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おい、オメェら、ダルそうにすんな。

 屋敷の食堂へ差し込む朝日が気持ちよかった。そもそも朝日なんて浴びたのはいつぶりだ? 無職の俺は昼起き、昼酒がデフォだったからね。ダメだね。


 この屋敷の侍女達は忍者か何かか。あれだけ無軌道に食い散らかしたのに、いつの間にか長テーブルの上は綺麗に片付けられていた。


「二日酔いなしだね。これもパクリ君のせい?」


 確かに二日酔いどころか、酔っ払い特有のアルコールの残り香すらしない。


「ああ、そうだ。パクリ君には解毒作用もあるからな。少し眠れば素面へ元通りだ」


「ますますヤベェな。どんだけアホになるんだろ?」


「京介、だからお前はヘチマなんだよ。アホになることを恐れるな。アホなんだから」


 江崎のおっさんはもうすっかり元通りのようだ。いや、昨日の貴族化は、世界政府エージェント特有の舐めた演技だったのかも知れない。


「皆、起きているか」


 リリィさんが食堂の扉を勢いよく開けやってきた。軽鎧をつけ腰に剣まで差して、すっかり旅支度は整っている。その軽快な様子から、この人も一切二日酔いなんかなさそうだ。俺達と同じどころかそれ以上に飲んでいたのに、どんな肝機能してんだ。


「さあ、これに着替えてくれ。美波はこちらへ」


 リリィさんはそう言うと、後ろに控えていたハンスさんと侍女達が、長テーブルへ装備品を並べ出した。


 美波は一応女性ってことで別室で着替えるようだ。まあね、そうだよね。でも、幼馴染の裸をちょっと見たくらいじゃ、こ、興奮なんてしないし。い、一緒に着替えてもいいんじゃね?


 なんて思ってると、去り際の美波にキッて睨まれた。思考を盗みやがったな。まあ、俺がスケベな顔してただけか。


 用意されたのは頑丈な服だった。麻か木綿で織られた帆布のようだけど、そこまで固くなくて動きやすい。その上に肩、前腕、胸、腰回り、膝、脛に防具を着ける。厚い皮で出来ている。艶と感触から、特殊なニスのようなものが塗られている。多少動き辛くなるけど、軽くて頑丈そうだ。


 防具の着け方が分からなくて侍女の方に手伝ってもらったけど、腰回りの微妙なところに彼女の手が当たるので、俺の微妙なところが明確に反応してしまいそうだった。リリィさんと比べてしまうとあれだけど、その侍女も美人さんだったし。


 支度を終えた俺と江崎のおっさんはダラダラと屋敷の外へ向かった。ダルさの中にイキリを詰めた感じでね。思春期以降の男の子が、体育館へ全体朝礼にいく時によくやるあれね。嫌ではないの。身に付いた習性が抜けないの。


「おい、オメェら、ダルそうにすんな。カチコミにいくんだぞ。よぉし、ぶっ殺すよ!」


 同じく支度を終えた美波がやってきた。異様に張り切ってらっしゃる。うちのヒロインは元ヤンではないの。ただ、血の気が多くて喧嘩早いだけで。


 そんな美波が先頭に立って屋敷の外への扉を開いた。


「うむ、皆、中々似合っているな」


 リリィさんが腕を組み、仁王立ちをしていた。朝日を背に浴びて出来た陰影が、その姿の力強さを引き立たせていた。光を背負っている。そこには幾多の死線を潜り抜けてきた者の、使命感や覚悟があるんだろう。当たり前だ。俺達が失敗すれば村人の命は危ういし、ゴブリンを根絶やしにしようとすれば当然尋常じゃない抵抗を受ける。これからやることには多くの命がかかっている。命の取り合いなんだ。


 俺はさっきまでのイキリダルさを恥じた。んなもん、このリリィさんの強く美しい御姿に比べたら、ハナクソの中の微生物のハナクソだ。


「では、其方らに武器を渡そう。まずは江崎殿」


 戦わないおっさんには武器はいらないだろうに、なんて一瞬思ったけど、護身用にも必要か。死なれたら困るし。


「江崎殿はドワーフのように頑強そうな肉体だからな。これが似合う」


 リリィさんは、おっさんへ戦斧を手渡した。長い棒の先に幅広で分厚い刃がくっ付いたやつね。


「ちっと、重てぇな……」


 少し愚痴をこぼしつつ、それを肩へ担ぐおっさんの姿が意外と様になってる。リリィさんの見立ては確かだ。ただ斧身に水が逆巻くような紋様が彫ってあるのが気になる。オシャレ感があるってのもだけど、江崎のおっさんが水属性か……。いや、無類の酒好きだから水で良いのか。


「それは『瀑籠ばくろうの戦斧』という。霊水の繰手と呼ばれた高名な魔術師が、滝一つの力をその斧へ籠めたものだ。凄まじい破壊力を持っているが、私の闘い方にはどうにも合わなくてな。持て余していた」


「それはそれは、ありがたき」


 とおっさんは言ってるが、ちっともありがたそうにしてない。面倒なものを押し付けられたって、その顔が言ってるぞ。俺には分かる。


「では、美波。約束していた物を用意したぞ」


 そう言うと、リリィさんは赤く輝くジョッキを取り出して見せた。表面が、木を荒く削り出したように無骨で荒々しい。それの取手だけが青く冷めた色をしている。


「カッコいい……。ありがとう、リリィ姐!」


 美波は大事そうにそれを両手で受け取った。


「だが、それで酒は飲むなよ。その杯は『灼輝しゃっきのゴブレット』という。ここから遥か北の世界最高峰の火山、堕帝山の火口で採れる灼結晶を、特殊な技法で削り出して作られているそうだ。そこへ注がれる凡ゆる液体を熱く煮えたぎらせ冷ますことない」


「それじゃ、せっかくの酒が台無しじゃん」


「ああ、だから、その宝を得たは良いが、酒飲みの私には使いどころがなく眠らせていただけだった。灼結晶はミスリルすら砕くとされる硬い結晶だ。美波が振るい武器とするなら申し分ないだろう」


「ミスリルって、あのミスリルだよね。すごい……嬉しい」


 その言葉通り、美波は嬉しそうに灼輝のゴブレットを色んな角度から見ていた。まるで幼子だ。こんな幼馴染の顔見るの、いつ以来だろう。それこそ幼子だった頃、なんたらカードでなんかキラキラしたのを手に入れた時以来じゃないか。


 リリィさんもそんな美波を見てにこやかな顔してた。うんうんって頷いちゃったりして。まるで妹にプレゼント上げたお姉ちゃんみたいだ。


「ああ、京介。お前にも武器だ」


 ちょっと、忘れてたみたいな言い回しじゃないですか。おまけ的な。まあ、俺は光の遊戯っていう固有スキルがあるからね。小枝でも強力な武器さ。でも、三段オチの最後として期待しよう。


「これは『黄昏たそがれの柄』という」


 リリィさんは俺に剣の柄だけを渡してくれた。金色で柄頭に青い宝石埋め込まれてて豪奢な装飾してるけど、え、武器じゃないの?


「がっかりするな。それは古代大帝が一振りで巨龍を大陸ごと真っ二つにしたとされる伝説の剣『バルムンク』の柄だ」


「バルムンクって、色んなゲームに出てくるやつじゃん。でも、この世界のやつが一番すごそう」


 バルムンクの元は、ゲルマン神話のジークフリートが龍をぶっ殺した剣だろ。またゲームとごっちゃにすんなってツッコミたくなったけど、リリィさんの言った逸話はゲームと神話を超えてる。


「その刃は巨龍達との戦いで砕けてしまったとされていてな。刃を復元しようと、凡ゆる名匠達が凡ゆる金属でもって挑んだのだが、その柄が発する魔力が強すぎて剣の形状すら保つことも出来なかった。その柄の前では、どんな名匠でも挑むうちに力を吸われたように誰もが黄昏れる。その名の由来だ。それもまた使いどころがなくただの飾りだったが、京介ならもしやと思ってな」


 なるほど。俺の光の遊戯で、柄から光の剣を生やせと。なら、その見立て通りにいたしましょう。


 俺は、黄昏の柄へ光の力を込め、その先へ剣の形を成すようにイメージした。


光の遊戯(ライト・ゲーミング)、モード・バルムンク」


 一応技名は言っとかないとね。厨二ですから。なんて俺の軽いノリとは裏腹だった。


 シュババババンドドドン!


 ラノベ擬音で表すとこんな感じな、雷鳴を更にファズをかけて荒く歪ませたみたいな轟音を立て生え出したのは、幅広の閃光を帯びた長剣だった。形を成した後も空気を鳴動させて、オマケに火花も散らすもんだからやたらと騒々しかった。


「おおおい! 京介、テメェ危ねぇぞ、それ。ヤンキーか! お前はイキッてロケット花火手持ちにする、ヤンキーか! このウツボカズラ!」


 火花の一つが、江崎のおっさんの取れかかったパーマ頭を掠めた。しかし、ウツボカズラって俺すぐに分からんのだけど。


「すげぇ! ちょ、それ振ってみてよ、京介」


 美波が囃し立てる。そう言えば、こいつ小さい時から花火とかイルミネーションとか好きだったよな。一緒に行く友達いないから、いつも俺が付き合わされてた。


「いや、絶対に振るうな。凄まじい魔力だ。そんなもの振ったら、一瞬でこの村は灰燼と化すぞ」


 リリィさんが冷静に言い放った。その固く強張った表情から冗談でも大袈裟でもないって分かった。


「そ、そんなにですか? すいません、すぐに引っ込めます」


 俺は光が萎むイメージした。すると騒々しい刃は、それに呼応して柄に吸い込まれるように消えた。


「京介。それは、ここぞと言う時に、切り札として使え。それも今の十分の一に力を抑えろ。いいな」


 リリィさんが俺の肩を掴んで、目を真っ直ぐ見て言った。


「……わ、わかりました」


 彼女の美しい顔はときめかせるだけじゃない。こうして俺を一瞬で説き伏せることも出来る、畏怖に近いものを感じさせる。


「うむ。これは私も迂闊だった。その黄昏の柄の魔力も、京介の固有スキルの力も、更にその二つが合わさった力も、私の想像を遥かに超えている。だが、それ故に、希望が持てる。その力の前でならゴブリンの変異体は愚か、魔王の軍勢すら恐れるに足らずだ」


「何それー。いいなー。アタシもそんな力欲しい」


 美波が頬を膨らませた。


「いや、美波ぃ。これ、結構怖いよ」


 ツッコミが緩慢になった。怖いのは結構どころじゃないからだ。今俺がこの柄に込めた力は、小さなものだ。それこそ、思春期から抜け切れていないイキリダルさレベルだ。それで村一つ焼き尽くせるのなら、生き死にの際の悪意を込めた場合どうなってしまうのだろう? 一振りで大陸を割るなんて、盛りに盛った神話か何かと思っていたが、どうやら本当らしい。


 世界よ。このスキルが俺みたいなカス野郎に宿って良かったね。この世界を滅ぼせるだけの力がこの手にある。そんな自らの力に怯えて震えてる。黄昏の柄は使わず、俺らしく小枝でも振っていよう。


「みんなすごい武器だよね。アタシ達がもらっちゃっていいの?」


 確かにこんなお宝、RPGだったらラストダンジョンの宝箱から獲得するレベルだ。


「良いのだ。これらは私が勇者から離れる時に、腹いせに頂戴したものだ。好きなように使ってくれ」


「リリィさん、それ……盗品って言うんじゃあないですか……」


 俺の小さなツッコミは麗人の尖った耳には届かなかったようだ。


「よし、出発だ。ハンス、留守は頼むぞ」


 旅は出発前に決まる。リリィさんの最終装備確認が終わった後、俺達はハンスさんと侍女の方々に見送られながら、大石窟へ向けて旅立った。


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