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その5

「おまたせ」

 通用門では既に旅支度のアデルと、いつもの黒ずくめのキースが待っていた。馬を二頭引いている。

 キースはアデルに赤黒い石を見せていたところだった。あ、この石は。

「……『破壊するもの』が浄化された跡に残った石だ。おそらくこれが核になっていたんだと思う」

「ちょ、キース、そんなもの持って帰ってきてたの?」

「こいつに頼まれていたんだよ。武具や道具と一緒に礼拝堂で祓われた。もう害はないだろう」

 キースの手のひらの石を覗き込むのが恐る恐るになってしまうのは、仕方ないだろう。

 石は大きめの飴玉くらいのサイズで、表面は滑らかな楕円形。赤黒い色だけが、禍々しい。

「……魔物を呼び出す媒介なんてものには、たいがい強い思念が込められているんです。魔法でその思念を辿ることが出来るんですよ」

 ナニ?

「じゃぁ、『破壊するもの』を呼び出した奴が分かるかもしれないってこと?」

 ただし、とアデルは肩をすくめた。

「儀式が必要なんですよ。最低二日はかかりますね。もちろん、失敗もあり得ます」

「……帰ってきてから、だな」

「そうですね。キース、保管していてくれ」

「……了解」

 キースは無造作に石をポケットに入れた。いいのか、そんな扱いで。

 さて、とアデルはにまりと笑った。

「行きましょうか。本当は二人でこっそり行って来ようと思ったんですけど、あなたを一人で帰すわけにはいかないですし。護衛を連れて行きます」

 言われたキースは肩をすくめる。

「アデルは?」

「わたしはそのまま出かけますよ、不本意ですが。町外れで『転移』魔法を使って、護衛の方々と合流します」

 護衛の方々は昼前に隣国へ出発した。おそらく今晩はパーンの村に泊まるのだろう。アデルはそこで合流なのだ。一人ならばよく見知っている場所に『転移』できるから。

「あはは、護衛なのに、主人が一緒じゃないんだね」

「まぁそれを言うなら、わたしは護衛の方々よりも強いんですけどね。……ふむ」

 アデルはまじまじとわたしの様子を見た。つい自分でも自分の服装を見直してしまう。

 旅に出ていた時のような傭兵スタイル。皮のパンツにプラチナを編みこんだ丈夫な上着。魔を祓う効果のある深緑のマント。本当は使い慣れた剣を持ちたかったけど、街中なので小剣を腰にぶち込んでいる。旅に出る前に肩くらいに切った髪は既に背中に届いているので、今は編んでお団子にしている。

「……オンナを武器にしている方に会いに行くので、あなたがどんな格好で来るのか気になってはいたんですが、そうきましたか」

 ……特に何も考えずに「馬に乗るから」くらいな理由でこの格好なんだけれど。

「街中通る訳だし、派手な身なりよりこういう方がいいでしょ?」

 アデルはわたしを手招きした。にまり、と笑う。

「相乗りしましょ」

「お前は俺とだ」

 師匠をどついて、キースが言った。

「った、殴ることないでしょうが」

「俺はレティの護衛なんだろ? 護衛らしく守っただけだ、お前の下心から」

「下心って人聞きの悪い。レティ、わたしの前がいいですか? 後ろにしますか?」

「……一人で乗る」

「……ほら見なさい。警戒されてしまった」

 結局、キースとアデルが相乗り、わたしが一人で乗ることになる。アデルとキースの相乗りってのも、町のお嬢さん方に騒がれそうだなぁ……師匠と弟子、禁断のなんちゃら、とか。美々しすぎる二人だし。

 実際、人通りの少ない道を通ってはいるけれど、町は祭りなのだ。馬で行く我々は非常に目立って、わたしの名前を呼ぶ声や、アデル、キースを呼ぶ黄色い声は結構聞こえてきていた。キースの腰につかまっているアデルはいちいち手を振っている。不思議なことに、ジェイあたりもこういうことはするんだけど、アデルがすると軽薄に見えないんだよなぁ。

 ……冬の夕べは短い。朱の町並みを見て、早く帰って来なければと馬の足を速める。

 町外れの尼僧院に着いたのは、既に街が紫に染まる頃だった。


 馬をつなぎ、扉をノックすると、待っていたのか年配のシスターが出てきた。小柄でかわいらしいおばあちゃんだ。

「……お久しぶりです。シスターミリアム」

「ご無沙汰しています、アデルハート様」

 シスターミリアム、と言えば、この尼僧院の最高尼僧だ。そんな方が自ら戸口まで出迎えてくださったのか。わたしは慌てて膝を折ってお辞儀をした。キースも控えめに礼をする。ミリアム様は穏やかにわたしたちを見て、にこりと笑った。

「レティシア殿下とキース様ですね。ご無事でよくお戻りあそばされました。……アデルハート様、すぐにお会いになりますか?」

「時間もそう取れないので、出来れば」

「わかりました。こちらをお持ちください」

 ミリアム様はアデルに小さな鍵束を渡し、後ろを振り返った。少し離れて、華奢な若い尼僧が控えていた。フードをかぶっているので人相はいまいち分からないけれど、見目良いような感じがした。

「これはあの方のお世話を担当している、エリスと言います。エリス、アデルハート様をあのお方のお部屋までご案内して」

「……わかりました」

 こちらへ、と先に歩き出したエリスの後をついて行く。

「……こちらへは最近来られたんですか?」

「はぁ」

 アデルが愛想よく尋ねるが、エリスは生返事だった。珍しいな。若い娘がアデルに興味を示さないのは。

「いえね、ミリアム様には何度かお目にかかっているんですが、あなたには初めてお会いしたので。珍しいですからね、この尼僧院にエリスさんのようなお若い方は」

「……はぁ」

 いや、うっすら赤くなっているところを見ると、意識しすぎてるのか。そうか、尼僧院には普通男は入ってこないもんな。かわいいなぁ。

「……こちらです」

 エリスに案内されたのは、尼僧院の建物とは別棟の小さな小屋だった。

平屋で、窓には鉄格子。軟禁するために建てられたような小屋だ。まさかとは思うが、このために用意されたのだろうか。

 エリスはノックもしないで、扉を開けて入ってゆく。アデルもさっさと入って行った。わたしたちはためらいながらも続いた。

「こちらにいらっしゃいます」

 エリスが指したのは、頑丈な鉄の扉だった。この中が、居間らしい。

「伯爵夫人、お待ちかねの方がいらっしゃいました」

 エリスは我々に一礼をして、おそらく台所に引っ込んだ。お茶の用意でもしてくれるのだろうか。アデルは鍵を開けた。

 ……居間は気持ちのいい感じの部屋だった。ふかふかのじゅうたん、高級なソファ、テーブルセット、チェスト。南向きの窓からは昼間だったら明るい日差しが入るのだろう。鉄格子越しとはいえ。もう外は薄暗い。ランプの明かりで部屋は明るかった。

 その窓のそばに女が座っていた。読んでいたのであろう、本を閉じて立ち上がる。アデルを見て艶やかに微笑んだ。


 ベロニカ……ナロウ伯爵夫人。

 年は既に三十半ばを過ぎようかというはずなのに、どう見ても二十代にしか見えない。

 豪奢な金髪。夢を見ているような青い目。腰は細く、余分な肉がついているようには見えない。贅沢は許されているのか、流行のドレスを着ている。髪も結っている訳ではないし、装飾品も首飾りと指輪くらいしか付けてはいない。派手に化粧をしているわけではない。でもひどく計算された作られた美しさを感じる。

「待っていたわ、アデル」

 恋人に出すような甘い声。アデルの目は冷たい。

「お元気そうですね、ベロニカ」

「元気なわけないでしょう? こんな所に閉じ込めて」

 するり。首に抱きつこうとしたベロニカを、アデルはさりげなくかわし、ベロニカがそれまで読んでいた本を取り上げる。

「十分に贅沢にお暮らしだと思いますけどね。お望みならば地下牢でも塔の天辺でもお好きな方にお連れしますが。……ほう、魔術書ですか」

「暇つぶしよ。退屈なんですもの」

「暇つぶしに読むには、ずいぶんと専門的なものをお選びになりましたねぇ」

「あなたともっと近づきになりたくって。ねぇ、アデル。紹介してくださらない?」

 ベロニカはわたしとキースの目の前にいた。

 いや、キースの目の前だ。猫なら喉をならしそうな、獲物を見つけた目をしている。

 わたしは思わず自分の肩を抱きしめた。

「ベロニカ、あなたもご存知でしょう。こちらはレティシア殿下です」

「……あの簒奪者の暴力娘のことなんて聞いてないわ。この子よ。かわいいわ。わたしにくれるの?」

 キースは師匠のように避けるわけにいかず、がっしりと首っ玉に抱きつかれていた。感情を出さない目をしているので、何を考えているのかわからない。

「あなたにあげるわけないでしょ。ここは尼僧院ですよ。そもそも男が入ってこられる場所じゃないんですから。それはキース。わたしの弟子です。離してあげてください」

「いやよ」

 そう言うと、ベロニカは一瞬ちらりとわたしを見て艶然と笑うと、キースに口付けをした。長く、深く口付ける。

「っな」

 赤くなったら、負けだ。怒ったら負けだ。目を逸らしたら負けだ。

 分かってはいたけれど、奥歯を噛んで息をつめ、自分の意思ではどうしようもない顔色でわたしはそれを見つめ続けた。

「……どう?」

 ようやく満足したのか、ベロニカがキースから身を離した。まだ片手は彼の肩に乗り、逆の手でキースの唇の紅をぬぐった。男なら誰でもくらくらするんじゃないかというような目で、キースの顔を見つめている。

 キースは、こちらも見ほれるような笑顔を返すと、ためらいもせず、ふかふかのじゅうたんにつばを吐いた。

「……臭いな。アデル、これが加齢臭ってやつか?」

「へぇ? わたしは若い女性しか相手にしていないんで、生憎分からないけれど?」

 アデルはいつの間にか、わたしの横に来ていたようだ。わたしの手を取って、口付けをした。

 ベロニカの顔色が変わっていた。さっと蒼白になると、キースの横面を張る。

「……何をしに来た、アデルハート」

「ただのご挨拶ですよ、ベロニカ」

「挨拶は終わった。帰れ」

 ベロニカはアデルの手から魔術書を引ったくり、身を翻すともといた椅子に腰を下ろし背を向けた。

「……近いうちにまたお目にかかりますよ」

「次は一人で来なさい」

「さあ?」

 わたしたち三人は居間を出た。アデルはまた鍵をかける。

「エリスさん、我々の用は終わりました。帰ります」



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