旅の目的(六)
夜が明けて麦畑がどうなったか確認しにいくと、麦はしなやかに天に伸びて麦穂も心なしかふっくらしているように思えた。
そんな元気を取り戻した麦畑を村人達は見て、皆で抱き合って涙を流しながら喜んでいた。
その光景に俺も自然と笑みが溢れる。
「精霊の御使い様、ありがとうございます!」
「精霊様、感謝いたします!」
「精霊様、ありがとうございます!」
村人達が両膝をついて胸の前で両の手を握り合わせて俺と精霊に感謝を示した。
「あの、俺はそんな大したものでは……」
「いえ、このような貧しき小さな村に奇跡を与えてくださり感謝いたします。御使い様」
どん引きだ。やっちまった。
確かにこの世界にも精霊信仰はある。だいぶ廃れてしまい、今では神への信仰が主流ではあるが確かに存在する。
まあ、万物に宿ると云われる目に見えない精霊を昨晩彼等は実際に目にしたのだ。おまけにその力も。精霊を信じるには十分過ぎる事象だ。
「あの、この事は他言無用ということで」
「勿論わかっております。この奇跡の事や御使い様の事も決して他言いたしません」
「……お願いします」
皆から深々と頭を下げられ、感謝される事に居ても立っても居られなくなり、隣で微笑むシャーサを連れて森へ逃げるように魔物駆除に出掛けた。
「ヤバい。あれはまずい。やっちまったなぁ、シャーサ!」
「なんで私がしでかした感じになるのよ」
「シャーサがあの場に村の人達を連れてきたのが悪いんだよ!」
「大丈夫だよ。あんなのエルフの皇族なら誰でも出来るし」
おまえ、あん時コータしかこんな事は出来ないって、村の人達に自慢気に言ってたよな。言ってないなんて言わせないからな!
「気のせいじゃない」
「お前ってやつは……」
森を進みながら一方的に口喧嘩をしていると森の異変に気付く。
「うーん、囲まれちゃったね」
「なあ、魔族領以外でこんなに数多く群れる事なんてあるのか」
「普通はないよね、普通は」
ブラックウルフが少なくとも百体以上で俺たちを囲んでいる異常な事態だった。
「ま、シャーサの魔法の訓練には丁度いいな」
「え、訓練って何よ。嫌なんですけど」
俺は人差し指を横に振ってシャーサを諭した。
「いいかシャーサ。君は俺より長生きするエルフなんだ。つまり、俺が死んだ後でも自分自身を守れる強さが必要になる。俺の傍にいるということは、シャーサも危険な事に巻き込まれる恐れがある事を忘れるな。ずっと俺と居たいのなら強くなれ。ほら、きたぞ」
三体一組でいくつかに分かれて迫ってくるブラックウルフに目を向けて、奴等を撃退するように促した。
「も、もう、強引なんだから!」
シャーサはブラックウルフに向けて手を翳し、ウィンドカッターと言って魔法を連続で放つ。
まあ、数撃ちゃ当たるってやつなのだが、そんなのではポークくん達クラスには勝てない。いや、生きて逃げることも出来ない。
「手を相手に突き出して魔法名なんて叫んでいたら、ポークくん達には通用しないぞ」
俺は見本がてら相手も碌に見ずに立ち尽くしたまま無詠唱で四方八方から迫ってくるブラックウルフ達に無数のライトニングスピアを放ち全て一度で地面に縫いつけた。
「こうやるんだ」
「そんな変態なこと出来ないよ!」
「探索魔法の要領だ。マナの流れを意識しろ。木々や岩、障害物などをマナの流れで立体的に感知するんだ。そして相手のマナを認識して動きを予測し、そこへ魔法を放て」
シャーサは目を閉じて素直に行動に移した。そんな真面目なところは嫌いじゃない。
「俯瞰的に見ろ。空から見下ろすように。時には視線の高さに合わせたり、上下したり。様々な角度から認識するんだ。全てマナが教えてくれる。シャーサなら出来る。考えるな、感じろ」
「情報が多くて頭が……」
「ばっかもん! 目で見る方が情報は多い!
マナの流れだけで周囲の様々な色彩など分からんだろうが。ましてや木々の葉一枚の形だって千差万別だ!
心を研ぎ澄ませて、心の目を開け!」
シャーサは両手を広げて、目を閉じたままやや上を向いた。
そして新たに迫ってきたブラックウルフをウィンドカッターで仕留めた。
「偉いぞシャーサ! その調子でどんどん仕留めていけ!」
「うん!」
さすがはエルフの国の皇女様だ。才能が段ち過ぎる。
俺。それが出来るようになるまで何度ポークくんにやられたか知ってるか。あの辛くて痛い日々を思い出すよ。
そんな惨めな感傷に浸っているうちにシャーサは全てのブラックウルフを倒していた。
「ふう、終わったよ」
「さすがシャーサだ。これでまた一つ階段を上がったな」
「コータの隣に居るために頑張らないとね」
腕に抱きついてきた彼女の頭をご褒美がわりに優しく撫でた。
「よし、先に進むぞ」
その後は二人で歩きながらノーモーション、無詠唱で魔物を次々と討伐していった。そして、山に近づいた時にそいつは現れた。巨大な図体で鎌首をもたげ上から見下ろす魔物が。
「こいつが元凶だな」
「こんな大きなサーペント見たことない」
「突然変異か。まあ、ここは白騎士くんに任せよう。頼んだ、白騎士くん!」
空中で時空が裂けるように亀裂が広がると、そこから白銀の鎧を身に纏う大きな白騎士が現れ、すぐに魔物と戦闘を始めた。
「騎士型の召喚獣なの、あれ」
俺は闘いを観戦すべく、その場で座った。
「座って、お茶でも飲みながら観戦しようぜ」
俺はシャーサに木のコップにお茶を注いで差し出した。
「ありがと」
彼女はお茶を受け取ると、俺の隣に座ってお茶を飲んだ。
「ちっがうよ! あれはなんなのよ!」
お茶か唾なのか、よく分からない液体が俺の顔に飛ぶ。それをハンカチで吹いてからシャーサの頭をそのハンカチで叩いた。
「汚ない。少しは淑女らしく落ち着け」
「汚なくなんかないわよ! 逆に有り難りなさいよ!」
なにふざけた事を。シャーサの唾に価値を見出すほど変態じゃねぇよ。
「見たことなかったっけ」
「ないよ」
「あれは俺の四体の召喚獣のうちの一体で白騎士くんだ。他には黒騎士くんと、フェニックスくんにペガサスちゃんがいる」
久々にシャーサが驚き過ぎて間抜けな顔をしている。しかしそんな時でも美人は美人なんだと改めて思った。
そして闘いに目を戻すと白騎士くんは嬉しそうに武器を手放して格闘戦を繰り広げていた。
まあ、魔王戦以来の登場だ。そりゃあハッスルするだろう。
「うんうん。楽しそうで何より」
「何よりじゃないよ。なんで教えてくれなかったの!」
「教えなかったんじゃなくて、機会がなかっただけだ」
「召喚獣なんてものは、伝説やおとぎ話のものなの! さらっと当然のように召喚しないで!」
そんな事を言われても困るんだよなぁ。
大体、俺一人で魔王になんて勝てる訳がないんだからさ。仲間をつくるのは必須だろ。
「俺は仮にも異世界から来た勇者だぜ。こんな事は朝メシ前だ」
「そう、かもね。一々気にしてたら一緒になんて居られないよね」
「まあ、それくらいしないと魔王は倒せなかったという事で納得してくれ」
思い出すなぁ。あの何日も続いた魔王との激闘を。
ペガサスちゃんに乗って白騎士くん達と死力を尽くした闘いは今思い出しても胸が熱くなる。
「知ってるか。魔王って、半殺しにすると第二形態で、あのヘビよりデカくなるんだぜ。マジでヤバかったな、あれは。もう手足はポンポンと斬り飛ばされるし、体は真っ二つにされてさぁ。何回死んだか分らねぇよ、マジで」
「ちょっとぉ! そんな怖いこと当然のように言わないで!」
「まあ、怖いよな。自動で復活するとは思っていても。痛いものは痛いし。死の感覚は拭えない恐怖を心に刻むし。あんなのはもう二度と御免だな」
少しうつむいてしまったのだろうか。シャーサが俺を抱きしめた。
「逃げればよかったのに。
そこまでして戦う必要なんてなかったのに。
どうしてコータは……」
ああ、シャーサが泣いちまった。
少し喋り過ぎたな。
「無理やり押し付けられたとはいえ。俺は勇者だからな。その使命は果たすさ」
「かっこつけないでよ、ばか」
俺はぼんやりと白騎士くんの闘いを観戦して、シャーサが泣き止むのを静かに待つことにした。
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