(「 改行……改行 」)
最初はそんな、一人カラオケよりはいいか、という程度の誘いでしかなかった。捕まえると逃げないのも都合が良く、他の学生のように愛想笑いも不要なのが楽だった。
今にして思えば随分とぞんざいに扱っていたと思う。
「年代別カラオケランキングと言われても、古い曲だと表示されている曲名だけでは全く曲が頭に浮かんでこない。歌手名に聞き覚えがあっても思い浮かぶ曲がサビ部分だけで曲名がわからないのと同じことか。
データ上には曲名を入力すれば歌い出しが表示されるが、果たしてそれは本当に知っている曲なのかどうやって確信を得ているのだろうか。
それともそもそもカラオケに来るような人種は皆スマホにデータを落とし込んでいてデータをリンクさせるのが普通のことでいちいち曲名を端末から探すなんて行動はカラオケに不慣れな人種だと宣言するに等しいのか」
デンモクとモニターへ交互に頭を向け変えながら、先輩は言葉をこぼしていた。
数回目の二人カラオケではあったが、カラオケの個室に入りお互いに一曲ずつ歌ってから一時間以上。先輩は喋り続けていた。
「ランキングで挙げた曲の一部を流すというのは、なるほど確かに曲がわかる。
だがこれはおそらく実際の歌手が歌っているPVとかMVではないのか。そうなると本人の歌を聞いた上でその歌を選び、本人と比較されることを踏まえて歌う胆力が求められるのではないだろうか。それとも世のカラオケ愛好者は皆が皆、歌い手本人よりも上手いと自負を持ってカラオケに挑んでいるのだろうか。
いやまさか。
そんなことを言い出したら世の中の大部分はカラオケができなくなる。ましてや私に歌える曲なんて存在すら疑わしくなる。
いや、存在しないなら存在させる方法があるか。
いやいやそれでは曲を自作してカラオケで歌うということになる。その方が遥かに胆力が必要だ。
だが確かに省みてみると義務教育の音楽の授業で五線譜を埋めさせられた記憶が確かにある。あの授業はカラオケの胆力を身に付けるためのものだったのか?」
受講の合間を潰すためのカラオケは週に一度。
適当な流行り曲を二〜三曲歌う。先輩は迷いに迷って一曲。大抵の場合、曲を入れずに沈黙に包まれた先輩は自分語りをして凹んでいた。
「あ、いや、キミとカラオケにくるのが嫌だというわけではない。単に昔のことを思い出してちょっ
……
嫌な気分になっただけで。譜面の読み方さえおぼつかない状態で楽譜を作らされて、まともな曲にな
………
ない。そんな、まるでホラーゲームの演出音みたいな不協と不調の和音を
………
演奏されて、しばらく音楽が嫌いになったよ。
幸い後々にできた友人がカラオケ好きでこうやって連れ込まれているうちに緩和され
…………
も、自分で歌うだけの胆力は
……
につかなかった」
こちらへの気遣いと自身の凹みを往復するような先輩は、顔をあげたり下げたりしながら言葉を落とした。
その声が聞こえにくいことに、苛立ちを感じているという自覚は薄かったと思う。
でも、カラオケに行かなくなったきっかけはそれだ。
「例えば、カラ
………
で選曲するために曲
…………
なら、たぶん多くの場合はアーティ
………
やりの、例えばドラマ
………
で、それに馴染んでいるから年
…………
も、その曲を歌っているケース
………」
隣室の歌声に掻き消される先輩の言葉が、当時は本当にただこぼしているだけだということが、何故そんなに不快に思ったのか。明確な理由を自覚するまで、もうしばらくかかった。




