避難
魔王はいつになく真面目な顔をしていた。
悪魔とムイも呼ばれ、屋敷の応接室に4人が揃った。
(頼みってなんだろう)
私はいつもと違う雰囲気にドキドキしていた。
「それでシアに何をさせたいと?」
悪魔はニヤニヤしながら魔王を見る。
魔王はコホンと咳払いをしてから
「シアの亜空間に魔族を避難させたいのじゃ。」
(避難?)
「ほぉ…あの草原にということか?」
「シアが言うには他にも思い通りに作れるらしいからの、魔族専用に作ってほしいのじゃ。」
三人は私の顔をうかがう。
「亜空間ですか…私が居ないと出入りできないと思うのですが…」
あのモヤモヤした入口は出しっぱなしにはできない。
それにまだ私がいない亜空間に誰かを残してきたこともなかった。
「私のいない状態のあちらがどうなっているのかもまだ検証していませんが…」
「なるほど、そうじゃな…少し検証してみないといけないのぉ。」
そう言うと魔王は立ち上がり、
「試しに数人連れてくるぞよ。」
と言って消えていった。
数分の間に魔王は5人の魔族を連れてきた。
「こいつらが避難民のリーダーじゃ。」
そう言うと5人はペコリと会釈した。
「さっそく試してみようぞ!」
魔王はいつものワクワクしている顔をしていた。
「ご希望の場所はどんな感じのところでしょう?」
「できれば自給自足できるように畑や薬草なんかの取れるところがあると助かります。」
「きれいな水があるところがいいです。」
「100人くらいが暮らせる家がほしいです。」
5人のリーダーたちは次々と要望を出していった。
(元の世界の田舎の村みたいな感じかな…牧場みたいな感じもいいかもしれない…)
私はのどかなで豊かな村を想像した。
「では試してみます!」
その場で亜空間生成のスキルを発動した。
壁際にモヤモヤが現れる。
私はその中へ入ってみた。
そこはイメージ通りの美しい集落だった。
畑や果樹園、釣りのできそうな小川、牛と鶏の小屋もあった。
小さな家が点々とそれらを取り囲んでいた。
「なかなかいい感じじゃない?」
私はちょっと得意げになった。
魔王に続いてリーダーたちもやって来た。
「わぁ!すごい!」と目を輝かせている。
「見てまわってもよろしいでしょうか?」
と言うので私は説明しながらみんなでまわった。
「これは井戸といいます。この桶を下に降ろして水を汲みます。」
本当は水道を引きたかったが仕組みがわからないのでやめておいた。
小川の水もきれいだし飲もうと思えば飲めるだろう。
この世界には牛や鶏が居ないらしく、似たような魔物はいるみたいだが家畜を育てるという文化がなかった。
「この白黒の生き物は牛といいます。この乳を絞ると美味しい牛乳というのが取れます。」
肉として食べようとする魔族を必死で止める。
「これは鶏という生き物で卵を産みます。その卵を食用にします。」
どちらも殺さずに育ててほしいとお願いした。
近くに小さな森があり、そこにも動物がいるので猟をするように教えた。
小さな小屋に弓や罠を出して置いた。
魔族たちは弓を使ったことがないらしい。
釣り道具も出した。
釣りも経験がないらしい。
「後で練習しましょうね。」
リーダーたちは見たことのない道具を手に取っては楽しそうにしている。
畑には私が思いつく限りの野菜を植えた。
どれもこの世界ではなじみのないもののようだったがきっと上手く調理するだろう。
生で食べられるものを教えた。
果物もたくさん採れるようにいろんな種類の樹を植えた。
魔族たちはいろんなものを手に取り口に入れては驚いていた。
家へ向かい中に入ると魔族たちはたいそう喜んだ。
必要最低限のものしかなかったがそれでも十分すぎると涙を流した。
(いったい今どんな生活をしているのか…)
「家は全部で30軒くらいしかないけど…もっと造る?」
一軒につき4部屋くらいの個室があるので人数的には大丈夫そうだけど魔族が共同生活をできるのかわからない。
「十分でございます!」
「こんな立派な家をいただけるなんて…」
森も近くにあるし家を建てたくなったら自分たちでどうにかするのかもしれない。
足りなくなったときに呼んでくれたらそれでもいいだろう。
魔王は魔族の者たちが喜んでいるのを見て嬉しそうだった。
「わしにもシアのようなスキルがあればよかったのじゃが…」
珍しく申し訳なさそうな顔をしている。
「温泉もあるよ!」
私は集落の端っこに温泉を造った。
男湯と女湯に分けて源泉かけ流しで入り放題にした。
これならいちいちお湯を沸かさなくていいだろう。
初めて見る温泉にみんな驚いていた。
「温かい水が湧き出るのか!すごいのぉ!!」
魔王は今にも裸になって入ろうとするところを従者に止められていた。
またほっぺをぷくっと膨らませていた。
「他に何か必要なものはありますか?」
魔族たちは「十分です!」と嬉しそうにしている。
(衣食住…服はどうしているんだろう)
魔族たちを見ると魔物の革や毛皮で衣服を作っていた。
私は綿やシルクの反物と針と糸を出した。
器用な者がいたらきっと洋服を作るだろう。
悪魔とムイも初めて見るものを興味深く見て触っていた。
「本当にお前は面白いな。」
悪魔はいつものようにニヤニヤと笑っていた。
「あとは任せる。」と言って魔王と悪魔とムイは戻って行った。
私はリーダーたちに自分が戻ったあとのこの空間がどうなるのかわからないと説明した。
さっきまでウキウキしていた5人だったが真剣な顔つきになり、
「魔王様から聞いております。」
と、みんなのために検証させてくださいと言った。
私は上手くいくように祈りながらモヤモヤから屋敷に戻った。
モヤモヤは消えた。
ドキドキしながら再び入口を作る。
モヤモヤをくぐるとリーダーたちが待っていた。
「成功でしょうか?」
私は頷き、「とりあえず私が居なくてもこの空間は消えないね」という結論を出した。
リーダーたちは喜んだが心配なのでもう少し長く検証をしてみようと提案した。
リーダーたちは各々好きな家を選びそこでしばらく生活してみると言った。
私はとりあえず一晩様子をみたいと言い、明日の朝また来ると約束をして屋敷に戻った。
亜空間については魔王の本にも書いておらず悪魔も知らないと言った。
まったくの未知の場所である。
どんなに亜空間を生成しても私の望む動物以外の生き物は確認できなかった。
出入口も私が作ったもの以外はなかった。
(上手くいくといいな…)
私は初めて任された大きな仕事を成功させたかった。
あの魔族の者たちが安心して暮らせる空間を作ってあげたかった。
その日は魔族の避難村について考えて終わった。
(鍛冶場や鉱石の採れる洞窟も作ろう)
(みんなで集まれる集会場もあるといいな)
私もワクワクしていた。
それに反してかなりの魔力を使ったので疲れていた。
(続きは明日にしよう)
────
次の日、私は朝から昨日の亜空間に向かった。
地下室に入口を出したが出た向こう側は昨日と同じ集落の真ん中だった。
リーダーたちは私をみつけると大急ぎで寄ってきて
「ここは素晴らしいです!」
「早く家族を呼びたいです!」
と口々に言った。
どうやら何事もなく、同じ時間だけこちらの時間も流れていた。
あと検証するとしたら私が死んでしまったときにどうなるか?と言うことだった。
これは確かめようがないので魔族たちには言わなかった。
私は「魔王に報告して今後どうするか決めるね。」と言い、昨日思いついた鍛冶場と集会場を造った。
「鍛冶職人が喜びますな!」
「この広間で宴をひらけますな!」
と、どちらも大喜びした。
私は嬉しくなり「また何か思い出したら造るね。」と約束をした。
屋敷に戻ると魔王が来ていた。
「うまくいっておるか?」
魔王は心配そうに聞いてきた。
「今のところ問題はないようです。」
私の言葉に安堵した魔王と今後の予定を話し合った。
魔王はいつ勇者が攻めてくるかわからないので非戦闘の民たちをすぐにでも避難させたいと言った。
荒れた土地に追いやられた魔族たちはあの豊かな土地を見たら泣き喜ぶだろうと。
私はではすぐにでも引っ越しを始めましょうと言い、魔王に魔族の村まで連れて行ってもらった。
────
魔族の村は荒れ果てていた。
粗末な家は人間に襲われ、崩れたり穴が空いていたりした。
食べる物もほとんどないようで生気のない顔をしている者が多かった。
魔王はみんなを集め、計画を話した。
魔族たちは戸惑いを見せたが「こんな土地はいつでも捨てられる。」と誰かが言い、みんなで「そうだそうだ!」と言った。
私は村の中心にモヤモヤを出して先に中にいたリーダーたちを呼んだ。
リーダーたちは村の人たちとの再会を喜び、「素晴らしい土地だ。」とみんなに熱弁した。
各々荷物をまとめ、次々とモヤモヤの中へ入っていく。
私はモヤモヤが消えないように集中した。
100人規模の移動なので小一時間かかった。
全員が移動できたので私も中へ入る。
さっきまで生気のない顔をしてた者たちが嬉しそうに駆け回っていた。
リーダーたちは施設や家畜のことを説明した。
魔族たちは素直に聞き入れすべての物を大切に扱った。
私は野菜の種を出してリーダーに渡した。
(これでしばらく暮らせるといいんだけど)
魔族たちは争うことなく家を選び、仕事を割り振った。
見たことのない野菜や果物を大事そうに収穫してはその味に喜んでいた。
「大切にいただきます。」
魔族の長老のような者が私に深々と頭を下げた。
私は照れくさくなり、「たいしたものを用意できなくてごめんなさい。」と謝った。
(私にもっと裕福な生活の想像ができていたら…)
長老は「とんでもございません!」と言いまた深々と頭を下げた。
少し落ち着いた頃、私はリーダーたちを集め弓の使い方や釣り竿の使い方を教えた。
何を教えても飲み込みが早く、早々にイノシシを狩って来た。
子供と思われる魔族たちに釣りは人気だったようで追加で何本か出してあげた。
バケツを渡すとすぐにたくさんの魚を取ってきた。
「今日はごちそうだね!」
みんな生き生きと嬉しそうだった。
私ははっと気がつき、村の先に大きな小麦畑を作った。
きっとこの者たちならパンやケーキも作れるだろう。
私は魔力が尽きそうになったのでまた来ると約束をして屋敷に戻った。
残念なのはあちらからこちらへ勝手に戻ってこれないことと連絡ができないことだった。
何かいい案はないかと本を調べたりしたが亜空間について記されているものはなかった。
ずっとおとなしくしていたアリが「身分証に通信できる機能があったでしょ。」と教えてくれた。
「確かに!」
使ったことはないのだがそんな機能があった。
しかし魔族にその機能が使えるだろうか?
私はすぐに避難村に行き、リーダーたちに聞いてみた。
みんなそんなの知らないと言い「もしかしたら長老なら!」と言った。
長老は「そんなものあったかの?」と把握していなかったがリーダーが長老の身分証にその機能があるのをみつけた。
私も初めてだったが念じると長老の姿がビジョンになって現れた。
話し声も聞こえる。
こちら側に二人いるときは問題なく使えそうだ。
「あっちとこっちで通信できるか確かめよう!」
私は屋敷に戻り再度試してみた。
リーダーに操作してもらっている長老の姿がビジョンに映った。
「成功だね!」
私は何かあったらこれで連絡するようにリーダーに言っておいた。
魔族は優秀な者が多いようでみんなすぐに私の言ってることを理解してくれた。
(こんなに穏やかで優秀な種族なのに…人間たちはどうして戦争を仕掛けてくるんだろうか…)
私は魔族たちの笑顔を思い出して悲しくなった。
(早く戦争をやめさせないと!)
私は魔族たちの力になりたいと思った。
(ひとまずあそこでゆっくり暮らしてもらおう)
今日も魔力を使い果たしてしまった私は早めにベッドに入った。
魔族の子供が大きな魚を釣り上げている夢を見た。
私も幸せな気持ちになった。
────
魔王はそれから何度か避難村の様子を見せろとやってきた。
魔族の者たちの笑顔を見ては満足気に帰っていった。
亜空間は問題なくそこに存在していた。
私が入口を作らないと行けないという仕様は少々不便な気もするが、人間にみつかったり攻めて来られる心配はない。
こちらが安全になったら戻ってもらうことになってはいたがもしかしたら帰らないと言うかもしれない。
永遠にその土地で暮らせる確証があるならいいのだが…
私はまだ先のことを考えると不安になった。
この世界が魔族にとっても住みやすい世界になるのが1番である。
私は定期的に様子を見に行き、あとはいつものように仕事をこなしながらダンジョンでレベル上げをした。
”黒い厄災”といううわさを聞いてからは主をみつけても倒すことはなく、その手前の魔物を狩り続けることにした。
勇者たちもダンジョンで経験を積んでいるという話を聞いてからはできるだけ王都から離れたところへ行っている。
彼女らは5人パーティだった。
一人で挑んでも結果はみえている。
魔族たちと過ごす時間が増えるたびに私は人間への憎悪が増していることに気がついた。
呪い系のレベルがいつの間にかはね上がっていた。
(自分勝手な人間たちが許せない…)
私はいつしか”呪物”から”特級呪物”へとクラスチェンジしていた。
悪魔はまた大笑いして喜び、ムイは少し嫌な顔をして私を見た。
アリは私のことを【危険物】と言いいつものようにはしゃいでいた。
────
魔族の村がほとんど廃墟になっているのをみつけた人間たちは魔族たちを探し回っているようだった。
残った戦闘員たちはみんな魔王城の城下町にいた。
城下町は魔王が結界を張っているのでみつかることはない。
ここで避難している魔族たちを全員受け入れるには狭かったと魔王は言った。
安定した結界を張り続けるには限度があるらしい。
(魔王も大変なんだな…)
最近は忙しいようで「遊ぼうぞよ!」と言ってくることがなくなった。
私は少し寂しかったが私もいろいろやることがあり忙しかった。
(勇者は今どれくらいのレベルなんだろうか…)
私は次の目標を”鑑定”スキルを覚えることに決めた。
もちろんどうやったら覚えられるのかわからない。
誰に聞いても「スキルを狙って覚えるのは難しいことだ。」と言う。
それからというもの、私は鑑定を覚えようと必死に念じた。
(鑑定させろ…鑑定させろ…)
1週間くらい続けたある日、私はとうとう鑑定スキルを覚えた。
悪魔はまた呆れたように笑った。




