3怪目 トイレの花子さん
「ハァハァ⋯⋯エレベーターとか無いのかよここ⋯⋯!」
「あるわけないだろ、廃校だぞ」
「廃校じゃなくてもないだろ。にしてもさすがにな⋯⋯真夏だからなぁ」
よく大人が「高校生は体力が無限にあっていいよな」なんて言うが、全っ然そんなことない。普通にめっちゃ疲れるから。疲れるけど顧問が怖くて走ってるだけだから。
それに今は真っ暗だ。懐中電灯で足元を照らしながら7階まで上るのはなかなか骨が折れる。
7階に着くと、すぐ目の前にトイレがあった。
「女子トイレ行くぞ」
「いいのか?」
「女子トイレの、奥から7番目の個室のドアを7回ノックするらしいんだ」
「そんなに個室あるのかよ」
入ってみると、個室は4つだった。
「おいパッソ、話が違うじゃねーか」
びしょびしょズボンのアルトがフリチンで言った。ズボンとパンツを水道で洗って、廊下の窓に干してきたのだ。
「2周目ってことじゃないの? だから奥から3番目でいいんじゃない?」
「そんな適当でいいのかよ」
アルトとパッソがよく喋ってるけど、なんというか、俺の入るタイミングがない。もしかしたら俺、この3人の中だと1番外側だったりする?
「さ、ノックするぞ」
「ああ」
ゴクリ⋯⋯
「やっぱ怖いからアルトやって」
「はー」
コンコンコンコンコンコンコン
「うるせぇ!!!!」
中から野太い怒鳴り声が返ってきた。
「おいヤベーよ、花子さんじゃなくて誰か入ってたんだよ」
「誰かって、廃校の7階だぞ?」
「だってこの声、思いっきりおっさん⋯⋯あれ、でもここって、」
ガチャ
アルトが言い終える前にドアが開いた。
「うるせぇよ」
中から出てきたのは、体格のいい50代後半くらいのおばさんだった。
「ふ〜っ」
煙を吐くと、タバコを便器の中に投げ捨てた。
「あ、あの、どちら様で⋯⋯?」
「あぁん?」
アルトを睨みつけるおばさん。
「花子だよ。お前が呼んだんだろ? てかお前、フリチンで女子トイレ入ってきてんじゃねーよ」
確かにThe花子さんといった服装をしている。
「あ、すいません⋯⋯」
「ちっ、しょうがねーな。これ履けよ」
そう言っておばさんはパンツを脱いでアルトに渡した。茶色いシミがついている。
「え」
「履けよ」
「さすがにそれは⋯⋯」
「死にてえのか?」
「履きます」
そう言うとアルトは歯を食いしばりながら、静かに涙を流しながらパンツを履いた。
「なんかチクチクする⋯⋯」
「あ?」
「すいません、こっちの話です」
「こっちの話ってなんだよ。オレのパンツに文句があんならハッキリ言えよオラ」
花子さん、一人称オレなんだ。
「え、えっと、あの、さっき丸呑みしたウニが胃の中でチクチクしてて⋯⋯」
「⋯⋯そうか。ならいいわ」
よかった。
「ほんじゃ早いとこ済ませようか。さぁ、願いを言え」
「えっ、そういうタイプなんですか!?」
急に元気になるアルト。それにしても、花子さんにそんな話あったか⋯⋯?
「お金持ちになりたいです!」
安直! 正直! すげーアルトらしい!
「お前今いくら持ってる?」
「32000円くらいです」
めっちゃ持ってるやん。
「じゃあとりあえず3万渡せ。増やしてきてやるから」
「ほんとですか!? やったぁ!」
アルトはケツに挟んで持ち歩いていた財布から諭吉を3人取り出すと、すぐに花子さんに手渡した。
「じゃあ行ってくるわ」
「⋯⋯どこに?」
「行ってくるわ」
「あ、はい⋯⋯」
花子さんはそのまま階段を下りていった。どこへ行ったのだろうか⋯⋯
「なぁパッソ、あの人なんなんだよ」
「ギャンブル中毒の花子さんだよ。7階のトイレの7個目の個室を7回ノックしたら出てきただろ?」
「え、じゃあ増やしてきてやるっていうのは⋯⋯」
「パチンコだろうな」
「そんな⋯⋯」
絶対返って来ないじゃん。どうやって励まそうかな⋯⋯
「ま、まぁ、パンツは手に入ったわけだしさ⋯⋯」
「3万で変なババアのウンコついたパンツ買ったのかよオレ! カッコつけるために全財産持ってきたってのにクッソー!」
余計にヘコんでしまった。
「次どこ行くー?」
「パッソお前アルトこんな状態なのにそんな⋯⋯! 元はといえばお前が花子さん行こうって言ったんじゃねーか!」
「でもあんな変なおばさんにいきなり3万渡すか? おれビックリしすぎて突っ込めなかったよ」
「まぁそれは俺もそうだけど」
「なんで本人の前でそんな話するんだよお前ら」
「で、次どこ行く?」
「鬼じゃん」
「パンツ脱いでいい?」
「ダメ。そういえばおれ、腹減ったわ。家庭科室行かね?」
「行ってどうするつもりだよ」
「ガムとかないかなと思って」
「あるわけないし、あったとしても腹の足しにはならないだろ」
「そうか⋯⋯あ、そうだ、缶詰あったら嬉しくない?」
「じゅるり」
行くことになりました。