亜空間
魔王城から戻って10日間くらい経った。
あれから私は魔王の仕事もこなしている。
魔王は暇をみつけてはこの屋敷にやって来るようになってしまった。
悪魔は「また来たのか。早く帰れ。」とそっけない。
来るともっぱら地下室の私のところへやって来る。
「シアよ!わしも生霊になってみたいぞ!」
などと無理難題を押しつけてくる。
「魔王様、私にはどうすれば生霊になれるかわかりません。」
なかなかうまくいかずにほっぺを膨らませて怒る魔王はとても可愛らしかった。
「遠視で我慢してください。」
そしてたいていは従者に「もう帰りますよ!」と連れ帰られている。
嵐のように来て去っていくのだが私には友達が遊びに来てくれている感覚になる時間だった。
帰ると魔王が置いていった仕事に取りかかる。
そのほとんどが人間たちの進軍の邪魔をするものだった。
懲りずにいろんなところから魔族の住む土地を奪おうとやって来る。
魔族たちは自分たちの土地で人間に関わることなくおとなしく暮らしているのにも関わらず…
第三者からみても悪いのは人間のような気がしてならない。
魔族はどんどん居場所を奪われ荒れた土地に追いやられていた。
そこすらも奪おうとしてくる人間たち。
だから私はこの仕事が好きだった。
人間たちに戦争なんてバカらしいことだと思わせるのは小気味いいことだった。
実際にそう思いながらもお金のために兵士になっている農民たちもたくさんいた。
(どんなやつが進軍の命令を出しているんだろう)
きっと王族やら貴族やらが何も考えずに命令してるんだろう。
そいつらを懲らしめてやりたい気持ちはあった。
しかし賢者のいる王都に行くのはまだ怖かった。
(あの青い髪の男…まだ諦めていないのかな)
相次ぐ進軍の失敗にそろそろ気がついているかもしれない。
(油断しないで慎重にやらないと)
私は気を引きしめた。
────
いつの間にか増えているスキルに気になるものがあった。
・亜空間生成
どうやら亜空間を作り出すことができるスキルである。
想像するだけでワクワクしてしまう。
屋敷の中で試して失敗したら大変だと思い私は屋敷の外の森で試すことにした。
屋敷から出ることにまだ慣れていないのでドキドキする。
結界の外までやってきた。
念の為近くに魔物や人がいないか探ってみる。
(とりあえず脅威になりそうなものはないな)
私は深呼吸をしスキルを発動してみた。
目の前の空間がモヤモヤと歪んでいる。
(これが入口なのかな)
恐る恐る手を伸ばすとモヤモヤの向こう側にあるはずの手が見えない。
私は意を決して中に入ってみた。
モヤモヤの向こうにあったのは見渡す限り何もない草原だった。
このモヤモヤのところにだけ1本の大きな木がある。
(目印になってちょうどいいな)
何もない草原はとても美しかった。
よく見ると小さな川が流れていたり、蝶が飛んでいたり、元の世界で見慣れている動物がいた。
少し歩き回り様子を見ているが人や魔物の気配はまったくない。
(私が望まなかったからここに存在していないということなのかな)
私はこの空間がとても気に入った。
(ここに自分だけの家を建てたいな)
私はとりあえず入ってきたモヤモヤに戻りまたくぐってみる。
モヤモヤは消え去り屋敷の前の森にいた。
同じ場所にまた行けるのか心配になり何度か同じようにモヤモヤを出してはくぐってみる。
あの木のある草原に行きたいと思いながらくぐるとそこに出た。
試しに元の世界のようなビルがたくさんある街中に出たいと思ってくぐるとまるで東京のような高層ビルがひしめき合う街に出た。
そこにも人や魔物はいなかった。
私はすぐにモヤモヤをくぐり森に戻った。
どうやらくぐる前に念じた場所に行けるようだった。
実際にある場所を念じても”似たような場所”には行けるが”本当の場所”ではなかった。
亜空間とはそういうものらしい。
(私だけが行ける私だけの場所!)
なんと良い響きだろうか。
私は屋敷に戻った。
地下室でこのモヤモヤした入口を出すことができるのか試したかった。
森で何度も試したがこの入口が何かに干渉してる異変はなかった。
(あの草原に行きたい…)
地下室でスキルを発動してみると同じようにモヤモヤと空間が歪んだ。
すぐさまくぐり抜ける。
そこはさっきと同じ木のある草原だった。
どこからでもこの草原に来れるということのようだ。
(屋敷からできるだけ出たくないから助かるな)
そして私はこの草原に”家を建てる”という目標をたてた。
悪魔や魔王の仕事の合間に怒られずにやらなくてはいけない。
(秘密基地!)
私は密かに計画をねり始めた。
────
あの草原に家を建てるためには資材が必要だった。
しかしあそこには木が1本あるだけ。
何か使えるスキルはないか身分証のスキル一覧を探す。
(ないなぁ…)
かと言ってこちらから大きな資材を運ぶとなると確実に誰かにみつかるだろう。
(最初から家が建ってる状態の亜空間を作ればいいかな…)
そう思ったがそれではいけない気がした。
”家を建てたい”
私は仕事の合間に本を読みあさった。
何かそれらしきものはないかな…と。
すぐにはみつからなかった。
自由な時間はそれなりにあったが自室にも地下室にもいない時間が長いとムイにみつかってしまいそうであまりあの草原にも行ってられなかった。
そして自分のスキル一覧に
・物質変換
・具現化
というものがあるのをみつけた。
(これはもしかすると草原にあるものを建材に物質変換して家になるように具現化すれば…)
なんてチート級のスキルだろうか。
毎日のように妄想していた成果だろうか。
いつもスキルは突然増えているのでどうやって覚えているのかわからない。
そもそもこんなにたくさんのスキルを取得できる状態がきっと普通じゃない。
あの魔王でさえスキルの数に驚いていた。
そんなことを考えてもしかたがない。
悪魔だろうか神だろうかわからないが私にくれた力だ。
使ってやろうじゃないか。
私はその日の魔王に頼まれた仕事を急いで終わらせムイが地下室に来ないタイミングを見計りあの草原に向かった。
そこは相変わらず美しく静かだった。
ときどき空を飛ぶ鳥の囀りが聞こえる。
(さてと、どこに建てようかな)
私は小川と大きな木のちょうど中間くらいのところに建てることにした。
物質変換も具現化もまだ試したことはない。
もしかしたら具現化だけでどうにかなってしまうかもしれない。
私は理想の家を思い浮かべながら具現化というスキルを発動してみた。
そしてそこに現れたのは…
確かに家らしきものだった。
ドアがあり壁があり屋根もある。
しかし理想の家とはかけ離れた粗末なものだった。
(これは…難しい…)
やり直したくて現れたこの小屋を消そうとしても消えない。
具現化というスキルは出せるだけで消すことはできないようだ。
しかたなく私はその小屋に入ってみる。
中には何もなかった。
15畳くらいの正方形の部屋が一つあるだけだった。
(窓がほしいな)
何もない壁に向かって具現化のスキルを発動してみる。
そこにはかわいらしい窓ができた。
(おぉー!成功した!)
家のような大きな物をいきなり出すには熟練度不足だったようだ。
小さなものの具現化はかなりうまくいった。
私は部屋の中に家具や電化製品を出した。
電化製品…
私が求めていたもの…
(テレビ!!)
出したところで映るはずもない。
ザーッと聞き覚えのある砂嵐の音とノイズの画面。
私は消沈してスイッチを切る。
(いつかテレビに何か映すスキルを覚えよう!)
新たな野望をもった。
ソファやテーブルを具現化した頃にはどっと疲れていた。
どうやらかなりの魔力を消費するらしい。
(また時間をみつけてここに来よう)
気持ちは素材を集めて建築していくゲームのような気分だった。
────
それからというもの私は毎日が楽しかった。
仕事も卒なくこなした。
悪魔やムイに悟られないように…
そして神出鬼没の魔王にみつからないように…
気をつけていた。
気をつけていたのだがその時はきてしまった。
いつものようにモヤモヤをくぐろうとした瞬間に
「シア!なにをしとるんじゃ!」
魔王のかわいい声が聞こえた。
私は体半分すでに草原にいた。
そのまま勢いで通り抜けてしまった。
もう魔王の声は聞こえず姿も見えない。
(やってしまった!!)
私は戻ろうかと思っていると
「なんじゃここは?!」
と聞き覚えのある声が聞こえキョトンとした魔王の姿が見えた。
私はキョロキョロと楽しそうに見渡している魔王にスキルのことから説明をした。
「なるほど!やっぱりお主はすごいのぉ!」
仕事をサボって何をしているんだ!と怒られると思っていたが真逆の反応が返ってきて驚いた。
魔王は作りかけの小屋を見て「なんじゃこのヘンテコな小屋は!」と笑った。
「わしのために椅子を用意しろ!」
と小屋の中に椅子を作らせた。
細かく指示されて具現化したその椅子はここにある家具に比べるとすごく出来のいいものだった。
魔王は満足気に座り
「二人だけの秘密基地じゃな!」
と嬉しそうに笑った。
(もう秘密じゃなくなっちゃったけど…)
ちょっぴり残念な気持ちになったがそんなに悪い気はしなかった。
魔王はテレビに興味を持ち、弄ったりしたがやはり砂嵐しか映らなかった。
(魔王にもアニメやお笑いをみせたかったな…)
小一時間この小屋と草原を散策していたが魔王の従者のことを思い出した。
「魔王様、そろそろ戻られませんと心配されるかと…」
魔王はまたほっぺを膨らませたが「また来るとしようぞ。」と言い、モヤモヤをくぐり地下室に戻った。
従者の魔王を探す声が聞こえる。
「シアよ!楽しかったぞ!また遊ぼう!」
すぐに従者にみつかり魔王は手を振り消えていった。
具現化は詳細な想像が精度を高めるということがわかった。
それからというもの、私は仕事のたびに訪れる街に行ってはいろんな家や家具を観察した。
そして草原の家でそれらを具現化した。
最初の部屋だけではスペースが足りなくなり壁にドアをつけては増築していった。
外見は素敵な屋敷をイメージしたのだが上手くいかず、でこぼこと奇妙な形になってしまった。
(これはこれで味があると言うことにしよう)
私は少しずつ時間をかけて秘密基地を拡大していった。
ときどき魔王もやって来て私の作り出したものを見てまわった。
魔王が特に気に入ったのは外に作った遊具だった。
私は元の世界の児童公園を思い出し、すべり台やブランコを作った。
魔王はブランコをとても気に入った。
サラサラの髪の毛をなびかせ魔王はブランコに乗った。
心配する従者に魔王はここの存在を説明し従者を地下室で待たせた。
ときどき待ちきれずにモヤモヤから顔を出しては魔王を呼びつける。
魔王は渋々「また来るぞ!」と帰っていくのであった。
そんなことをしていて悪魔とムイにみつからないわけはなかった。
怒られるのを覚悟していたが悪魔の反応は魔王のそれに近かった。
「シアは本当に面白いやつだな。」
悪魔は微笑み「空いてる時間は自由に過ごせ。」と言ってくれた。
そして私が作り出した元の世界にあったものたちを興味深そうに眺めては説明させた。
悪魔のここでのお気に入りは熱帯魚の入っている大きな水槽だった。
「このような小さな箱に魚を住まわせるとは…」
文句のようなことを言ったが悪魔は水槽を眺めていた。
「なぜか心が落ち着く。」
そう言い優しい眼差しで水槽を泳ぐカラフルな魚をじっと眺めていた。
悪魔はここを訪れると椅子に座り水槽を眺めた。
こんな悪魔がいるなんて少し前の私には想像もつかなかっただろう。
悪魔はため息をつき私に言った。
「これから少し忙しくなるぞ。」
「そうなんですか?何かあったのですか?」
「人間の王が勇者を召喚したようだ。」
悪魔はまたため息をつく。
(勇者?!召喚??)
どうやらこの世界に真の主人公がやってきたようだ。
魔王を討伐するために召喚された勇者。
私は勇者が私を倒し得意げに剣を振りかざしている想像をして身震いした。
(ここを守りたい…)
悪魔も魔王も悪さをしているようには思えない。
人間が勝手にこちらを敵視して襲ってきてるようにしか思えない。
私は草原の家に行く時間を鍛錬の時間にまわした。
(もっと強くならなくては…)
魔王も姿を見せなくなった。
きっと魔王も勇者に対抗する策を考えているのだろう。
(勇者…私と同じように召喚された人…)
賢者のときと同じように勇者にも近づくのは怖かった。
もっと強くなって自信をつけてから見に行こうと思った。
私のレベルは90を超えていた。