私と私
私は屋敷に帰ってきた。
キッチンからいいにおいがする。
私はそれにつられながらも悪魔の執務室に向かった。
ノックをして入ると悪魔とニヤがいた。
「ただいま帰りました。」
私はダイオでの出来事を順番に報告した。
「この先、問題になりそうなものはないと思います。」
私がそう言うと、「ご苦労であった。」と悪魔は言った。
「もっと早く帰ってくるかと思っていたが、ちゃんと最後まで見届けてきたのだな。」
私はそう言われて、「結婚式はまだ先になると思いますが。」と付け加えた。
「しばらくゆっくりするがいい。」
私は「はい」と言い、部屋に戻った。
まずはゆっくりとお風呂に入りたい。
ククルは私をみつけると、「今日はごちそうにするわね!」と喜んでくれた。
晩御飯が楽しみだ。
アリたちはククルにもらったお菓子を食べている。
あの城にいる間はかなり不自由な思いをしていただろう。
私はお風呂をあがりアリたちの楽しそうな様子を眺めた。
(やっぱり自分の家が最高だな)
ノックをする音が聞こえる。
「シアさん、ご主人様が呼んでおられます。」
この声はムイだ。
「はい、すぐに行きます。」
私は悪魔の執務室に向かった。
────
休むように言われたのに呼び出しとは。
悪魔は本当に気まぐれだ。
「シアです。」私はノックをした。
「入れ。」
私はドアを開けた。
中は何かが光っているようでとても眩しい。
(なにこれ?)
「ドアを閉めろ。」
私は眩しさに目をほとんど閉じた状態でドアを閉めた。
「なにごとですか?」
私は悪魔の姿を確認できず聞いた。
「お前、元の世界に帰れるぞ。」
(元の世界?)
「ほら、見てみろ。」
私は眩しさに耐えながら悪魔の方へ近寄った。
悪魔の机から光が放たれているように見えた。
悪魔の机の上はモニターのように映像を映しているようだった。
そこは病院の病室の映像のようだった。
「これは何?」
私はおそるおそるその映像をのぞきこんだ。
「お前だ。」悪魔もその映像を見ながら言った。
(私ってこと?)
よく見ると顔色の悪い痩せこけた女がそこに寝ていた。
いろいろな管をつけられて重症のようだった。
「こんな人、知りません。」
私はそう答えた。
「よく見てみるがいい。そこに寝てるのはお前の世界のお前だ。」
(お前の世界のお前って何よ)
私は寝ている女の顔をよく見た。
確かに私に似ていないこともない。
しかし元の世界の私はデブでブスだった。
顔色が悪いとはいえ、ここに寝ている女はデブでもブスでもない。
「私はこんな普通の人ではありません。もっとデブでブスで醜かったです。あなたも私の元の姿を見たでしょ?」
悪魔は笑いだした。
「確かにお前は私好みの姿ではなかった。だから私好みの姿に変えたが。ここに寝ている女は確かにお前だ。寝ている間に少し姿が変わったのではないか?」
(寝ている間)
もしかして寝たきりの状態で痩せたということ?
私は目を凝らして寝ている女を見た。
そう言われるとそうとしか思えなくなった。
(これは痩せた私だ)
病室に人が入ってきた。
男と女2人。
ハンカチを持って泣いている。
男は女の背中をさすりながら涙を堪えているようだ。
(これは…私の家族?)
「お前はもうすぐ死ぬようだ。」
(私が死ぬ?)
病室にいた若い方の女が立ち上がって寝ている女を見ている。
『お姉ちゃんは死んでないよ!だってこうやって心臓が動いてるじゃない!』
若い女は泣きながらそう言った。
男も立ち上がり、
『お姉ちゃんはもう死んでいるんだよ。機械に呼吸をさせてもらってるだけなんだよ。』
男もとうとう泣きだしてしまった。
座っていた女も立ち上がった。
『あなた、機械を外すのはやめましょう!なっちゃんの言うとおりよ!お姉ちゃんは生きてるわ!だって心臓が動いているじゃない!!』
2人の女は抱き合って泣き崩れた。
どうやらこの寝ている女は瀕死の状態だ。
いわゆる植物状態というやつだろう。
体につけられた管で酸素を送っているから生きていられるのだ。
外してしまえば…きっと…
「戻ったところで死ぬんでしょ?」
私は悪魔に言った。
「いや、おそらく目を覚ますだろう。」
(おそらくって、そんな曖昧な)
「これはお前が帰る最後のチャンスだ。向こうのお前が死んだらもう元には戻れんぞ。」
(最後のチャンス?)
ニヤもムイも緊迫した顔をしていた。
悪魔も真剣に私をみつめている。
(元の世界に戻る?)
あんな地獄のような世界に戻りたいとでも言うと思っているの?
『お姉ちゃん!目を覚まして!そこにいるんでしょ!早く目を覚まして!そうじゃないと…お姉ちゃん…殺されちゃうよ…』
若い女は寝ている女の体を揺さぶっている。
『殺すなんて言わないでくれ。お姉ちゃんはもう…お姉ちゃんは…心臓が動いているだけの…心臓が動いて…動いているのに…』
男はその場に膝をつけて泣いた。
声を押し殺して、肩を震わせながら。
(この人たちは…お父さんとお母さんと妹だ)
私は少しずつ記憶が戻ってきた。
4人でキャンプや旅行をした思い出。
妹が走って転んで泣いているのを助けようとして自分も転んで2人で泣いたっけ。
お父さんは笑って、お母さんは私たちを抱きしめてくれた。
小学校の卒業式、私はニコニコしていたのにお母さんは号泣していた。
いつの間にかこんなにお姉さんになって、と泣いていた。
中学生になると私は部屋にこもるようになった。
お父さんもお母さんも妹も心配していた。
何度もドアを叩き、何かあるたびに『何かあるなら話をしてちょうだい』と言われた。
私は『なんにもない』とまた部屋に閉じこもった。
(家族に避けられてたのではない)
(私が家族を避けたのだ)
私はいつの間にか泣いていた。
すべてを思い出してしまったからだ。
あの最低なデブでブスを作ったのは私だ。
全部人のせいにして、嫌なことから逃げていたのは私だ。
本当にどうしようもないやつだ。
今の私にならわかる。
自分の人生は自分で切り開くことができると。
それは自分にしかできないことだと。
人のせいにするのは簡単だ。
努力するのはめんどくさい。
私は私から逃げていただけだ。
まわりにどれだけ心配をかけていたのか気がつかずに。
まわりをどれだけ傷つけているかなんて気にもしないで。
「私、帰る。帰りたい。」
悪魔は微笑んでいた。
「わかった。」
私はやり残していることに気がついてあるものを作ってムイに渡した。
「これ、ネイチェルに渡して。結婚式に行けなくてごめんって。」
私はあの日見たネイチェルとイザトが一緒に馬に乗ってる姿をクリスタルの彫刻にした。
それは机から放たれた光に反射してキラキラと輝いていた。
「あ、でもハピリナや他に私が出した物たちは大丈夫かな?私がいなくなったら崩壊したりしないかな?」
私は亜空間や具現化したものたちのことが心配になった。
「消えないとでも呪いをかければいいじゃないか。」
悪魔はいつものニヤニヤ顔でそう言った。
私は、
(この世界で私が作り出したすべてのものが未来永劫続きますように 私の関わったすべての人たちが幸せに暮らせますように)
と、呪いをかけた。
「大丈夫なのかわからないけど…きっと大丈夫な気もする。」
「お前が救った命だ。奪われても文句は言わんだろう。」
悪魔はニヤニヤとそう言った。
「きっと大丈夫です。シアさんがやってきたことはこの世界で後世まで語り継がれますよ。」
ムイは涙を流しながらそう言った。
私はアリたちの入っているバッグと赤い石のついたペンダントをムイに渡した。
キリナのおばあさんにもらったペンダントはアリに持たせた。
「みんないい子でね。ムイの言うことちゃんと聞くのよ。」
アリたちは私にしがみついて泣いた。
「ボクも行くよ!!」
「それは無理なんですよ。」
ニヤが優しい顔でそう言った。
ムイは泣き叫ぶアリを抱きしめた。
「じゃあいくぞ。あまり時間はないようだ。」
悪魔は真剣な顔をして言った。
「みんなありがとう。大好きだよ。」
私はそう言って悪魔を見て頷いた。
眩しい光に包まれた。
柔らかな温かさを感じる。
私はゆっくりゆっくり落ちていく。
────
私は目を開けた。
息が苦しい。
喋ろうにも喋れない。
真っ白な天井が見えて何人かの泣き声が聞こえる。
ここはどこだろう。
体も思うように動かない。
足元に重さを感じる。
「ふごっ」
私は喋ろうとしたが変な声が出るだけだった。
「お姉ちゃん?ママ!!お姉ちゃんが!!」
「さっちゃん?!わかる??誰か、誰か来て!!」
「先生を呼んでくる!誰か!!娘が目を開けた!」
聞こえてくるのは家族の声だ。
聞き覚えのあるいつもの声。
────
白衣を着た男が私を見て驚いている。
胸に冷たい感触がある。
聴診器をあてられているようだ。
この男は医者だろう。
私はまた喋ろうとして変な声を出した。
「自発呼吸をしている…わかりますか?管を抜きますよ!」
緊迫した声で医者が叫んだ。
私は必死に頷いた。
医者は「深呼吸をして、少し苦しいですよ。」
と言って私の喉から管を抜いた。
私はむせこんだ。
目の前には家族の顔と医者と看護師の顔がある。
(そんなにみつめられたら照れますよ)
私は動かない体を必死に動かそうとした。
「お姉ちゃんが笑った!!」
私はやっとの思いで笑顔を作った。
医者は「奇跡はあるんですね。」と、私の胸に聴診器をあてながら言った。
「しばらく寝たきりでしたから体の筋力は落ちています。焦らないで、ゆっくりやりましょう。とりあえずいろいろ検査してみましょう。」
医者はバタバタと部屋を出ていった。
(何があったんだろう?)
家族が泣いている。
「なんか、ごめんね。」
私はなんとか声を出してそう言った。
妹が「お姉ちゃんのバカ!心配ばかりかけて!」と私を殴った。
お父さんとお母さんは笑いながら、
「お姉ちゃんは起きたばかりなんだから、優しくしてあげなさい。」とお母さんが言った。
ぐぅーー
病室にお腹のなる音が響きわたった。
家族たちは顔を見合わせている。
「私じゃないわよ!」
みんな顔を横に振っている。
(すいません 私です)
家族たちは私の顔を見て笑った。
私も笑った。
なんだか幸せだった。
(なにか大事なことを忘れている)
そう思ったが今はいい。
私は心の底から笑った。




