妹の服を着てみたお兄ちゃんの話
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あなたは誰にも知られたくない秘密があるだろうか?
僕にはある。それは女の子の格好をすることが好きなことだ。
初めはほんの好奇心だった。
僕には2歳年下の妹がいるのだが、その妹が身びいきなしに可愛くて、そんな妹の服をこっそり着てみたのが最初。
妹が不在の時に妹の部屋に忍び込み、妹の服を拝借しその場で着替え部屋にある姿見で確認する。こんなことをしてはいけないという背徳感も相俟ってとてもドキドキした。
いや、「ドキドキした」なんて可愛らしい言葉で誤魔化すのは止そう。興奮したのだ、妹の服を着た僕自身の姿に。
それから僕は度々、妹の部屋に忍び込んでは妹の服で一人、ファッションショーを愉しんだ。
それが気持ち悪いことだってのは分かってる。分かってるけどやめられなくて、あと一度、もう一度だけ、そうやって自分に言い訳しながら繰り返していたら遂に妹にバレてしまった。
絶対嫌われると思っていた。でも、そうはならなかった。
むしろ妹はもっとこうしたらどうかとアドバイスをくれたり、メイクやネイルのやり方を教えてくれたりした。
それまで、妹とはあまり仲が良くなかったのだけど、女装趣味がバレてからは、とても仲良くなった。
だけど、もちろん両親には言えるわけがなく妹と僕、2人だけの秘密だった。
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「ただいま」
「お兄ちゃん、おかえりなさい。今日はこれね」
家に帰ると妹が白いTシャツとピスタチオグリーンのオーバーオールを用意していた。それは妹が着ているのとよく似ていて妹のはスカートで僕のはズボンだった。いわゆる双子コーデというやつで、最近では毎日妹とお揃いの服を着ている。
「これならそんなに恥ずかしくないでしょ?」
「うん、ありがとう」
実は今日は妹と双子コーデで出掛ける約束をしていて、あんまり女の子女の子した服だと恥ずかしいと伝えておいたのだ。
早速、着替えてみる。最初の頃は妹の助けがないと着替えもままならなかったけど、今ではメイクやネイルまで自分ひとりでも出来るようになっていた。
着替え終わったので、妹に見てもらう。
「うん、すごく可愛い。とってもよく似合ってる」
「ホント?男だってバレない?」
「大丈夫!だってこんなに可愛いんだもん」
そう言って妹は僕を姿見の前に引っ張っていく。
元々、女顔だと揶揄されていた僕がウィッグを付けてメイクまでしたら確かに女の子にしか見えない。
男子にしては背の低い僕と、女子にしては少し背の高い妹が並ぶと、まるで姉妹のように見える。
「それじゃあ行きましょうか、お姉ちゃん」
「ま、待ってよ。もう行くの?まだ、心の準備が……」
「もう、いいから行くよ!」
妹は、まごつく僕の腕を強引に引っ張って、街へ出掛けるのだった。
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街を歩いていると、たくさんの人の視線にさらされる。
普段はこんな風に注目を集めたりしないので正直かなり居心地が悪く、早くも「家に帰りたい」と思い始めていたのだが、妹は平気そうだった。むしろ二人の仲の良さを周りの人たちにアピールするように腕まで組んでくる始末。
文句の一つでも言ってやろうと口を開くと、妹はグイグイと腕を引っ張り
「ほら、お姉ちゃんあそこのお店」と言いつつ、一軒の店を指差す。
そこは、『ミロス』という若い女性に人気のオシャレなカフェだった。
「お姉ちゃん」という慣れない呼称で呼ばれ、こそばゆいのだが、男バレ防止のためには我慢するしかなさそうだ。
「バスクチーズケーキとマンゴージュースで!」
妹は既に決めていたようですぐに注文したのだが僕はメニューを見ても何を頼めばいいか分からなかったので妹と同じものを頼むことにした。
「あ、僕……じゃなくて私も同じものを」
「かしこまりました。バスクチーズケーキとマンゴージュースがお二つずつですね!」
注文を終えテラス席に案内された僕たちは向かい合って腰を下ろした。
「もう、気を付けてよねお姉ちゃん!声でバレることはないと思うけどちょっとした仕草とか言葉遣いでバレることもあるんだからね!」
どうやら店員さんに「僕」という一人称を使ったことを言っているようだ。
「ご、ごめん。でも最近は女の子でも僕って言ってるような……」
「何言ってんの、ボクッ娘なんて二次元か、変人の巣窟、東京くらいにしかいないのよ!」
唐突な東京disはともかく、確かにこの辺りで一人称が「僕」な女の子は見たことないなぁと反省する。
「それに、店員さん見てニヤニヤし過ぎ!美人だからって鼻の下伸ばして!」
「伸ばしてないよ。それに仏頂面より愛想よくしてたほうがいいだろ」
「ふん!知らない!」
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。無茶苦茶だと思わなくもないが妹は僕の大恩人である。ここは僕が折れよう。
「その、ごめんね」
「やっぱり!!鼻の下のばしてたのね!!」
「えぇ」
謝ったことで僕が非を認めたと解釈したらしい。罠すぎる。
その後もプリプリしている妹を宥めつつケーキを待つことしばし。
ようやくやって来たケーキを見ると妹の表情が緩んだ。
ほっとしながら僕もケーキを食べようとフォークを握ったのだが……
「ホントにこれ食べて大丈夫なの?焦げてるんじゃ」
出されたケーキの表面が黒く焦げていた。
「当たり前でしょ!バスクチーズケーキってこういうものよ」
妹は躊躇なくケーキを口に運び、とても美味しそうに食べて見せる。
僕も覚悟を決めて一口食べる。
「なんだこれ、めちゃくちゃ美味い」
表面の焦げはカラメルのように香ばしく外はカリッと中はとろりとしている。
生クリームとチーズのコクが感じられるのに後味はしつこくなく、いくらでもいけるなコレ。
一緒に頼んだマンゴージュースも組み合わせとして悪くない、けど僕は紅茶と合わせて食べたいかな。
なんてことを考えながら食べているとあっという間になくなってしまった。
『ごちそうさまでした』
二人の声が重なる。ちょうど妹も食べ終えたところだった。
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