1怪目 集合〜音楽室
高校に入って初めての夏休みに、俺たち3人は廃校で肝試しをすることになった。言い出しっぺは歩斗(アルト)で、近くに最近廃校になった中学校があるので行かないかと誘われたのだ。
集合場所である不怖中学校に行くと、すでに門のところにアルトが立っていた。
「おう、遅かったな」
「まだ集合時間前だろ」
「そだな」
とはいえ、あと2分ちょっとで時間なので行動としてはアルトが正しいのだろう。
「発鼠(パッソ)が来るまで恋バナでもするか?」
「なに言ってんだよ、あと2分だぞ?」
「でもまだどこにも姿が見えないだろ」
アルトの言う通り、近くにパッソの気配はなかった。夜とはいえ街灯の明かりもあり、ここの周りは見通しが良いので、パッソの家の方角を気にしていればすぐに察知できるはずなのだ。
「あの野郎、遅刻すんならLINEぐらいしろよな」
「うんこでもしてて出るのが少し遅くなったんだろ」
「なぁ小型自動二輪車(カブ)、お前好きなヤツとかいんの?」
「結局恋バナするんだ!?」
好きな人か⋯⋯
俺の好きな人⋯⋯それは⋯⋯
「山田と三枝と長谷川と戸田と小島(悠華)と小島(真凜)と吉田と森と隣のクラスの青山と佐野と後藤と隣の隣のクラスの梅野と鈴木と木村と今井と保健の田中先生かな」
「告白とかすんの?」
告白、か⋯⋯
「そうだな、出来ればクリスマスまでにはしたい⋯⋯かな」
「応援してっぜ!」
「そういうアルトはどうなんだよ」
「オレ? オレは広瀬すず! 18になったら求婚するんだ!」
「結婚式呼んでくれよな」
「ったりめーだろ!」
そんな話をしているうちに、10分が経っていた。
「パッソ、遅ぇな」
「電話かけてみるか?」
「LINEでいいだろ」
「俺LINEやってないよ」
「そっか、そういやカブはEメール派だもんな」
「うん、電話するね」
ぽるぽるぽるぽるぽる⋯⋯
「出た?」
「出ぬ」
ぽるぽるぽるぽるぼる⋯⋯
「出た?」
「出ぬ」
ぽるぽるぽるぽるぼる⋯⋯
「おーーーーい!!!」
東の方からパッソの声がした。
「すまんすまんすまんすまんすまん!」
立ち漕ぎであっという間に近づいたパッソは、自転車を門の前に駐めて俺たちの前で土下座を始めた。
「いいよ」
「いいよ」
俺たちは寛大な心でパッソを許し、さっそく3人で門を乗り越えた。
「さて、どこから行く?」
「そうだなぁ、おれ遅れちゃったし、最初は2人で決めなよ」
「うーん⋯⋯」
その時だった。校舎から「ポロン」という楽器らしき音が聞こえてきたのだ。
「音楽室だな」
アルトの言葉に俺たちは無言で頷き、昇降口へと向かった。
廃校になってまだ数年のこの建物だが、さすがに下駄箱や廊下にはホコリが少し積もっていた。
「靴のまま行くぞ」
「ああ、靴下真っ黒になっちまうからな」
「カブ以外は裸足だしな」
入ってすぐのところになぜかフロアマップがあったので、それで音楽室の場所を確認することにした。
「こんなとこにフロアマップって、ジャスコみたいだな」
「イオンな」
「授業参観に来た保護者のためとか?」
音楽室は2階だった。
土足のままカツカツパコパコと靴音を鳴らしながら、階段を上る。
「中学校の階段って段が低いよな」
「なんかPEZみたいだよな」
「ペッツってなんだっけ」
「動物の生首からツルツルのラムネが出てくるやつ」
「ああアレね。似てなくね?」
「ラムネ単体でも売ってるんだけど、その包装がなんとなく似てるんだ」
「そうですか」
誰が何を喋ったのか覚えてないくらいに話がつまらなかったので、ペッツの話をしたパッソを2人で1発ずつ殴ることでその場は収まった。
「ここだな」
アルトが指さした先に、音楽室と書かれた看板(表札?)があった。ついに肝試しが始まると思うとなんだかドキドキした。けど、門を登った時点で肝試しは始まってたんだった。
「ハッ!!!!」
アルトが戸を開けると突然パッソがそう叫び、中に向かって走り出した。
「なんだよ、どうしたんだよパッソ!」
アルトの声も聞こえていないのか、振り向くこともなく教室の中心にあるピアノに向かって走るパッソ。
ぱそっ
そんな擬音が似合う動作で椅子に腰を下ろし、鍵盤に手をかけた。
「いざ!」
そう叫んだ次の瞬間、彼の手は旋律を奏でていた。
ポロ
ポロ
ポロ
ポン♪
ポン♪
ポン♪
ポン♪
ポン♪
ポン♪
ポン
ポン
ポン
聞いたことのある曲だった。
「おいカブ、これ〈ラ・カンパネラ〉じゃねえか⋯⋯?」
「ラ・カンパネラって確か超難関曲じゃなかったか!?」
俺たちは3人とも幼なじみで保育園からずっと一緒にいるが、パッソがピアノを弾けるなんて話は聞いたことがなかった。それも、ラ・カンパネラを楽譜も見ずにだなんて、有り得ない⋯⋯
「すげーな」
「すげーだろ」
アルトとパッソはそんなやり取りをして、2人で音楽室を出ていった。
「ま、待て〜い!」
俺も2人を追って走り出した。