首なし地蔵をストビュで見ると呪われるという噂
火伏せ地蔵やお清地蔵など、地蔵にまつわる民話は数多くございますが、兵庫県T市にもひとつ、面白い地蔵の話がございます。
何百年も昔のこと。とある信心深い女がおりました。
女は毎日山を登り、お地蔵さんにお供え物をしていたのですが、夫がそれを不倫していると誤解して、妻の頭を石で叩き割ってしまったのです。
しかし、頭を砕かれたはずの妻はけろりとしていて、頭が割れた様子もない。
不思議に思ったふたりは、そこでお地蔵さんの頭がぱっかりと割れていることに気づきました。
「ああ、仏様が信心深い妻を助けてくれた!」
夫婦は大喜びして、新しい頭を作り、そのお地蔵さんを手厚くお祀りしたそうです。
お地蔵さんが痛みを引き受けてくれるという評判から、お参りする人が増えましたが、中にはその頭を盗む人が現れました。
人々は胸を痛めましたが、しばらくすると、盗まれたはずの頭が戻っていました。
盗人が改心し、戻しにきたのか、お地蔵さんが自力で戻ってきたのかは定かではありませんが、このことから失せ物が見つかるご利益があるとして、今でもこの「首なし地蔵」にお参りする人は多いそうです。
◇◇◇
高校時代から付き合いのある友人から、「首なし地蔵をストリートビューで見ると呪われるって噂マジだわ。ヤベェから見てみw」とチャットが届いた。
首なし地蔵とは、山の中にある地蔵で、俺たちの地元では有名な心霊スポットだ。
首なしという名前だが、頭はちゃんと存在していて、しかも取り外し可能だそうだ。そのせいで何度か持ち去られたりしているらしい。
盗まれるたびに頭を作っているのか、胴体に対して頭だけが真新しく、それがまた不気味だった。
「ストリートビューを見ると呪われるって、やたら現代風だな」
噂を信じたわけではないが、暇を持て余していた俺はパソコンを立ち上げて、首なし地蔵を検索した。
「首なし地蔵って、この前ヒトミとドライブに行ったところか」
彼女が「肝試しをやりたい」と言い出したので、有名な首なし地蔵の近くまで車を走らせたのがちょうど一カ月前だ。
(そういえばその帰り、首のない地蔵があって気持ち悪かったな。あれが首なし地蔵だったのか?)
一カ月前のデートのことをぼんやり考えながらストリートビューを開くと、一瞬画面が真っ黒になってから、すぐに森の中に放り込まれた。
画面には、両端を細長い木々に囲まれた見覚えのある道路が映っている。
「たしか、この道路の左端に首のない地蔵があったはず……」
マウスをドラッグし、画像の方向を変えると、それは突然現れた。
例の首なし地蔵の場所に誰かが立っている。
元は白かったと思われるボロボロの服をまとった人間だ。穴だらけの服からは、骨と皮だけの青白い腕と足が覗いていた。靴は履いていない。
(こんな山道を、裸足で?)
そいつは俯いているのか、長い黒髪がだらりと垂れていて、顔がよく見えない。
「へぇ……誰かの悪戯だろうけど、結構手が込んでるじゃん?」
ちょっと気味悪いなと思いつつ、肝心の地蔵がどこにいるのか探していると、さっきまで俯いていたそいつが、いつの間にかこっちを見ていた。
ドッと心臓が跳ねて、一瞬呼吸が止まった。
「え、あれ? こっち、見てたっけ?」
ぼかしの処理が入っているのか、その顔はひどくぼやけていて、表情まではわからない。
けど、大きな黒い目が、画面越しに俺を見つめていることだけはわかった。
(何か、おかしくないか? 目があまりにも大きすぎるような……)
そこに目玉がなく、空洞になっているとしたら……。それは人の顔というよりも、人の頭蓋骨ではないだろうか。
そのことに気づいた瞬間、俺は反射的にノートパソコンのディスプレイを叩きつけるようにして閉じていた。
「いや、あれか、そういうプログラムか何かか? 噂がマジとかあり得ねぇだろ!」
破裂するかと思うほど、心臓がドクドクと脈打っている。
何度か深呼吸をして、必死に気持ちを落ち着けてから、恐る恐るノートパソコンのディスプレイを開く。
森の風景がパッと映し出されて、鮮やかな赤が視界に飛び込んできた。
何かと思えば、地蔵の赤い前掛けだった。地蔵の頭部はなく、これが首なし地蔵で間違いないだろう。
さっき映った何者かの姿は、どこにもなかった。
「何だったんだよ、さっきの」
何だか拍子抜けして、俺はぐったりと椅子の背もたれに寄りかかった。
クーラーをガンガンにつけて寒いくらいだったのに、今は全身にびっしょりと汗をかいて気持ちが悪い。
「まさか……この家に来てないよな?」
ゆっくりと部屋の中を見回しながら耳を澄ませる。
部屋のどこにもアイツの姿はないし、物音もしない。
俺はほっと息をついた。
「本気でびびるとかアホらし」
気分転換にゲーム実況でも観て、さっさと忘れよう。
ブンブンッと耳元をかすめるハエを手で払いながら、再びパソコンに向き直った時、ふとあることに気がついた。
(俺のアパートのストリートビューに映ってたり、しないよな?)
気になったことは調べないと気が済まない性格だ。
俺は自分の家の住所を検索した。
ストリートビューには、俺の住んでいる四階建てアパートが映っている。
道路から撮られた画像だ。
俺の部屋は四階の角部屋だが、その扉の前には誰もない。
俺は本日何度目かのため息をついた。
「俺、何やってんだろ。そもそも、リアルタイムの映像を流してるわけじゃねぇし、映るわけねぇじゃん」
呪いの噂を信じたわけじゃない。
だけど、家にいるのも気味が悪いし、今日だけはネカフェに泊まろう。
そう思い、ストリートビューを閉じようとした。その手が止まる。
俺の部屋の扉の隣には、窓がついている。玄関を入ってすぐ左手側の部屋の窓だ。
そのすりガラスの向こうに人影が見えた。
「俺、か?」
その人影は、ガラス越しにこちらを見ている。
穴のように大きな黒い目がふたつ、じっとこちらを見つめている。
「ああっ!?」
俺はその場に飛び上がり、椅子がガタンと後ろに倒れた。
浅い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
玄関の隣にある部屋の中に、アイツがいる。
俺はいても立ってもいられず、あの噂を流してきた友人に電話をかけた。
(何してんだ、早く、早く出ろよ!)
今にもあの部屋の扉が開きそうで気が気じゃない。
イライラしながら呼び出し音を聞いていると、呼び出し音が途切れて、「コータ?」と俺の名を呼ぶ友人の声が聞こえてきた。
その声に、ほっと安堵の息をつく。
「お前っ、出るのおせぇんだよ!」
『いきなりかけてきたくせに理不尽が過ぎるわ。どうした?』
「お前が送ってきた首なし地蔵の噂!」
『ああ、それで電話してきたわけね。怖かったでちゅね』
「うるせぇっ!! アイツ、お、俺の家まで入ってきたんだぞ!? どうすりゃいいんだよ!」
『アイツって?』
「こんな時にとぼけんな! 全身ガリガリの骸骨みたいなやつだよ! ストリートビューに映ってたやつ!」
『骸骨? 俺が見たのは首のない地蔵だったけど……』
「は?」
友人の言葉に、忘れかけていた恐怖が震えとなってよみがえってきた。
「いや、悪ふざけ、やめろよ」
『ふざけてんのはそっちだろ。骸骨とかやめろよ。なあ、それよりお前の彼女ってさ――』
『カエシテ』
友人の声にノイズ混じりの声が重なり、俺は驚いてスマホを落としてしまった。
スマホはディスプレイの方を上にして床に転がり、その表示はまだ通話中になっていた。
落とす瞬間にスピーカーアイコンに指が触れていたのか、ざらざらとした枯れた低声が部屋中に響き渡った。
『カエシテ、カエシテ、カエシテ、カエセ』
俺は情けないくらい全身を震わせながら、スマホから聞こえてくる声をさえぎるようにして叫んだ。
「何をだよ!? な、何も盗ってねぇよ!! 俺が何をしたって言うんだよ!!」
叫び声が部屋に反響し、スマホから流れていた声が途切れた。
しばらくエアコンの送風の音だけが聞こえていたが、不意に何かが軋む音が聞こえて、俺はびくっと飛び上がった。
ギィィと音を立てて、玄関の隣にある部屋の扉が独りでに開く。中からぬっと黒い頭が現れた瞬間、俺は反射的にベランダに向かって走り出していた。
「うわぁぁぁぁ!!」
途中、足元のクーラーボックスに足を引っ掛けて転びそうになりながら、俺は無我夢中でベランダへとつづく窓の鍵を開けて、外へ飛び出した。
手すりを乗り越えて、裸足のまま飛び降りる。
思ったよりもアスファルトが遠いことに気づいて、「あ」と声を上げた。
(ここって四階――)
グシャッ。
◇◇◇
男がベランダから飛び降りた後、床に転がるクーラーボックスに近づく人影があった。
クーラーボックスの蓋はわずかに開いていて、そこから女性のものらしき白い手が覗いている。
その指の隙間から、ころっと小さな石の欠片が零れ落ちた。
人影がクーラーボックスに触れると、今度は中からごろっと重い音を立てて何かが転がり落ちた。
枯れ木のような手が「それ」を拾い上げる。
「返していただきましたので」
しわがれた声が響き、次の瞬間には、その亡霊のような姿をした何者かは姿を消していた。
◇◇◇
――さて、この話にはつづきがあります。
それは、この首なし地蔵が心霊スポットとして有名になり、妙な噂が流れるようになった頃。
近くにドライブに来ていた一組のカップルがいました。
女が男の子供を妊娠していると告げると、結婚するつもりのなかった男は、それは面倒そうな顔をして、さっさと中絶するように言いました。
結婚できると思っていた女はひどく腹を立てて、とっさに近くにあった首なし地蔵の小さな頭を握り、男に襲いかかりました。
しかし、お地蔵様の小さな頭は手の中で簡単に砕けて、返り討ちにされてしまいました。
それから約一カ月後のことです。
自宅のベランダから飛び降り自殺をした男の部屋のクーラーボックスから、その女が変わり果てた姿で見つかったそうです。
しかし、女の頭は、今も見つかっていないそうです。