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その4

 荷物をまとめていると、ノックの音がした。

「レティ、今平気か?」

 ジェイだ。わたしはドアを開けた。まだ寝巻きにも着替えてないし。

「なに、どうしたの?」

 ジェイは飲むけど顔に出ないタイプだ。さっきまで四人で飲んでたのに、全然素面に見えた。

「暇か? 飲みに行かないか?」

 まだ飲むのか、こいつは。いや、食い足りないのか? あれだけ肉食べて。

「あいつらさー。明日早いからとか女子みたいなこといいやがってさー。付き合ってくれないんだよ」

 わたしが女子なのをすっかり忘れてるようにジェイは言った。

「取り巻きの女の子たち誘えばいいじゃない」

「明日朝早いのに、一晩付き合うことになったら困るだろ」

 ジェイが言うと洒落に聞こえない。

「なーお願い! 一時間だけ。今なら一回部屋に引き上げて見せたから、ファンの子達もいないだろうし」

 手を合わせて頼み込まれ、結局一時間だけさし飲みをした……。



「色魔か、あの男は」

 アデルががくりと肩を落とす。

「がっかりですわ」

 実も蓋もなくマリーも言う。

「えー、こう言っといてなんだけど、頼りになるいい奴なんだよ、ジェイは」

 好みの女の子が周りにいない時は。

 この台詞は友だちとして飲み込んだ。

「でも、その後、他の方々と」

 気を取り直したようにマリーが身を乗り出す。

「あーまぁその後は……」

 別に何もないんだけど……。



 ジェイはまだ飲んでたけど、わたしは頃合を見て上がった。

 二日酔いの心配もそうだけど、お風呂に入りたかったのだ。

 宿には共同浴場が付いていた。けど、所詮村の宿の浴場、一度に三四人が入れる浴場が一つしかない。「そういう」宿ではないので混浴にはせず、時間帯で男女が別れていた。

 女性の時間帯は十時まで。二十分しかない。フライングで入ってくる男もいないとも限らない。わたしはダッシュでお風呂を使った。

 ……と慌しく部屋に帰ってきたのは十時ジャストだった。

「入った気がしない……」

 ぼやきながら髪の毛をごしごし拭いていると、ノックがした。

「……レティさん?」

「クリス? ちょっと待って」

 寝巻きだったので、上にガウンを引っ掛けた。……ちゃんとしたところとか、ちゃんとした相手とかならこの格好で出ようとは思わないけど、相手は一年一緒に野営も雑魚寝もした仲間だから。

 ドアを開けると、もじもじしたクリスが立っていた。ちょっと顔が赤いように見える。

けれど。

「すみません、夜分に」

 ほーら、もじもじしているのはわたしのこの格好のせいじゃなく、遅い時間のせい。

「ううん、大丈夫。どうしたの?」

「ええ……明日には城下に入るので、もう一度治癒をしておこうかと思いまして……」

 クリスはわたしの左腕をちらちら見ていた。

「え、もう傷塞がってるよ? 痛みもないし」

「あの、でも、痕が……」

 泣きそうな顔で、クリスは言った。わたし本人よりも傷を気にしてるようだった。

「いやでも、痕って言っても」

 さらに泣きそうな顔で、クリスは言った。

「すみません。レティさんに傷を付けてお城にお返しする訳にはいかないんです! お父上やユーリ様になんて言われるか」

 ……はい?

「アデルハート様に殺されます」

 ……わたしはそれから小一時間、クリスの治癒を受け続けた。



「……本当に殺されたいようですねぇ」

「がっかりですわ」

 アデルとマリーはこめかみを引きつらせて言い放った。

 ああ、今を時めく男たちも、この二人にかかったら形無しだなぁ。

「でも、この最後の治癒が効いて、ここまで薄くなったんだよ」

 がんばりすぎてわたしの部屋でぶっ倒れ、部屋まで運んであげたのは内緒にしておいてあげる。

「いや、でももう一人いる!」

「そうですわ、アデル様のお弟子さんなら!」

 ……絶対期待はずれだと思うけど……。

 作り話をする訳にもいかず、正直に話すと……。



 クリスを部屋に運んで、ふと思いついて隣のキースの部屋をノックした。いつもは宿に泊まる時は「男部屋」「わたし」と二部屋なのだが、今回はもう最後の宿なので、一人一部屋使っている。

「起きてる? わたし」

「どうぞ、開いてる」

 キースは流石に黒のローブを脱いで、ラフなシャツとズボン姿になっていた。お風呂を使ってきたのか、髪の毛が濡れている。こんな姿は割りと見慣れているのに、なんだか色っぽくてどぎまぎする。

「薬もらいにきたんだ」

「二日酔いの?」

「うん」

 キースはテーブルの上の薬包をひとつ摘み上げて、わたしの手に握らせると、その手をぽんっと軽く叩いた。

「寝る前にぬるま湯で飲むこと」

「ありがとう。おやすみ、キース」

「おやすみ、レティ」

 わたしは部屋に帰って、薬を飲んで、寝た。



「……我が弟子ながら不甲斐ない」

「……がっかりですわ」

 すみませんねぇ。ご期待に添えなくて。

 なんだか怒りを通り越して、ほんとにがっかりしてしまったらしい二人は、同じ格好でテーブルに突っ伏していた。

「でも、すごく効くんだよ、キースが調合した薬」

「当たり前です。わたしの弟子なんですから」

「このフォローが一番的外れですわ、レティ様」

 うう。こちらにまで飛び火してるよ。

「わかりました。三者三様ですが、三人とレティはこれからだと言うことがよくわかりました。わたしのいない間、進展があったら、逐一教えてくださいよ、マリーさん」

「心得ましたわ、アデル様」

 もともと仲の良かった二人だけど、ここまで意気投合する仲だったとは知らなかった……って、「わたしのいない間」?

「なに、アデル、どこか行くの?」

 マリーと手を取り合っていたアデルがはっと我に返ったような顔をした。

「そうそう、大事なことです。忘れてました。今後の予定です。実は隣国フェランツェのルイ王子が結婚することになりまして。わたしは明日隣国へ出発します」

「あら」

 ルイはわたしと同い年。結婚話があってもおかしくないけど。なんでこんなにアデルが微妙な顔をしてるんだ?

「……うちと同じく『破壊するもの』に国中を荒されて、そもそも結婚どころじゃなかったんですよ。婚約はしていたものの、しばらく国が落ち着くまで……レティたちが『破壊するもの』を倒すまで、結婚は伸ばそう……国はそういう方針だったらしいのですが、あの馬鹿王子」

 アデルが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「出来てしまったんですよ、お子が」

 は?

「えーと、そのつまり、待ちきれなかったと」

「……レティ様、はしたないですよ」

「それも、お子が出来たと分かったのが三ヶ月ほど前なんです。流石に『破壊するもの』が好き放題暴れている間は式も挙げられないので、このタイミングの『破壊するもの』打倒の報告は隣国にとっては願ったりかなったり。お腹が目立つ前に急いで式を挙げることになりまして、で、それに出席しろと」

「本当は陛下に招待状が来たんですけど、レティ様も帰っていらっしゃいますし、荒れた国を放っておいて隣国に滞在することは出来ないと陛下が仰って」

「名代でわたしが行くことになったんです。馬鹿馬鹿しい」

「……まぁ、平和になったんだし、一国の世継ぎが結婚して、更に子どもも生まれるって、めでたいよ。そんなに怒らなくても……」

 わたしのとりなしにも、やはりアデルは聞く耳を持たなかった。

「ようやくレティが帰ってきたというのに、何故わたしが十日間も!」

「……ええと、で、今後の予定ってのは?」

 機嫌の悪くなったアデルに代わって、マリーが説明してくれた。

「平和になり、レティ様たちも無事にお戻りということで、城下ではこれから一週間ほどお祭りが行われることになります。城からも無料でぶどう酒が振舞われることになりました。レティ様たちのお元気な姿を見たいという一般市民の方々も大勢いらっしゃいますので、これから三日間ほどは、朝バルコニーから城下にお手を振っていただきます。そうですね、一時間くらいでしょうか」

 お手振りか……あれ優雅に見えるけど、正装で立ちっぱなしだから、むちゃくちゃ辛いんだよな。

「午後から、陛下、財務大臣、外務大臣たちが、レティ様との会談を希望してらっしゃいます。国内外を回られたレティ様の生の意見を聞かせて欲しいとのことでした。おそらくこの会議には、騎士団長のカール卿も参加されるかと」

 そう、ね。

 実は、この手の会議はわたしの方から申し出ようと思ってたくらいのことなので、これには素直に頷いた。

 国政は王や大臣がやっているけれど、直接民の暮らしを見ている訳じゃない。王家の者が一年間も市井を旅するなんて、すごく貴重な機会だ、ちゃんと見て来い。

 そう言って送り出してくれたのは父さまとアデル。ちゃんと報告をしなくちゃ。

「夜からは、城内でパーティーです。貴族の方々や有力商人の関係者の方々が参加されます」

「……パーティーか。それが一番疲れるなぁ」

 長時間の正装。ダンスも多少は踊らないといけないだろう。ジェイかキースと踊ってればいいか。この二人と踊ってる分には、誰も文句は言わないだろう。いや、むしろ喜ばれるな。無事に帰ってきた勇者たちが美々しく踊ってれば。

 クリスは聖職者だから、たぶんパーティーは免除されるだろう。その代わり、おそらく神殿で長時間のお勤めがあるはずだ。


「あと……わたしの個人的な用事なんですが、お付き合いいただけますか?」

 誘ってる割に厳しい顔つきでアデルが言った。珍しく歯切れが悪い……ような気がする。

「出発前に……あの女に会ってこようと思っています」

 マリーの顔色も変わった。わたしも流石に居住まいを正す。


 あの女。

 アデルがこういう呼び方をする女はただ一人。

「……ベロニカ……ナロウ伯爵夫人」

 あの女。デリクの義母。先の国王ゲオルグ王の弟君ナロウ伯爵の後妻。

 ユーリの父親レオン王とわたしの母親レナ王女の父親がゲオルグ王。その弟君ナロウ伯爵は年齢が行ってから娘と言っていいほどの若い後妻をもらった。それがベロニカ。

 わたしとユーリからすると、大叔母にあたるのか。

 ナロウ伯がご存命の頃からデリクとは男と女の仲だとも言われている。義理とは言え親子なのに。

 レオン王を焼死させた、デリク。それを指示したベロニカ。

 証拠はない。証拠はないが、身内では彼らの罪は揺るぎない。

 デリクは領地で蟄居。ベロニカは城下の外れの尼僧院に幽閉されて、もう三年になる。

「今回も証拠はありません。ただ……『破壊するもの』を召喚し、国家転覆を図るなど、あの女の所業としか。今なら、『破壊するもの』が倒され、召喚した者には反動でダメージがあるはずです」

 ダメージを受けている現場を押さえて確信を得たいとアデルは言う。

 客観的な証拠にはならないだろう。状況証拠にしかならない。ただ、白銀の賢者が確信を得たいのだろう。

 あの女が犯人だと。


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