旅の目的(五)
お米探しの旅はメーザス東部から南西方面へ。観光も兼ねて、のんびり移動しながらシャーサと二人で旅を続けた。
そしてとある小さな集落に立ち寄る。
トルネ村という村人も百名くらいの小さな村だ。
「なんか元気がないね」
シャーサの言うように村人は遠目から見ても皆顔に影を落としていて、体も細く頬も痩けていて体力的に弱っているように思えた。
「旅のお方。このような貧しい小さな村に何用ですか」
腰の曲がった白髪の老婆が杖を付きながら歩み寄ってきた。その表情には若干警戒な色が窺えた。
「ある作物を探して旅に出ているのですが、ちょうど日も暮れそうでしたので、ご迷惑でなければ村の隅にでもテントを張らせて泊まらせていただけないかと」
「そうでしたか。しかし、とある作物とは何でしょうか」
ん、そこに食いつくか?
「ええ。米という稲穂に小粒の実がなる作物です。水田といって畑に水を張って育てる作物なのですが、ご存じですか」
老婆はあごに手を当てて少し考えた後に、申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ありません。そのような作物には心当たりがありません」
だよなぁ。何となくこの一帯の気候的に適しているとは思えないし。まあ、素人考えなのだが。
「謝らないでください。それに気長に探そうと思っていますので、お気になさらないでください。こちらこそ変な事を訊ねて申し訳ありません」
俺はぺこりと頭を下げて老婆に謝った。
「いえいえ。お若いのに随分と丁寧なのですね。村の若者にも見習って欲しいものです。
それでテントを張る場所ですが、あちらに土地が空いております。そちらで良ければ構いません」
そう言って老婆は村の入り口から少し離れたポッカリと空いた場所を指差した。おそらく作物や資材などの集積場なのだと思う。
「はい。ありがとうございます」
俺がまた頭を下げて礼をすると、老婆は微笑んでうなづいてその場から立ち去った。
その俺たちの様子を遠目で見ていた村人も安心したように解散していく。
「何かあるっぽいね」
「俺らが気にしてもしょうがない。さっ、あっちでテントを張ろう」
俺たちは老婆に言われた場所でテントを張って、適当に石を並べて火を起こし食事の用意をした。
収納魔法から食材を取り出して、お肉に串を刺していると村の子供達が傍に寄ってきた。
「お兄ちゃん、それお肉? おいしいの?」
幼稚園児くらいの女の子が首を傾げて興味深そうに訊いてきた。
「ああ、美味しいぞ。それにこのお肉はあの美味で有名なドラゴンのお肉だからな。どうだ、一緒に食べるか」
「うん!」
「よし、ならみんなも呼んでおいて」
「わかったぁ!」
女の子は嬉しそうに走っていった。その後ろ姿が微笑ましい。
「もう、お人好しなんだから。ほら私にも串を貸して、手伝うから」
言葉とは裏腹にシャーサは微笑んで手を差し出してきた。俺はその手に何本かの串を手渡して、二人の間に山盛りのお肉を置いた。
次々と二人で手際良く串にお肉を刺して、火の周りに縦に立てて焼いていく。
気付けば子供達に手を繋がれて大人達も来ていた。
「あの、まだまだお肉は沢山あるので、みなさんも手伝ってくれませんか」
「はい!」
男達が新たにいくつかの場所で火を起こし、女性達が串にお肉刺していく。
「ありがとうございます」
一番最初に声を掛けてきた女の子に手を引かれて、さっきの老婆が俺の隣に腰掛けた。
「たまたま狩った獲物ですから。それに二人では食べきれませんので逆に助かりました」
「そうでしたか。誠に感謝いたします」
そして村を挙げての宴会が始まった。
まあ、お酒や食べ物は全て俺が出したのだけれど。村人みんなが笑顔になればこれも安いものだ。
「ところで村に何か問題でもあったのですか」
村長だった老婆に駄目元で村のことを訊いてみた。
「はい。最近麦の実りが悪いのと、危険な魔物のせいで狩猟も畑仕事もままならないのです」
「領主には相談したのですか」
「相談はしましたが、自分たちで何とかしろと追い出されました」
酷っ! よくいるよな、小さい村なんてどうでもいいと思ってる大馬鹿野郎が。
「それは大変ですね。ちなみにどんな魔物が出るのですか」
「はい。ブラックウルフとキラーベアです」
という事はあの森か。山も近いけどキラーベアが山から出てくるには少し距離があるな。
「でしたら私たちが討伐しましょう。これでもA級冒険者なんですよ、俺たち」
「本当ですか。しかしあなた方に支払える報酬なんて」
「報酬なんて要りませんよ。この場所を貸してくれたお礼だと思ってください」
「しかしそれでは」
「村長様。この人、根っからのお人好しなんです。それに言い出したら絶対に曲げませんので諦めてください」
俺を小馬鹿にしたようなシャーサのフォローのお陰で村長は渋々了承してくれた。
まあ、これも何かの縁だしな。
但し、シャーサには後でお仕置きだ。
「ん、どこいくの」
「食後の散歩」
「そっ。ねえ、今からとても綺麗なものが見られるかもよ。一緒に行ってみる」
村の外へ出ようと歩き出した俺の背後でシャーサが女の子にそんな事を言っていた。
マジで俺の事にかけてはストーカー並みに詳しくてビビる。
村の外に出て一度屈んで土を手に取り確かめると、やはり少し土地が枯れている。
小麦畑へ行ってまた同じように土を確かめると先程と同じだった。これは畑だけではなく、ここら辺一帯の土地が痩せてきているのだろう。
俺は天に向けて手を翳した。
「我が親愛なる精霊達よ。我の元に集い、我の願いを聞き届けよ」
ふわっと空気が揺れると、周囲に無数の小さな煌めきが浮かび、ゆっくりと揺れながら漂うように飛んでいる。そしてその煌めきは虹のように七色の光を放っていた。
「我のマナを対価に願う。この大地を豊かな実りを齎らす豊穣の大地にして欲しいと」
天に翳した手を中心に無数の精霊が煌めきながら螺旋を描いて舞い上がっていく。
そしてその美しく幻想的な煌めきは周囲に広く広がると、ゆっくりと雪のように大地に舞い降りる。
「わぁ、きれい……」
「でしょ。エルフでもこんな事は出来ないんだからね。私のコータは凄いんだよ」
少し離れた場所にいるシャーサと女の子。そして村の人達がこの光景に感嘆の声を洩らし魅入っていた。
体感で五分くらいだろうか、続いたのは。その後、幻想的な煌めきは消えて、星空だけが空に残った。
やばっ、頭がくらくらする。マジであいつら容赦ないな。
俺はマナ切れ一歩手前で倒れかけたところをシャーサに支えられた。
「おつかれさま」
「ちょっと締まらないけど、俺らしくていいだろ」
「うん。でも、そんなところも良いと思うよ」
俺はシャーサの肩を借りて村人達と村に帰った。
たくさんの感謝の言葉を聞きながら。
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