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プロローグ

みちせか再開まで違う小話を楽しんでいただけたらなぁっと。

「へっくしょん!」


 ちっ、誰かがまた良からぬウワサでもしてやがんのか。

 少し出た鼻水とヨダレを雑に手で拭い、食堂の汚いテーブルに置かれたなんの肉か分からない不味そうなデカいだけのステーキにがぶりつく。


「ん、イケるなぁ。食べれなくはないな」


 やや筋っぽい肉質だが脂身と肉の旨みはそこそこ美味い。


「はぁ、米食いてぇ」


 ステーキと一緒に頼んだ緩いエールで肉を流し込むと隣のテーブルに座る四人組の荒くれどもの話が耳に入ってきた。


「おい、聞いたか。勇者タロウの話をよ」

「あん。どうせ魔王を如何にボコボコにしたかって話だろ。しょうもな」

「違うって。まず茶々入れてねぇで聞けよ。勇者、魔族領でも育つ糞小麦を改良して普通に実る小麦にしてやったらしい」

「おいおい、冗談はやめろ。あんなマナのクソ濃い土地で作物がちゃんと育つ訳ねぇだろう。嘘も休み休みにしろよな」

「ばか、ウソじゃねぇよ」


 なんだ、半年以上前の事が今更ウワサになってんのか。まあ、スマホがある訳じゃねぇし、そんなもんか。


「そんな事より勇者は何処に行っちまったんだろうな。ゼスティア王国にも戻ってないらしいしよ」

「馬鹿だなあ、あんなクソな国に戻るかよ。それに勇者はあそこを出て行く時に国王や騎士団長を始めとした精鋭をボコボコにしたんだぜ。戻る訳ねぇって」

「いや、召喚後に会って直ぐにだから間違えんな。でもスゲェよなぁ。最初から最強って惚れるわ」


 惚れるという言葉を聞いて背筋に寒気が走り、思わず体が震える。

 この世界は何かとヤバい。

 魔法が存在する時点で充分ヤバいのだが、性に対してあり得ないほど寛容なのだ。それは不倫、浮気、同性愛、乱行など全てなんでもオッケーな、現代日本人としてはとても許容できない倫理観なのだ。


 もしこいつらに今襲われたら、俺は確実に奴等を殺す自信がある。

 取り敢えず緊張した身体をエールで潤すことにした。


「……不味い」


 緩いし薄いしシュワシュワ感ないし!

 食い物もそうだが、何でもかんでも香辛料まみれ!

 ただスパイス振って焼けばいいとか思ってんじゃねぇよ、クソが!


「あああ、日本に帰りてぇ」


「でよお。ウケんのが、勇者が何やら召喚陣に細工してたらしく、それを知らない国王共が発動しようとしたら魔法士達と国王とその重臣達がその場から全員消えちまったってよ。

 ギャハハハ、マジウケるよな!」

「ホントかよ。そんなの国家秘密じゃねぇのか」

「いや、あれだよ、あれ。勇者お得意の人を小馬鹿したやつ。城の上にその様子がしっかり映し出されて皆んな観てたって話だ。しかも、懲りずに人の人生をまた踏み躙るやつに正義の鉄槌を! なんて言葉も空に浮かんでたらしいぜ、ギャッハハ!」

「マジかぁ。本気で敵にしたくねぇよな、勇者だけは」


 それは三か月前位の話だろ。

 まあ、懲りずに自分達は楽して他人にやらせるクズ共は魔王城に転移でもして死ねばいいんだよ。

 まあ、次の魔王にはそう言いつけてあるし、確実に痛ぶられてしっかり殺されてるだろうな。


「結局、勇者が言った通りになったよな。魔王を倒しても次の魔王が現れるだけで何も変わらないってよ。魔族に力や能力で劣る人間には魔族を根絶やしなんて出来ないから勝ち目がないってな。ほんと、その通りだったぜ」

「まあでもあれだ。初めて勇者が魔王を倒したんだ。そこは両手を上げて勇者を讃えるべきだろ」

「だよなあ。たった一人で五年も掛けて人類の悲願だった魔王を倒したんだ。スゲェよな」

「ああ、惚れるぜ」


 また背筋に寒気が走る。

 それは漢としてだよな。決して色欲的な感じじゃないよな。もし色欲的なあれなら今すぐ抹殺すんぞ、コラ!


 そんな地獄のような環境に耐えられなくなった俺は食堂を足早に出て宿屋に向かう。

 見上げる星々は美しく煌めき、俺の傷んだ心を癒してくれた。


「この世界は、星だけは綺麗だよな」


 ゲロと糞尿塗れの道を汚物を踏まないように歩いていると、薄いセクシーな衣装に身を包むお姉さん達が、自分達の店の前で妖艶な笑顔を振り撒いている一角へ、俺はうっかり脚を踏み入れてしまった。


「そこの素敵な銀髪のお兄さん。遊んでいかないかい」


 赤毛ロングの豊かな胸を持つセクシーお姉さんが俺に声をかけた。

 しかし俺は知っている。

 この世界では絶対に女遊びをしてはいけないことを。

 うっかり路上や衛生観念の低い店で遊ぶと、俺の大事なものが物理的に失ってしまうことをだ。


「おや、つれないねぇ」


 無言で通り過ぎようと試みるも行く手を何人かの女性に塞がれた。


「金ねぇんだわ。どいてくれないか」

「そんな上等な服を着ていて、そんな嘘は通用しないさ。とびっきりの極上な夜を体験していきなよ」


 ウザっ。何がとびっきりの極上な夜だ。金払って病気をもらうだけじゃねぇか。


「悪りぃな。興味ねぇんだわ」


 目も合わせずにそう答えた後、俺は転移魔法で宿屋へ戻った。そして周りを見渡す。


「よし、上手く巻いたようだな」


 宿屋の入口を開けて中に進み、女将さんに軽く挨拶をして借りた部屋に入る。


「遅かったね」


 小さな宿部屋の小汚い小さなベッドに腰掛ける、金髪ロングの見目麗しいスレンダーエルフが俺にそう言って睨んでいた。


「なに勝手に部屋に入ってんだよ。それにシャーサに、遅かったね。なんて言われる筋合いねぇから」

「な、遅かったねなんてかわいく言ってないよ!」


 どうやら俺のモノマネに不満があるらしい。

 まあ、どうでもいいが。


「要件をさっさと言って帰れ。俺は疲れてんだよ」

「私に。エルフの姫たる私にそんな言い草。誰が貴方の冒険者登録してあげたと思ってるのよ! しかも国籍まで与えて。もっとちゃんと感謝して! もっと私を甘やかして!」


 うざい。まじでうざい。


「なによ。私との一夜は遊びだったの。あの甘い囁きは嘘だったの!」

「いい加減なことは言うな! お前になんもしてねぇだろ! 何が甘い囁きだ。あれはお前が変なキノコを食って幻覚に囚われていただけだろうが。都合よく話をつくんな!」


 なんなんだ、コイツは。

 なんでこんなのが唯一の友達なんだよ。マジで不幸すぎるだろ、俺。


「なによ。本名で登録までしてあげたのに。しかもお金も沢山使ったんだからね。ふん、もうコータなんて知らない」


 唇を軽く尖らせてシャーサはソッポを向いた。

 そのエルフらしく美しく整った横顔を、より一層引き立てるように星明かりが照らしている。


「はいはい。ならさっさと帰れよ」

「邪険にしないで」

「帰れ、くされエルフ」

「酷いこと言わないで」

「ああああああ、めんどくせぇ! なんなんだよ、お前は!」


 ダメだ。このままでは奴のペースにハマっちまう。なんとかしないと。


「これを見て」


 見慣れたこの大陸の地図をシャーサはベッドの上に広げた。そして中央の広大な魔族領の西に位置するゼスティア王国を指差した。


「消えたわ」


 不思議なことに地図が勝手に書き換えられた。

 そしてゼスティア王国のあった場所が魔族領になっていた。


「で、それがどうした」

「どうしたじゃないわよ。コータ、魔王にもう侵略するなって約束させたのよね。それを、」


 煩いので彼女の唇に指を軽く当てて口を止めた。


「夜中に騒ぐな。周りの部屋に迷惑だ。それにだ。俺は自分からは手を出すなとは言ったが、殴られて反撃するなとは言ってない。そこ重要。間違えんな」


 どうせあの国王や重臣達の事だ。転移した魔王城で偉そうに騒ぎ立てたんだろ。やられて当然だな、それは。


「けど、五か国しかない人類の国が一つ無くなったのよ。しかもあそこは大陸の穀倉地帯とも呼ばれる豊かな土地なの。どうするのよ。みんな飢えてしまうわ」

「別に貿易すればいいじゃねぇか。たぶん今までより安く手に入るぞ」

「え、ほんと。ほんとなのそれ。というか、取引きしてくれるの。ねえ、適当なことを言ってないよね。いつもみたいに冗談、うっそでーすとか言わないよね」


 いつ誰がそんなウザい真似をした。適当に話を盛って人を貶めるな。

 これだからシャーサはダメなんだよなぁ。


「あのちびっ子魔王は礼節さえ欠かさなければ、きちんと話を聴いてくれるぞ。おまえさんより器のデカい、大したヤツだからな」

「なによ。そんなにあのロリ魔王の事が気に入ってるの。そんなにロリっ子が好きなの!」

「煩え、大きな声を出すなっていってんだろうが!

 それに俺はロリじゃねぇ!」


 この言うに事欠いて、好き勝手に言いやがって。

 大体あれだろ。俺がお前に眼中が無いから嫉妬してんだろ。

 妬くな妬くな。そんなんだと余計に避けられるぞ。


「無性に腹が立つんですけど。それにしっかり声に出てますけど。

 いつ私がコータを好きになったんですか。

 だから私は妬いてなんかいませーん、ふーんだっ!」


 あまりにも無駄な時間過ぎて、俺は強制的にシャーサを転移魔法を掛けて帰らせた。

 漸くこれでゆっくり寝られる。


「やっと静かになったぜ」


 俺はベッドの上に飛び込むように寝転んで窓から星を見上げる。


「帰りてぇな、日本に」


 そう小さく呟いて目を閉じた。

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