5怪目 アリマスヨ
「アリマスヨ! ココニアリマスヨ!」
どうやらその声は、奥で繋がっている家庭科準備室から聞こえてきているようだった。
「これと言ったものもなさそうだし、理科室でも行くかー」
「え?」
パッソの言葉に、思わず「え」が漏れた。⋯⋯「え」が漏れたってなんだよ。
「なんだカブ? なんかあったか?」
「いや、あっちの方から有りますよって声が⋯⋯」
「⋯⋯マ?」
「マ」
「クスリとかやってる?」
「ノー」
「最近寝不足とか?」
「ノー」
「すんごいストレス抱えてるとか?」
「幻聴じゃないからね!?」
パッソめ、まったく失礼な奴だ。車みてーな名前しやがって。
「とにかく隣の部屋行くぞ。なんか食べ物あるらしいから」
「いやいや、もし本当になにか聞こえてたんだとして、それは罠だろ。悪霊がオレたちをおびき寄せるために演技してるんだ」
部屋に入ってからさっきまでずっとパンツを下げたり上げたりしていただけだったアルトが実に4分ぶりに言葉を発した。
「いやいや、肝試しに来たんだからそれならそれでいいだろ」
「それもそうだな」
「なんだよパッソお前まで⋯⋯」
ということなので、2人でアルトを引きずって隣の部屋へ入った。
「しくしくしく⋯⋯」
家庭科準備室の中には食べ物は見当たらず、隅っこで壁の方を向いてしゃがんでいる女の子しかいなかった。九九の練習中だろうか。36だよって教えてあげた方がいいのかな⋯⋯
「ほ、ほんとにいるなんて⋯⋯」
パッソが狼狽えている。
「しくしく⋯⋯ううう⋯⋯えっぐえっぐ、ううう⋯⋯」
あれ? 泣いてね?
「ねえ君、大丈夫?」
「おま、声掛けんなよ!」
「えっ?」
パッソが鬼の形相で俺を睨んでいるが、泣いてる女の子を助けようとして何が悪いんだ? 畜生なのかコイツは? ド畜生なのか?? ファ畜生なのか???
「なにかあったの? 大丈夫?」
「しくしく、しくしく⋯⋯ふふふふふ」
「は? 今笑う要素あったか? 心配してんだぞこっちは」
なんなんコイツ。
「ふふふふふふふ、おにーさん⋯⋯」
少女がもぞもぞと動き出したかと思うと、グロテスクな音を立てて首がのび始めた。
壁の方を向いたまま、頭部だけが異様な高さまでのび上がる。
「ろくろ首だァー!!!」
パッソが叫んだ。
「あーそぼっ」
そう言って振り向いた少女の顔には、目も鼻も口もついていなかった。
「のっぺらぼうだァ〜〜〜!!!」
アルトも叫んだ。
「おい、なんかここ、寒くねえか?」
一旦落ち着いたパッソが言った。
確かに寒い⋯⋯
「ふふふふふふふ」
笑う少女。
「もしや、この冷気、君が!?」
「ご名答! 私は雪女なのさ! ニョーッホッホッホッホ!」
笑い方おもろ。ふふふふふ、じゃないんだね。こっちが本性なのね。
いやーそれにしても助かる。動きっぱなしで暑かったからなぁ。
「涼しくてありがたいなぁ。なぁ2人とも! ⋯⋯あれ?」
2人がいない。
「もしかして君、のっぺらろくろ雪女以外に神隠しの能力もあるのか?」
「2人なら理科室がどうとか言いながら出てったけど⋯⋯」
「マジで!?」
このタイミングで置いてくか!?
「それにしても、のっぺらろくろ雪女なんて呼ばれるとは⋯⋯一富士二鷹三なすびみたいだわね」
「⋯⋯そう?」
「そうじゃない? けっこうそうじゃない?」
うーん⋯⋯
「まぁ⋯⋯ギリかな」
「あの、そろそろ出ていってくれる?」
「え?」
「私たち、馬が合わないと思うのよね」
「それはそう」
「じゃあ解散ね。ばいばい」
「ば、ばいばい⋯⋯」
ということで俺は家庭科室を出た。怪異と遭遇してこんな別れ方になるとは⋯⋯
さて、あいつらはどこだ?
懐中電灯で足元を照らしてみると、2人の足跡らしきものがペタペタと向こうに向かってついていた。ホコリのおかげだ。
足跡を辿っていくと、理科室があった。そういや行きたいって言ってたな。
「おーい2人とも〜」
「お、来たか」
「遅かったな」
遅いとかじゃなくて、置いてかれてたんだけどな⋯⋯
「2人とも、なんで先行ったりしたんだよ」
「お前が食い物あるっていうからあの部屋に入ったのに、あったのはのっぺらろくろ雪女だけだったからだよ。幽霊なんて食えないだろ」
「食える食えないじゃないだろ。腹減ってるのは今のアレで、当初の目的はああいうのを見つけることだったはずだろ?」
「もうケンカやめよ!!!」
アルトが割り込んだ。
「やめないとオレ帰るよ」
「すいません」
「申し訳ないです」
「分かったなら夜露死威」
「よろしいでもその当て字するんだ」
「歯歯歯」
「味しめやがって」
「さ、行きますよザーボンさん、ドドリアさん」
アルトがフリーザ様になったところで俺の脳内スタッフが「このへんで区切ろっか」というフリップを出したので、一旦お別れだ。