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第11話 どちらかと付き合えたらいいのに……

 左手に付けた腕時計を見て20時過ぎになっている事に気付いた俺は慌てて帰り支度を始める。勉強が終わったのは確か18時くらいだったはずなので、俺は2時間近くも眠っていたらしい。

 カバンからスマホを取り出すと家族から大量のメールと不在着信が来ていたため、かなり心配されているはずだ。

 18時半くらいには帰ると事前に伝えていたにも関わらず時間になっても帰ってこない上に音信不通にまでなっていたら不安になるのは当然だろう。


「家族からめちゃくちゃ心配されてるっぽいから帰る、今日はありがとう」


「うん。涼也君、またね」


「また明日」


 玲緒奈と里緒奈の2人に玄関まで見送って貰うと、そのまま急足で帰り始めた。家に帰ったらどう言い訳をしようか考え始めているとポケットに入れていたスマホが振動し始める。

 多分家族の誰かからの着信だろうと思ってスマホを取り出すと、画面には八神澪という名前が表示されていた。電話に出るのが少し怖かったが無視するわけにはいかないため恐る恐る応答ボタンを押す。


「……もしもし」


「あっ、やっと電話に出てくれた。ちょっとお兄ちゃん、今どこで何してるのよ」


 電話越しのため顔は見えないが声のトーン的に恐らく澪は怒った顔をしているに違いない。裏を返せばそれだけ俺の事を心配していたのだろう。

 ナイフで刺されて死にかけた一件があってから俺の家族はすっかり心配性になってしまっており、特に澪はそれが顕著だ。


「心配かけて本当ごめん、実は勉強会が終わってから寝ちゃってさ。それでさっき起きて今急いで帰ってるところだから」


「……それで電話にもメールにも反応無かったんだ。色々言いたい事があるけど今は勘弁してあげる、だから早く帰ってきて」


「分かった」


 俺の言葉を聞き終わると澪は電話を切ってきた。今の口ぶり的に帰ったらお説教を受ける事がほぼ確定しているため憂鬱な気分にさせられてしまう。


「俺はどうしてあの時眠くなったんだろう……」


 なぜ突然あんなに眠くなってしまったのか全く分からない。確かに長期間入院していたせいで体力は前よりもだいぶ衰えてしまっていたが、それにしてもあの眠気は異常だったように感じている。


「……ひょっとしてまさか玲緒奈と里緒奈から何か盛られた?」


 歩きながらそんな事を考え始める俺だったが、あまりに馬鹿馬鹿しかったためすぐに考えるのをやめた。

 そんなアニメや漫画みたいな事が起こるはずがない。そもそも2人が俺を眠らせるようなメリットなんて何も無いのだから、そんな事を考えるだけ時間の無駄だ。


「それにしてもさっきの玲緒奈と里緒奈、妙に色っぽかったよな」


 普段の彼女達とは違いどこか妖艶な雰囲気を漂わせていたため、はっきり言ってかなりエロかった。あの姿を思い出しただけで激しく勃起するレベルだ。


「……しばらくは夜のおかずには困らないな」


 玲緒奈と里緒奈で抜くのはめちゃくちゃ罪悪感があるが、溢れ出る性欲にはとても勝てそうになかった。


「どちらかと付き合えたらいいのに……」


 そう願望をつぶやく俺だったが、それは到底無理な話だ。スクールカーストトップの2人と最底辺の俺なんかじゃとても釣り合うはずが無かった。

 確かに今は俺と仲良くしてくれてはいるがこれは一過性のものであり、いずれはまた手の届かない存在に戻ってしまう事が目に見えている。


「多分俺なんか比べ物にならないくらいかっこいい奴と付き合うんだろうな……」


 玲緒奈と里緒奈が幸せそうな顔で背の高いハイスペックイケメンな男達と歩いている姿を想像して猛烈に虚しくなってしまった。

 きっと2人の処女はそんな彼らに奪われてしまうのだろう。いや、もう既に処女を喪失してしまっている可能性もある。

 俺は顔も知らないどこかの誰かに激しく嫉妬をしていた。そんな事をしているうちに家へと到着した俺だったが、玄関で待ち構えていた澪に捕まってしまう。


「ようやく帰ってきた。待ちくたびれたよ」


「わざわざ玄関で待たなくても良くないか?」


「だってお兄ちゃん、私がここにいなかったら逃げてたかもしれないじゃん」


「いやいや、家に帰ってきた時点で逃げ場所なんてどこにもないだろ」


 同じ屋根の下にいる時点で澪から逃げる事など不可能だった。バレないように帰ってきたとしても絶対どこかで捕まるはずだ。


「見た感じ結構疲れてるみたいだし、お説教は短めで勘弁してあげる。とりあえずお風呂と夕食を先に済ませてきて」

 

「分かったよ」


 一旦俺はカバンを置くために自分の部屋へと行こうとする。だが澪の横を通り過ぎようとしたタイミングで突然手を掴まれてしまう。


「……お兄ちゃんの体からいつもと違う匂いがするんだけど」


「いつもと違う匂い? ああ、ちょっと前まで剣城姉妹の家にいたからだと思う」


 里緒奈のベッドでガッツリ寝ていた関係で匂いがうつったのかもしれない。ただキモがられると思ったためそこまで具体的には話さなかったが。

 俺は何か考え始めた澪をその場に残して部屋に戻りカバンを床に置く。そして脱衣所に移動して制服を脱ごうとする俺だったが、とある事に気付いて思わず手を止める。


「あれ、ベルトの穴の位置がいつもと違うんだけど」


 普段は先端から4番目の穴で留めているわけだが、今は3番目の穴になっていた。起きてから体に何か違和感を感じると思っていたが、どうやらベルトの締め付けが違う事が原因だったようだ。


「もしかして寝てる間に無意識で緩めたのかもな」


 寝苦しくて緩めた可能性が高いと結論付けた俺は、それ以上深く考えなかった。

【読者の皆様へ】


これにて喪失編は終わりです。


次話から夏休み編となりますが、ブックマークと評価は作者のモチベーション維持向上につながります!


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