視線をリリィさんへ投げた。
「その顔止めろ。老害部長がワンチャン狙って、二十歳そこそこの女子社員へ向けるセクハラ顔や」
「それはいつか教えてやる。乙女同士でな。今は侵入する好機だ。いくぞ」
リリィさんが大石窟の入り口へ走る。俺達三人はその後を従った。しかし、リリィさんの想像の鍛錬か。乙女同士か……やっぱ、エッチなやつかな……。