イザト
「お前は誰がいいんだ?」
王は娘に結婚相手をそろそろ選ぶように迫っていた。
「みんな素敵な方たちですよね。」
ネイチェルは本気で悩んでいるようだった。
それもそのはずだ。
未来の旦那様は必然的にこの国の王となる。
「もう少しお待ちください。」
ネイチェルはそう言うと自分の部屋に戻っていった。
メイドたちも追いかける。
────
「誰がいいのかしら…あんな一瞬じゃ決められないわ。」
ネイチェルは長椅子に横になり天井を眺めていた。
「誰がいいと思う?」
メイドたちに向かって聞いてきた。
フラーはキグナス推しだった。
(一番ないな)
ミツはイザトだと答えた。
(一番無難かもしれない)
「シアは?」
と聞かれたがすぐに答えられなかった。
「キグナス様は故郷に好きな人がいるそうです。」
フラーが「ヒャッ」と変な声を出した。
「さすがの私もあのお方が私に気がないのはわかったわ。」
(それはよかった)
私は各々の調べてわかったことを「そのような感じがします。」と濁らせてネイチェルに伝えた。
キグナスは別として私としては誰を選んでも問題ないように思えた。
あとは本人が将来を共にしてもいい、国を一緒に守ってくれる人を選ぶしかない。
「もう少し考えるわ。」
ネイチェルはそう言って真剣な顔をした。
────
私の仕事はほぼ終わったと思っていいだろう。
今後、魔王討伐などと言いそうな人はいなかった。
強いて言えばヘンリが少し怪しい雰囲気はあったが、私に比べればかわいいものかと思う。
(趣味やストレス解消は必要だ)
ネイチェルは考えると言って2日ほどそのことには触れなかった。
その間も国の公務の仕事を勉強して、暇をみつけると魔法の特訓をしていた。
ネイチェルは土属性も使えるようになり、水魔法と組み合わせて泥だんごを作ったりして喜んでいた。
ネイチェルに魔法を教えていた魔法使いたちはネイチェルの成長に驚き、特に無詠唱で魔法を使うことには「ありえない」と言っていた。
「私たちが作った杖がよかったのよ!」とチュンは言うが、それだけではない、ネイチェルが努力してきたものもあるのではないかと私は思っている。
努力は目に見えて発揮できるものと、そうじゃないものがあると思う。
報われない努力なんてきっとない。
いつかはわからないけど、努力の成果が現れるときが来る。
(私も日々精進しよう)
────
「イザト様に会いに行くわ。」
ネイチェルは急に言い出した。
私はヘンリを選ぶと思っていたので意外だったが、
「ヘンリ様はできすぎな感じがして裏がありそう。」
と言った。
(もしかしたら見る目があるかも)
「向こうは了承済よ。」
そう言われて私たちメイドは旅行の準備を始めた。
どのドレスを持っていくか、このアクセサリーはどうする、とネイチェルに相談しながら荷物を詰めた。
私はイザトを思い出し、
「領地をまわりやすいように動きやすい服装も持っていくといいかも。」と進言した。
メイドたちは嫌な顔をして私を睨んだが、ネイチェルは「なるほどね」と言って、乗馬をするときのような服装も持った。
「シアだけでいいわ。」
行く気満々だったミツが明らかにがっかりしていた。
「シアだけだとネイチェル様のお世話が…」
ニーノがそう言うと、
「自分のことくらい自分でできるわよ。」
荷物を詰めてもらいながらネイチェルが言った。
(説得力ないな)
妖精たちもいるし、なんとかなるだろう。
メイドたちは明らかに心配している。
私も心配そうな顔をしてネイチェルを見た。
「大丈夫だって!ほら、シア行くわよ。」
メイドたちは心配顔のまま見送ってくれた。
大きな馬車に2人だった。
私は先の道を考えて、「もう少し小さな馬車はないか?」と聞いた。
「あるけど、どうして?」
ネイチェルは不思議そうな顔をした。
「このあたりは道も開けていてこの馬車でも余裕で通れますが、辺境に向かうほど道は狭くなります。もしかしたら通れない道があるかもしれません。」
ネイチェルはすぐに馬車を降りて、
「もっと小さい馬車を用意して。」
私たちは一回り小さい馬車に乗り換えて出発した。
「遅くなってしまいましたね。」
「私が余計なことを…申し訳ありません。」
「いいえ、私が無知なのが悪いのよ。」
ネイチェルは終始ご機嫌だった。
「一人で城を出るのは初めてなのよ。」
窓の外を眺めながら清々しい顔をしていた。
「そういえばこの前出してくれた蜂蜜はまだあるかしら?」
「はい、持ってきております。」
アリが持っていくとうるさいので食べ物もたくさん持ってきていた。
「あなたの国には珍しいものがたくさんありそうね。」
私はバッグからチョコレートを取り出した。
「ネイチェル様、甘い物がお好きでしたらめしあがってみませんか?」
ネイチェルは「何かしら、匂いはいいけど…」と怪しがっていたが一口かじってみた。
「まぁ!何かしら?甘さの奥にほろ苦い感じもして…なんて美味しいのかしら!!」
ネイチェルは喜んで食べきった。
「いつかあなたの国にも行きたいわね。」
「ぜひ」
(屋敷には呼べないけど)
急に馬車が揺れ出した。
私たちが外を覗くと崖沿いの道でかなり細くなっていた。
油断したら落ちてしまうかもしれない。
「大きな馬車じゃ無理だったわね。」
ネイチェルはギリギリの道を見てそう言った。
私も落ちそうな馬車を見て、(落ちない)と念じた。
馬車は危険な道を乗り越えた。
すぐに街が見えてきた。
「ここがイザト様の住む街なのね。」
ネイチェルはワクワクしているようだった。
出発が遅くなったこともあり日が沈もうとしていた。
夕日がきれいだった。
「すてきな街ですね。」
私が言うとネイチェルも頷いた。
────
「ネイチェル様、遠いところをよくおいでくださいました。」
領主のノーランが直々に出迎えてくれた。
その後ろにイザトも控えていて、馬車を降りようとするネイチェルに手を差し出した。
(なかなかいい雰囲気だ)
私たちはすぐに屋敷の中へ案内された。
悪魔の屋敷よりは小さいがそれは立派なものだった。
きらびやかではなかったが各所に素晴らしい細工が施されていた。
きっと腕のいい職人がいるのだろう。
部屋まで案内され、夕食までゆっくりしてくださいと言われた。
私はトランクを開けてドレスを出した。
「お着替えなさいますか?」
ネイチェルは窓からの景色を楽しみながら、「せっかくだからそうしましょうか。」と、ミツの用意したドレスに着替えた。
ドアをノックする音がしたので私はドアを開けた。
「ネイチェル様はお疲れでしょうか?」
笑顔のイザトがいた。
ネイチェルはすぐに駆け寄り、「まだまだ元気ですわ。」と笑った。
「屋敷のまわりを少し歩きませんか?」
イザトは照れながらネイチェルを誘った。
ネイチェルは「ぜひご一緒させてください。」と顔を赤らめて言った。
私は「お部屋を片付けております。」と言って2人を見送った。
ある程度部屋を片付けると私は遠視で2人を観察してみた。
イザトは自領にいることもあってか、城に来たときよりもリラックスしていて楽しそうだった。
ネイチェルもゆっくり話ができて嬉しそうだった。
(大丈夫そうだな)
私は念のため屋敷のまわりを探知した。
怪しいものや魔物の姿はなさそうだ。
続けて私はノーランを探した。
ここの領主はどんな人だろうか。
変な野望でもあったら後に面倒な事にもなりかねない。
「姫君がわざわざ来てくれるなんて脈ありとみていいのかのぉ。」
領主は奥方に向かってニコニコと話していた。
「もっと高飛車なお嬢さんかと思いましたがなかなか奥ゆかしい姫君でしたね。」
「イザトもまんざらではないようだし、うまくいくといいな。」
「ええ、うまくいくように私たちも失礼のないように気をつけましょう。」
2人ともネイチェルへの印象はいいようだった。
特に悪巧みをしている感じもなかった。
その後も屋敷をまわって従者たちの話を聞いたが変な噂もなかった。
この屋敷の人たちはいい人たちばかりのようだった。
しかし嫌な気配を感じた。
私は慎重にその原因を探った。
そこにはイザトの兄らしい男がいた。
「中央の姫と結婚だと?この私を差し置いて…こんな話潰してくれよう。」
(なんだこいつ?)
イザトの兄はまだ結婚していなかった。
誰かと結婚をしてこの領地を引き継ぐ予定らしい。
顔はイザトと似ていてなかなかの好青年に見える。
しかし何やら悪いことを考えていそうだった。
(要チェックだな)
部屋に従者がやってきて、
「ご夕食の準備が整いました。ネイチェル様はまっすぐお向かいになるそうです。」と教えてくれた。
私も広間に向かった。
────
領主と奥方様、兄はすでに座っていた。
イザトとネイチェルが「お待たせしました。」とやってきた。
兄は聞こえないような声で「チッ」と言った。
(聞こえてますけど)
私はネイチェルを見ているようで兄を見ていた。
何かやらかす気がする。
兄は従者を呼び、何やら注文をつけていた。
従者はすぐにネイチェルのところへ料理を持ってきた。
「ネイチェル様、これはこの領地の名産品です。お召し上がりください。」
そう言って出されたものは虫だった。
(バッタ?!イナゴ?)
「兄上、それは…ネイチェル様のような方にお出しするものじゃ…」
ネイチェルは「ご丁寧にありがとうございます。いただきます。」と言って上品にそのバッタの何かを食べた。
(私には無理だな)
ネイチェルは少し考えた感じで「とても栄養豊かな食べ物のようですね!」と言った。
兄はまた「チッ」と聞こえないような声で言った。
(聞こえてるけどな)
イザトは小声で「そのような物をお出しして申し訳ありません。」と言った。
ネイチェルは「素晴らしい名産品ですわね。」と笑顔で言った。
イザトは兄を睨みつけていた。
その後は何事もなく夕食が終わった。
イザトはネイチェルに「2階のベランダから星を見ませんか?」と誘った。
ネイチェルは嬉しそうに「ぜひ」と言った。
私はネイチェルに何かかけるものをと部屋に取りに行った。
戻ってみるとイザトは自分の上着をネイチェルにかけてあげていた。
(気も使えるイケメンか!)
2人はベランダの椅子に座りしばらく話していた。
さすがに寒いだろうと途中でブランケットを膝にかけにいった。
「夜は冷えますので。」
とだけ言って私は下がろうとしたが引き止められた。
「この子が私の魔法の師匠なの。」
と言ってイザトに紹介した。
「シアと申します。」
私はペコリと頭を下げた。
「あなたが…お若いのにすごいですね。」
と言って微笑んだ。
「いえ、ネイチェル様、あまり外におりますと風邪をひかれますので程々に。」
と私が言うと、イザトが「時間を忘れておりました!中でお茶でも飲みましょう。」
と中へ連れて行った。
私はブランケットを回収して後ろをついていった。
「シア、あれを持ってきて。」
私は「はい」と言い、部屋から蜂蜜を持ってきた。
ネイチェルはイザトに「甘い物はお好きですか?」と聞いた。
イザトは恥ずかしそうに「実は大好きでして…」と答えた。
ネイチェルは嬉しそうに蜂蜜の話をした。
私は少し離れ2人の様子を眺めた。
お似合いの2人だった。
後ろから嫌な気配を感じた。
さっきの意地悪な兄だった。
夕食後にノーランから呼び出され怒られているようだった。
2人を見た兄はまた舌打ちをして自分の部屋に入っていった。
ノーランが2人がまだ起きているのに気がつき、そろそろ休みなさいと言った。
イザトは「もうこんな時間!ネイチェル様お引き留めして申し訳ありませんでした!」と謝った。
「とても楽しいお時間でした。ありがとうございました。」とお辞儀をした。
「明日は帰る前にこの領地内をご案内させてください。」
イザトが言うと、「楽しみですわ。」とネイチェルは微笑んだ。
部屋まで送ってもらいイザトと別れた。
ネイチェルはドアを閉めるなり、「緊張して食事の味もわかりませんでしたわ!」と言った。
だから虫も食べられたと言う。
私はあの兄が何かまだ企んでいるかもしれないと伝えた。
「私の兄になるかもしれないお方ですもの。」
ネイチェルは笑っていた。
「少しくらい意地悪されても動じませんわ。」
────
翌日、ネイチェルはドレスではなく軽装を選んだ。
イザトはネイチェルの姿を見て馬車ではなく馬を選んだ。
ネイチェルを前に乗せて2人で乗った。
「馬に乗るのは初めてですわ!」
ネイチェルは楽しそうだった。
「乗馬は怖くて避けていたの。」
ネイチェルはバツが悪そうに言った。
イザトは「大丈夫ですか?」と聞いた。
「イザト様と一緒なら怖くありませんわ。」
イザトは馬をゆっくり進めて街の方へ向かった。
後ろから兄も馬で追いかけていった。
(嫌な予感がする)
私は部屋に戻り生霊を飛ばした。
────
兄は気づかれないように距離を取りながら2人を追いかけていた。
イザトは相変わらず街の人たちから声をかけられていた。
(人気者だな)
街の向こう側には広大な畑が広がっていた。
それはとても美しかった。
2人は馬を降りてその景色を楽しんでいた。
兄は近くの木に隠れてイザトの馬に向かって杖を向けた。
その真ん前に2人がいる。
馬が暴れたら2人とも怪我をするだろう。
私は瞬時に兄の杖を念動力で飛ばした。
そして近くを飛んでいた鳥に憑依して兄の前に降り立った。
「あの2人に悪いことをしようとしたら呪われるよ。」
私は鳥の姿で怖い声を出してそう言った。
兄は飛んでいった杖を探し拾うと急いで屋敷へ戻っていった。
「なんだっていうんだよ…」
兄は震えながら馬を走らせていた。
私は(2人の邪魔をしたら悪いことが起こる)と呪いをかけた。
2人も戻ってくる様子だったので私は荷物をまとめて1階に下ろした。
戻ってきた2人は楽しそうにそのまま外のテーブルでサンドイッチを食べた。
私にも紙に包んだ同じものをくれた。
私は木陰に座りいただいた。
サンドイッチにはさっきみた畑で取れただろう野菜がたくさん挟んであった。
(おいしい)
この領地が豊かである証拠のようなサンドイッチだった。
ネイチェルもパクパクと美味しそうに食べていた。
お迎えの馬車がやって来た。
2人は名残惜しそうにしていた。
「またいつでもいらしてくださいね。」
ノーランはそう言って見送ってくれた。
イザトは「近いうちに会いに行きます。」とネイチェルをまっすぐみつめて言った。
ネイチェルも「お待ちしております。」とまっすぐ目を見て言った。
馬車は走り出した。
ネイチェルは腕がちぎれんばかりに手を振った。
イザトもずっと手を振っていた。
イザトが見えなくなるとネイチェルは機関銃のようにイザトとの話をした。
私はそれをにこやかに聞いた。
(楽しかったんだね)
「一緒に馬に乗れるなんて思ってもいなかったわ!ドレスなら無理だったわよね!」
大興奮のあとに「シアのおかげね。ありがとうね。」と言った。
私は「私は何もしてません。」と微笑んだ。
(兄を呪いましたが)
ひとしきり話し終えるとネイチェルは寝てしまった。
私は膝にブランケットをかけた。
きっと楽しい夢をみていることだろう。




