聖女の呪い
朝がきた。
新しい朝がきた。
(希望の朝…ではない…)
私はキリナに連絡してみることにしていた。
しかし全然気が進まない。
(また連絡して来てくれないかな〜)
怠け者のコミュ障的他力本願思考である。
とりあえず忙しそうにしてたら申し訳ないから遠視で見てみようか、とも思った。
しかし覗かれるのは気持ちのいいものではないだろう。
私のできることをかなり把握したキリナに使うのは気が引ける。
昨日のモデルハウスに行って家電の研究でもしようかな。
と思っていたらムイがやってきた。
「ご主人様からの依頼です。よろしくお願いします。」
私は内心ラッキーと思った。
キリナのことはとりあえず後回しにできる。
私は依頼書を見てみる。
(聖女 アナカシス)
「聖女??」
ムイは聖女について説明してくれた。
数十年に1人生まれるかどうかの希少な存在らしい。
王族に生まれやすく回復系の魔法が得意。
人々の荒んだ心をも癒やすと言われている。
依頼内容は『悪魔崇拝をやめさせる』と書いてある。
(聖女が悪魔を崇拝?!)
チグハグな状況になっているようだ。
人々を癒やす天使のような存在の美しい女が悪魔を崇拝しているという。
「崇拝されているだけなら問題はないでしょう?」
ムイは困った顔をして「ご主人様が望んでいるのですからご尽力ください。」と言い残し階段を上がっていった。
私はとりあえず聖女のいると言われている場所を遠視で見てみる。
どうやら王都にある城にいるようだった。
従者に『姫様』と呼ばれている。
(もしかして王様の娘?)
私は観察を続ける。
この姫様と呼ばれる聖女は真っ白なドレスを着ていた。
(私と反対側にいる人間だな)
そしてあるものに気がつく。
壁中に貼られた肖像画だ。
その全てが悪魔の顔だった。
ときどき手を加えられたようで怪しいものもあったが私にはどれも悪魔に見える。
シルバーの髪に青い瞳、そして二本の漆黒の角。
聖女は写真立てのようなものに小さな肖像画を入れてベッドでゴロゴロしながらそれを眺めていた。
「ライハライト様…お会いしたいですわ…」
私は背筋が寒くなるのがわかった。
崇拝というかこれはアレだ。
(ストーカーだ!)
いや、どこにいるのかもわかっていないだろうからストーキング行為はできないだろう。
写真立てを抱きしめている聖女を見て悪寒が走った。
私はどうもこういった『強い愛』みたいなのが苦手だ。
私はムイにもう少し話を聞こうと屋敷に戻った。
────
ムイは重たい口を開いた。
「あれは一ヶ月くらい前でしょうか…」
王都の近くの森で魔物に囲まれている馬車をみつけたのだそうだ。
無視してもよかったのだが馬車の手綱を握っている御者が少年だったのに気がついたという。
さすがに少年を見殺しにはできないと悪魔は助けに入ったという話だった。
「魔物たちはご主人様に驚きすぐに逃げていきました。」
(想像がつくな)
少年が悪魔にお礼を言っていると馬車の中から聖女が現れたという。
悪魔と聖女、どう考えても相性が悪い。
悪魔はすぐにそこから消えたということだったが…
「どこから聞いてきたのかご主人様のことを調べ上げたようで…」
賢者も悪魔の名前を知っていた。
この世界一の悪魔というだけあって有名なんだろう。
「聖女はテレパシーというスキルを持っています。」
(そういえば私も持っているな)
「ご主人様に念を送ってくるようになってしまったようで…」
「なるほど、把握しました。」
聖女というだけあってもろもろのステータスは高く、魔力も相当な量だろう。
さすがの悪魔だとしても四六時中あの様子の聖女の念をかわすのは大変なのかもしれない。
私は地下室に戻り生霊を飛ばした。
────
聖女はお茶の時間のようだった。
手入れされた美しい庭にいた。
テーブルにはさっきの写真立て。
(持ち歩いているのか…)
また悪寒が走る。
果たして悪魔にも干渉できる聖女に私の呪いが通用するのだろうか?
私は(悪魔には会っていない…悪魔なんて知らない…)と念じてみた。
聖女はビクッとしキョロキョロしている。
やはり普通の人とは違う。
私は続けて(悪魔なんて嫌い…悪魔は醜い…)と念じた。
聖女はまたビクッとして今度は奇声をあげた。
まわりにいた従者たちは驚き駆け寄る者もいた。
「姫様、なにごとですか?!」
聖女は頭を押さえブンブンと振り始めた。
(なんか見たことあるな…ロックな感じのやつで…)
聖女はまだ抵抗しているようだった。
次に私は(悪魔は死んだ…国王によって殺された…)と念じてみた。
聖女は急に大声で泣きだした。
(あ、これは国王の身が危険かな…)
私は付け加えた。
(国王はあなたを守ろうとして悪魔を殺した…国王はあなたを愛している…)
聖女は椅子から崩れ落ちた。
今度はシクシクと泣いている。
(もう少しかな)
従者たちはオロオロとどうしていいかわからないでいる。
(国王が悪魔を倒したのは全て物語…絵本の中の出来事…)
私は強く念じた。
聖女は急に立ち上がり従者に
「ちょっと悲しい物語を思い出してしまったわ。」
と言い城の中へ戻っていった。
テーブルには写真立てが倒れたまま残されていた。
部屋に入るなり聖女は従者を叱りつけた。
「この部屋は何?早く片付けなさい!!」
従者たちはわけがわからないまま壁中に貼られた悪魔の肖像画を剥がした。
「いたずらもいい加減にしなさい。」
聖女は鏡の前で化粧を直している。
「未来の旦那様にいつ出会うかわからないもの。きれいにしておかないとね。」
私は大丈夫そうなのを確認して地下室に戻った。
珍しく汗だくになっていた。
魔力もほとんど残っていないようだった。
ククルの苦団子の在庫がないのを思い出しセキにもらってくるように頼んだ。
セキは喜んで飛んでいった。
アリがタオルで額の汗を拭いてくれている。
「シア、大丈夫??」
アリが心配そうに覗き込む。
「さすが聖女は強かったよ…」
セキはククルと一緒に地下室に戻ってきた。
「ボクはちゃんと苦団子ちょうだいって言ったよ!」
私はセキに「ありがとう。」と言って頭を撫でてやった。
「まぁ、かわいそうに…さぁ、早く食べて。」
ククルは私に苦団子を食べさせてくれた。
いつもならすぐに回復したが今日はなかなか治らなかった。
「少し休めば大丈夫だと思います。」
ムイも「どうかしましたか?」と下りてきた。
アリが一生懸命説明してくれている。
「聖女の相手はさすがに酷でしたね…」
ムイは私を抱え上げた。
(お姫様だっこだ…)
私はここからの記憶がない。
────
目が覚めると見知らぬ部屋にいた。
豪華で広い部屋。
ふかふかの天蓋付ベッド。
ベッド脇には小さなテーブルがあり花や果物が置いてあった。
アリが大声で「シアが生き返った!!」と言った。
セキは泣きながら抱きついてきた。
2匹はその場で大声を上げて泣いた。
私はわけがわからず2匹を抱きしめた。
「大丈夫だよ、怖くないよ。」
それでも泣き続けた。
顔見知りの従者がやって来て「魔王様を呼んでまいります!」と急いで出ていった。
すぐに髭モジャのおじいさんと青い顔をした魔王がやって来た。
魔王は私の顔を見るとホッとした顔をみせた。
「まったくお主は…心配させおって…」
魔王が泣いているように見えた。
いや、見間違いか。
髭モジャのおじいさんは私の脈を取ったり聴診器で調べたりした。
「もう大丈夫かと。」
そう言うとおじいさんは部屋を出ていった。
「ここは、魔王城?」
泣き止みそうだった2匹はまた大声をあげて泣いた。
────
すぐに悪魔とムイもやって来た。
二人も安堵の表情をしている。
ムイは私の手を握りしめ「温かい…」と言った。
(えっ??冷たかったの???)
私はまだ状況がつかめずキョロキョロしていた。
2匹は泣きわめいているし、魔王はなんだか怒っている。
悪魔は離れたところからこちらを見ていて、ムイは手を離してくれない。
(カオスだ)
悪魔はゆっくり私に近づいてきて
「シア、すまなかったな…」
と震えながら言った。
私はなんのことかわからず目をぱちくりさせた。
悪魔はベッドに腰掛けゆっくりと語りだした。
「お前、死んでいたのだよ。」
(お前、死んでいたのだよ)
何を言ってるのかわからなかった。
もしかしたら夢かもしれない。
「聖女がな…」
(あの仕事、大変だったけど失敗したのかな)
「呪い返しの加護を受けていたようでな…」
悪魔は堪えきれなくなって目頭をおさえた。
震えている。
(泣いて…いるの??)
「あの…聖女は…悪魔崇拝は…」
「あぁ、それは上手くいったよ。ありがとう。」
悪魔はニコリと笑おうとしていたがぎこちない笑顔になった。
悪魔は私が理解するまでゆっくりと話をしてくれた。
聖女には生まれたときに受けた『呪い返し』の加護があったこと。
それを受けてしまったこと。
そして私がムイに部屋にはこんでもらった後に脈が止まってしまったこと。
(ここで私は死んだのね)
急いでここに運ばれたこと。
回復魔法が効かなかったこと。
そして
アリが『呪い返し返し』というスキルをみつけたこと。
そのチートみたいなスキルをアリが勝手に発動したこと。
私はそこから24時間死んでいたという。
アリが発動してくれたスキルは心臓を再稼働させてくれたという。
しかし普通の1/10くらいしか動いておらず、体は冷たいままだったらしい。
呼吸も感じられなかったそうだ。
そこからまた2日、私は半死状態でここに寝ていたらしい。
ムイはまだ私の手を握っている。
2匹は泣き疲れたようで私の懐で寝ている。
「守護神様が居られなければ…スキルにも気がつかずに…」
ムイは「本当によかった」と繰り返し言った。
しかし呪い返し返しなんて都合のいいスキル…
呪い返しを受けた時点で覚えたのだろうか。
悪魔は「本当にすまなかったな。」と言い、魔王に「もう少し預かってくれ。」とお願いして去っていった。
ムイは悪魔についていくのかと思ったがまだ私の手を握っていた。
魔王は「好きなだけおるがいい!」といつもの調子で笑った。
「元気になったらまた遊ぼうぞよ!」
と言って部屋を出ていった。
「ムイもどこかで休んで…」
と言いかけてやめた。
ムイは床に膝立ちでベッドにもたれたまま寝ていた。
私はなんとかベッドに寝かせた。
(病人に重労働させやがって)
きっと寝ないで心配してくれていたんだろう。
ムイはもっとドライな人だと思っていたけどそうじゃなかったようだ。
私はアリとセキもムイの横で眠らせた。
(みんなありがとう)
体を動かすとボキボキいう。
何日も寝たきりだったせいだろう。
私はストレッチを始めた。
(いてて…)
すぐに疲れてしまったので長椅子に横になる。
(スキルの確認でもするかな)
私は身分証の画面をいじる。
(ん??)
レベルが1になっていた。
(えっ?なんで??死んだから???)
私は今までのレベリングの繰り返しを思い出し吐きそうになった。
スキルも確認してみる。
(スキルはそのままだ!)
もしかしてと他のステータスを見ると数字はそのまま…
というか増えている気もする。
(これって強くてNewゲーム的なやつ?)
・名前 シア ver.2
(ver.2って何?????)
どうやら死んでバージョンアップしたらしい。
私は腕や足を見てみる。
(見た目は変わってないな)
と、思ったのだが…
「えぇーーーーー!!」
鏡を見た私は驚いた。
金色の美しかった髪が真っ白になっていた。
私の叫び声でアリが起きた。
すぐに駆け寄ってきて私の手のひらにちょこんと座った。
「シア!白い髪の毛もかわいいよ!」
アリはニコニコしながら慰めてくれる。
私の心臓が止まると髪の毛は徐々に白くなっていったそうだ。
白い髪の毛…
(これはこれでいいか)
美しい顔面には何色の髪の毛でも似合ってしまう。
私は気にしないことにした。
死んだんだから。
今さらこのくらいのことはへっちゃらだ。
私はアリを撫でて、「命の恩人だね!」と言った。
「何があってもボクがシアを守るよ!!」
たくさん心配させちゃっただろう。
だって死んだんだから…
(あれ、何か忘れてる気がする…)
私はアリをベッドに置いてすぐにハピリナに向かった。
(私が死んだら亜空間はどうなるんだろう!!!)
もし消えていたらあそこにいた人たちはどうなってしまうのか…
モヤモヤを抜けるとハピリナはそこにちゃんとあった。
いつも通りに「シア様!お久しぶりでございます!」とみんな野菜や果物を持って近寄ってきた。
「お忙しかったのですか?ご無理なさらないでくださいね。」
私はその場で泣き崩れてしまった。
(よかった…本当によかった…)
私が泣いているのを見てみんなオロオロとしだした。
誰かが長老を呼んできた。
「シア様!ご無事で何よりです!!」
長老も泣いていた。
私と長老はその場で抱き合って泣いた。
みんなは訳がわからなくてどうすることもできずにただ見守った。
ひとしきり泣いた二人は長老の家へやって来た。
長老の話では、私の心臓が止まったときに魔王が慌ててやってきたらしい。
「シアが死んだからここがどうにかなるかもしれんって言われたときには驚きましたよ!」
異変があったらすぐに城下町に行くように言われたそうだ。
「なんともありませんでしたよ!さすがシア様じゃ。」
長老は嬉しそうにそう話す。
私は何も言わずに出てきたことに気がつき「また今度ゆっくり来るね!」と約束をして急いで部屋に戻った。
戻ると怒ったムイがそこにいた。
「シアさん、病み上がりの体でどちらへ??」
めったに怒らないムイが怒っている。
私は亜空間の話をした。
ムイは「それは心配でしたね。」ともう怒っていない様子だった。
「でも一言くらい声をかけてくれても…」と睨まれた。
セキもやっと起きたようですぐに飛んできた。
「ママ!寂しかったよ!」
私はセキを抱きしめて頭を撫でてやった。
アリは自分の籠を引っぱってきて「シア!首から下げてよ!」と言った。
セキも自分の入っていたバッグを持ってきた。
「ママ!これも!」
私はいつの間にかいつものスタイルになっていた。
「屋敷に帰ろうか?」
そう言うと2匹はうんうんと頷いた。
ムイも「魔王様にご挨拶に行きましょう。」と帰るのは賛成のようだ。
私たちは魔王を探した。
魔王は真っ暗な祭壇のようなものがある部屋にいた。
「ここで祈っていたのよ。今ありがとうございましたと感謝しておったところじゃ。」
「魔王様、いろいろありがとうございました。」
私は深々と頭を下げた。
「お主に死なれると遊んでくれる者がおらんくなるのでのぉ。」
と照れくさそうに言った。
「帰るなら私が送ってやろう。」
魔王はそう言うと私たちを屋敷に瞬間移動させた。
そしてすぐに、「またのぉ!」と、消えていった。
ククルが向こうから突進してくる。
私はククルに抱きつかれて倒れてしまった。
「シアさん!!おかえりなさい!!」
ククルは誰よりも大声で泣いた。
ニヤはムイに「ごくろうさま。」と言い肩をポンポンしていた。
そして私に「シアさん、おかえり。」といつもの笑顔で言ってくれた。
私は「ただいま!」と大声をあげた。
悪魔が「もう少しのんびりしてきてもよかったのに。」といつものニヤニヤで言った。
「ここが1番落ち着くので!」
と言うとみんな嬉しそうにしていた。
ムイに部屋に連れて行かれすぐに寝るように言われた。
「外出禁止ですよ!」
と言い、アリとセキには「見張っていてくださいね!」と言った。
2匹は嬉しそうに「任せてー!」と言った。
私はベッドに横になり目を閉じた。
未だに信じられない。
死んで生き返ったなんて。
(シアver.2 ゾンビ)
私は変な想像をしてプッと吹き出した。
(この世界では死んでも生き返れるのかな)
RPGにはよく蘇生魔法があるけれど、こちらの世界では聞いたことがない。
ゲームのようにポンポン生き返らせたりはできないってことか。
まだ体が痛い。
重くて沈んでしまいそうな感覚がある。
私はゆっくりと目を閉じた。
(ちゃんと朝が来ますように…)




