竜の背中
「そろそろ仕事をしてみるか?」
悪魔はいつものニヤニヤで私の反応を探る。
「ぜひ!」
生き返ってから10日ほど経った。
ムイは常に私の行動を監視し、ククルは必要以上に食べさせようとしていた。
ムイは私にいつもの依頼書を渡した。
どうやら魔王案件らしい。
「勇者から兵士を救え??」
そこには傍若無人な勇者からひどい目に遭わされている兵士たちをどうにかしてほしいと書かれていた。
(勇者のこと、すっかり忘れてたわ)
私は地下室に戻り作戦を立てることにした。
前回は危なく騎馬隊の人が斬られるところだった。
私はとりあえず遠視で今の様子を確認することにした。
────
勇者はいつもの中庭ではなく王都の近くにある森の中にいた。
テントの中にいつもの椅子を真ん中に置き、テーブルにはたくさんの食べ物と飲み物があった。
勇者はいつの間にかふっくらとしていた。
(運動もしないで食べてばかりいるからだよ)
私は一瞬元の世界の自分を思い出した。
(不摂生はよくない!)
すぐに思い出は無きものにした。
相変わらず気に入らない兵士がいると呼びつけ蹴飛ばしたりしていた。
100人近くいたはずの兵士は今では30人くらいになっていた。
(これじゃあ続かないよな)
勇者は「勝手にやっておけ!」と言い馬に乗ってどこかへ行ってしまった。
残された兵士たちは安堵の表情を浮かべていた。
隊長らしき男が「10分休憩!」と叫んだ。
兵士たちは木陰に座り水を飲んだりしていた。
「俺、兵士を辞めようと思ってるんだ…」
一人の兵士が深刻そうに隣の兵士に話している。
「でもお前、借金はどうするんだよ?」
隣の男は悲痛そうにそう言った。
(借金があるの?)
「もう家族で夜逃げでもしようかと…」
「やめとけよ、この前夜逃げしようとしてみつかったやつは家族もろとも惨殺されたってよ…」
兵士たちは言葉を失っていた。
私は勇者を見に行った。
勇者は自室に戻り従者たちにマッサージをさせていた。
王都の幹部のような男が現れ、
「勇者様、兵士の数が著しく減っておりますが。」
と震えながら言った。
勇者は不服そうに、
「また借金でもさせて繋いでおけよ。」
と言った。
「しかし…」と言いかけた男に勇者は水の入ったグラスを投げつけた。
「方法なんていくらでもあるだろ!税金でも何でもいいから上げて借金させろよ!」
と、怒鳴りつけた。
男は軽く悲鳴をあげて部屋を出ていった。
(借金は勇者のせいだったのか)
私は水をかけられた男を追った。
男は国王の部屋にやってきて勇者の言葉をそのまま伝えていた。
国王はちょっと考え、「適当な税を作って兵を集めろ。」
とその場にいた幹部たちに命令した。
幹部たちは「仰せのままに。」と言って部屋を出ていった。
「どうすれって言うんだよ…」
────
私は街の様子も見に行った。
そこは私の知っている街ではなかった。
人はほとんど歩いておらず、店は閉店したようで入口には板が打ちつけられているところが目立った。
野菜や果物のようなものを売ってる店はやっていたがお客はいないようだった。
店主は生気のない顔をして微動だにせず椅子に座っていた。
(ひどいな…)
家々も空き家が目立ちまるで廃墟のようだった。
私はだいたいの様子がつかめたので見るのをやめた。
────
(街の人たちはどこへ行ったのだろう?)
私はマップを見てみる。
王都の近くにはいくつかの街があった。
どこもそんなに大きな街ではなかった。
私はその中の一つを見に行った。
その街は人で溢れていた。
人はたくさんいたけど活気があるようには見えなかった。
通りには元の世界でみかけたホームレスのような人がたくさんいた。
藁を編んで作ったような粗末な敷物の上に座ったり寝たりしていた。
(家も仕事もなさそう…)
違う街も似たようなものだった。
私は地下室で悩んでいた。
(あの人たちにも豊かな生活を送ってほしい)
人間たちは魔族を敵視するけれど戦いたいと思ってる人はそんなに多くないように思う。
なんとか助けてあげたいなと思った。
そして壮大な計画を立てた。
名付けて、
『ハピリナ2作戦』
(ダサいな)
要は簡単である。
人間版のハピリナを作ればいいのだ。
しかし魔族と違って人間の中には自分のことしか考えない者もいる。
自分の利益のために他者を踏み台にしていくような輩だ。
そんな輩が一人いるだけで街の秩序は崩れるだろう。
利益を独り占めしようとし、弱いものを排除していくだろう。
(いい人間だけを見極められたらいいのに)
王都を追われた人は兵士の家族を含めて少なく見積もっても300人はいるだろう。
(ハピリナの3倍の規模)
パワーアップした今なら不可能ではないだろう。
(だけど…)
私は人間たちを信用することはできなかった。
きっとハピリナのようにはいかない。
(最低限の生活ができる環境を与えるか…)
人間たちは魔族たちのように自力で発展させていけるだろうか。
私は結果が見えずにイライラしてきた。
(本人たちにどうしたいか聞いてみよう)
私は黒いローブをまとい黒いマスクをしサングラスをかけた。
(立派な不審者だな)
私は勇者がいないのを確かめ、さっきの森へやって来た。
隊長を見つけると(私を信用して)と念じた。
隊長は急に現れた私にびっくりしたが敵視することはなかった。
隊長に兵士たちと話がしたいと頼むとみんなを集め、
「この人の話を聞いてほしい。」
と頼んだ。
兵士たちは急に現れた真っ黒な人を見て明らかに不審がっていた。
私はゆっくりと城で見たことや勇者のしていることを話した。
兵士たちは「そんなこと知ってるさ。」と嘆いていた。
(みんなわかっているのか)
それから私はある計画を話した。
「家や畑を用意したら移住するか?」
兵士たちはざわめいた。
「この黒い女は何を言っているのだ?」
「収穫できるまで暮らせるだけの物資は用意しよう。」
「どこの街に行くというのだ?この辺りの街はどこもパンク状態だ!今更行っても寝る場所もないさ。」
と一人の兵士がかなしげに言った。
まわりの兵士たちも「そうだそうだ」と頷いている。
「私が新しい街を作ると言ったら?」
一人の兵士が「俺は行きたい!」と言った。
まわりの兵士たちは「やめとけよ!奴隷にでもされて売られるかもしれないぞ!」と言った。
兵士たちはいっそうざわざわとした。
「今だって奴隷みたいなもんじゃないか!」
一気に静まり返った。
「俺は行く!連れてってくれ!」
さっきの男は本気のようだった。
私は兵士たちに1枚の紙を配った。
そこには新しく作る町の場所を記した地図だった。
そしてその紙には(最初に触ったものにしか見えない)と呪いをかけておいた。
「私はここに町を作る。気になった者は見に来るがいい。」
そして最後に「この情報を漏らしたらただじゃ済まさない。」と脅した。
私は行くと言った兵士の腕をつかみ瞬間移動した。
────
ここは王都から少し離れた場所にある荒れ地だった。
王都からの道もなく、この先には大きな岩山があるだけだった。
つまり行き止まりの場所だった。
私は予め建てておいた家に男を連れて行った。
ハピリナの家と同じ規模の4人家族用の家だった。
必要最低限の家財や保存のきく食べ物もたくさん用意していた。
「ここは…本当に…」
男は「私の名前はタナカです。」と深々と頭を下げた。
(田中さん?!)
私は元の世界を思い出してプッと吹き出した。
私は本名を名乗るのに抵抗があったので、「私はクロ。よろしく。」とだけ答えた。
「タナカよ、お前はここの町長になった。町の存続はお前にかかっている。」
と脅した。
「俺が町長?」
タナカは少し震えていた。
「家族を連れて来てもよろしいでしょうか?クロ様!」
私はタナカに家の場所を聞き、そこに瞬間移動した。
急に父親が知らない怪しげな人と現れたので家族たちは驚いていた。
タナカは騒ぐな!と家族に言い、小声で「俺を信じてほしい。」と言った。
家族たちはバッグに衣類や大切なものを詰めた。
「食料はある。他に必要なものを詰めるんだ。」
家族たちは躊躇しながらも男の言うことに従った。
数分で用意ができたというので私はタナカの腕を掴み、タナカが妻の腕を掴み、と輪になるように言った。
タナカと妻と子供二人は腕を掴み合い輪になった。
私はさっきの家に瞬間移動した。
この大人数を移動させるのは初めてだった。
私はすぐに魔力量をチェックした。
家を建てたり畑を作ったりしたので1/3くらいは減っていた。
(まだ大丈夫だな)
タナカの家族はまだ小声でびっくりしてまわりをキョロキョロしている。
「お父さん、ここはどこ?」
「どうやってここに来たの??」
子供たちは小声でタナカに質問していた。
「もう普通に話していいよ。」
と笑いながら言った。
「あなたは…」
タナカの妻がおそるおそる聞いてきた。
「私はクロ。王都で冷遇されている兵士たちを救うように命令されたただの使いっパシリです。」
タナカたちはまだ信じられないという顔をしていた。
子供たちは「見てきていい?」と部屋の中を見たがった。
子供たちは笑顔で走り回り、「これはなに?」と、タナカに聞いていた。
答えられないタナカを助けて私も説明した。
どうやら一般市民の家にはないものまで出してしまったらしい。
ある程度家の中を見たので外に連れて行った。
私は畑の説明をした。
「これは小麦、こっちは野菜。」
どれも人間たちの知っているものにした。
「これが種。」
種を取るまでには時間がかかるとどこかで聞いたことがあるのでたっぷりと渡した。
「ここから西に行くとそこそこ大きな街がある。そこで交易するなりうまくやるがいい。」
タナカたちは置いておいた農具を手にして、
「今日から立派な農民だ!」
と言った。
子供たちも毎日ボロボロになって帰って来る父を心配していたのだろう。
「お父さん今日から怪我しなくていいね!」
と喜んだ。
妻は静かに泣いていた。
「必要なものはないか?」
と聞くと「十分でございます!」と言った。
私はまた様子を見に来ると言ってタナカの家をあとにした。
────
森へ残った兵士たちを見に行くと勇者が戻ったようでまた訓練をさせられては蹴ったり殴ったりされていた。
「もう少しで人も増えるぞ!立派な兵士になれ!」
とニタニタ笑っていた。
兵士たちは無言で剣を振っていた。
私は屋敷に戻った。
────
タナカを町に置いてきてから3日が経った。
私はムイに「やりすぎです!」と怒られ、外出禁止を食らっていた。
「そろそろ様子を見に行かないと…」と言うと渋々「無理はしないでくださいね!」と許可がおりた。
私はタナカの家に行ってみた。
タナカは畑で草むしりをしていた。
子供たちは近くの小川で水遊びをしていた。
タナカは私に気がつくと、「クロ様!」と叫んだ。
野菜を一つもいでこっちに持ってきた。
「こんなに出来のいい野菜は見たことがありません!成長も早くて!」
と立派なナスのような野菜を見せてくれた。
私は畑を出すときに(実り豊かな土、早く育つ野菜や小麦)と念じた。
ちゃんと効力は出ているようである。
タナカは「俺だけこんないい生活を…仲間にもここへ来てほしい…」と涙ぐんだ。
私は勇者が訓練場の森にいないことを確認し、タナカを連れて行った。
兵士たちはタナカをみつけると、「生きていたか!」と撫でたり叩いたりしていた。
タナカは兵士たちに自分の与えてもらった家や畑の話をした。
「本当にそんなことが…」
兵士たちは半信半疑でタナカの話を聞いていた。
「俺も行ってみたい!」と一人が言うと、「俺も!俺も!」と言い出す人が出てきた。
私はみんなを連れて行きたかったが大人数の瞬間移動はムイに禁止されてしまった。
バッグの中からセキがボクに任せてと言ってきた。
私が「うん?」というとポンっという音がして大きな竜が現れた。
なるほど、これに乗って飛んでいくというのか。
私は行きたいと言った兵士たちにこの竜の背中に乗るように言った。
兵士たちは驚きながらもニョロニョロと長い背中に跨りしがみついた。
「見えない高さまで一気に上がって!」と言うとセキはものすごいスピードで真上に上がっていった。
兵士たちは落とされまいと必死でしがみついた。
残された地上の兵士たちはポカーンと空を眺めていた。
セキはある程度の高さまで来るとゆっくりとタナカの町を目指した。
兵士たちは竜の背中の上にも慣れ、
「高すぎて何も見えないな。」
と空中散歩を楽しんだ。
数分でタナカの町についた。
兵士たちは驚き、「こんな場所があったとは!」と町の中を見て回った。
私はタナカの家を複製して崖下に30軒ほどの家を建てていた。
畑もできる限り広く作った。
「好きな家を選んで。」
と兵士たちに言った。
(全部同じだけど)
兵士たちは戸惑いながらも各々好きな家を選んだ。
「家族を…」
と言うので私は王都から近い訓練場とは反対側にある森に行くようにセキに言った。
兵士たちをそこで降ろし、「何往復もしないといけないので移動は暗くなってからにします。」と話した。
兵士たちには必要最低限の荷物を持って見つからないようにこの森へ来るように言った。
(うまくいくといいけど)
私はタナカの町で受け入れの準備をしていた。
人数が増えるとルールが必要になる。
タナカは「みんなが平等になるように。」といろいろな案を出した。
「さすが町長だね。」
と、私が褒めると照れ笑いをしていた。
辺りが暗くなってきたので私はセキとみんなを迎えに行った。
見つからなかったか聞くと「街にはそもそも人がいないので…」と悲しげに答えた。
私は来た順にセキに乗せては見送った。
「あの、私もよろしいでしょうか?」と昼間残った兵士たちも来ていた。
私は「もちろん!」と言いセキに乗せた。
セキは4往復ほどした。
全員移動したことを確認しタナカの町に向かった。
着くとそこには笑顔が溢れていた。
私はみんなを集めて、
「ここからはあなたたちの力だけでこの町を維持してください。」
と言った。
「王都に戻りたかったら戻ってもいいです。でも絶対にこの場所のことは言わないでください。」
とお願いすると兵士やその家族たちは口々に「承知しました。」と言った。
「争わず、平和を心がけて暮らしてください。もし秩序を乱すものがあったら…」
と言い近くの木に雷を打ちつけた。
「この木のようにまるこげになります。」
と脅した。
静まり返るみんなの前でタナカが口を開いた。
「クロ様からいただいたチャンスです!みんなで協力してここで暮らしましょう!」
みんなは拳を振り上げ「おー!」と言った。
こういうところはさすが兵士だった。
私は『クロ』という名前で身分証を偽造していた。
正確には身分証の通話機能ができるだけのものだったが。
私はその機能が使える者はいないか聞いた。
隊長をしていた者が名乗り出た。
その男は「ワタベです。よろしくお願いいたします。」と自己紹介をした。
(今度は渡部さんか)
きっと佐藤や松本なんかもいるんだろうなと思ってまた吹き出してしまった。
ワタベは隊長をしているだけあって立派な風格をしていた。
私はフレンド登録を済ませ町の奥に鍛冶場を建てた。
(裏の岩山にある洞窟で何か採掘できるかもしれないし)
私は小川に魚がいることを思い出し、釣具も出しておいた。
何かあったら連絡してくるように言い私は屋敷に帰った。
帰るとムイがまた怒っていた。
私が今日はセキが活躍したことを伝え、自分の魔力量がほとんど減っていないことを伝えた。
セキは「竜になってビューンって飛んだんだよ!」と自慢げに話していた。
私はその日、竜になる夢を見た。
ものすごいスピードで大空を駆け回っていた。




