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その3

「ばふー」

 部屋に戻れたのはそれからたっぷり二時間後だった。

 もう夜中近かったけど、お風呂に入って部屋着に着替えてふかふかのベッドに突っ伏して、あーようやく人心地ついたー。

 とノックがした。

「どーぞー」

「……レティ様?」

 入ってきたのは、侍女のマリーだった。湯気の出ている茶器を乗せたお盆を持っていた。ドアを開けていたのは、銀髪の年齢不詳男アデルだ。

「マリー! ただいま!」

 がばっと身を起こし、お盆を奪い取ってテーブルにおいて、マリーに抱きついた。

「会いたかったよーマリー。マルクは元気?」

「まぁまぁレティ様ありがとうございます。マルクも元気です」

 わたしより数歳年上なマリーは、わたしがただの領主の娘だったころからのわたしの侍女だった。姉代わりといってもいい。怪物退治なんかしているわたしよりも小柄で華奢でかわいい女性だ。わたしが旅立つちょっと前に厨房のマルクと結婚した。

 こほんこほんとわざとらしい咳がした。

「あー、いつまで女同士で抱き合っているのかな」

「あ、アデルいたんだ」

 もちろんいるのは知ってたけど。さっき人を赤面させた罰だ。

 マリーがとりなすように言った。

「ま、お茶にしましょう。サンドイッチも持ってきました。あまりたくさんは召し上がらない方がいいですけど、夕食を召し上がってないって聞きましたので」

「やったー」

 マリーがテーブルをセットする。たぶんこのサンドイッチもマルクが作ってくれたんだろう。アデルとわたしはそれぞれ席についた。

「祓えたようですね」

 アデルがにこやかに言った。

「え?」

「先ほどまで、若干魔が残っていたような気がしたんですが、今はきれいです」

 魔が残っていないので、きれい。

 そういう意味だと分かっててはいても、面と向かって「きれい」と言われてちょっとあせる。

「アデルハート様、レティ様を口説くのはお二人の時にしてください。レティ様が困ってらっしゃいます」

 ……言わなくていいからマリー、しかも的外れだから。より赤面する羽目になる。にこにことしているマリーとアデルを等分に睨みつけ、わたしは結局笑ってしまった。

 アデルはキースの師匠、魔術師だ。キースが黒髪で「漆黒の魔術師」と呼ばれているのと同様、アデルもその髪色から「白銀の賢者」と二つ名を持っている。あの三人よりも城下で人気がある美貌の魔術師だ。

 彼がいつからこのクィンバート国の宰相を勤めているのか、わたしは知らない。

 一般に魔術師は長命だ。アデルはわたしが子どもの時から白銀色の美青年の宰相閣下で、おそらくわたしがおばあさんになってもそれは変わらないだろう。

 彼が後ろ盾につけば、ユーリがたとえ九歳で国王になったとしても、どうにかなったんじゃないかと思うんだけど。まぁ、アデルは面倒くさいことが嫌いだからな。

「で、どうだったんですか、首尾は」

 マリーも席について、三人でサンドイッチをぱくついた。いや、主にぱくついているのはわたしだけど。

「ん、やっつけた」

「あの魔法を使ったんですの?」

 マリーがこわごわ聞いた。あの魔法は、敵に傷つけられないと使えないってことを知っているからだ。

 わたしは左腕をまくって見せた。

 あの後すぐに、クリスがほとんど倒れるまで治癒魔法をかけ続けてくれたおかげで、腕は機能としては元通り。まだ白く傷痕が残っているけど、もうちょっとすれば完全に消えるだろう……と思っている。

 腕の痕を見て、マリーが口を押さえ、アデルが目を細めた。

「……あの神官は無能か」

「いやいやいやいや、わたしがちょっと深く切られすぎちゃっただけだから。クリスは倒れるまでわたしに治癒魔法をかけてくれてたんだから」

 実際、怪我していたのはわたしだけではなかったのに、クリスはわたしを治癒し続けてくれた。ジェイとキースも「俺たちはいいから」と遠慮してたし。薬草をすり込んでいる彼らを見て、申し訳なくて申し訳なくて、やめてもらったのはわたしだ。

「まだ二週間しか経ってないからさ。もうちょっと経ったら消えるよ、こんな傷」

 わたしは慌てて袖を戻した。見せるんじゃなかったなぁ。アデルはまだ厳しい顔してるし、マリーは若干引き気味だ。

「そうそう、一年もいなかったからか、ユーリ大きくなったねぇ」

 無理やり話題を変える。乗ってくれたのはマリーだ。

「ええ。この一年で十センチ近くも背が伸びましたし。わたしはそろそろ抜かれますね」

 確かにユーリはわたしの顎を越そうという勢いだ。マリーはわたしより小柄だから、もうあと一年もしないうちに抜かれるだろう。

「両陛下を亡くされた時は、このままユーリ様までどうにかなってしまうのではと心配申し上げていたんですけど、今ではもう元気すぎるくらい元気になられて。あ、でも」

 マリーが思わせぶりに言葉を切った。アデルも顔をほころばせた。

「レティ様がご出発された後は、もう大変で大変で」

 わたしが出発する時。思い出す。ユーリに泣かれるんじゃないかと、朝早く挨拶せずにこっそり出発したんだ。手紙をマリーに託して。……やっぱり大泣きだったのか。

「僕も行く! と仰って」

 ナニ?

「どこから持ち出したのか、丈夫な旅用の服とか大振りのナイフとか荷造りなさって」

 ナンダト?

「いやぁ、携帯食料やランプや毛布まで荷造りしたのは脱帽だったね。賢いね、あの子は。いい国王になる。ミハエル王の教育がいいんだな」

「あの時はアデルハート様が見つけてくださらなかったら、本当に家出なさってましたものねぇ」

「なんだかそんな気がしてねぇ。やっぱりユーリも男の子だから」

「っちょっとまった」

 和んでる二人にまるっきり置いていかれている。

「つまり、なんだ? ユーリはわたしが旅立ったのを知って、追いかけてこようとしたってこと? しかも万端に旅支度をして」

「ええ。男の子ですねぇ」

「男の子だねぇ」

 その感想が分からないけど。

「……無事でよかった」

 ほっとする。自分の身ならどうにでも守れる自信はあるけど、知らないところでユーリがそんな無謀なことをしようとしていたのかと思うと、震えがくる。


「で、レティ様はどうだったんですか」

 マリーが身を乗り出す。心なしか、アデルも身を乗り出しているように見えた。

「……なにが?」

 さっぱり分からないので、お茶を飲んだ。ちょっと冷めちゃったな。

「ナニが?って嫌ですわーレティ様ったら」

 マリーが身をくねくねさせる。

「あのお三方のどなたですの、レティ様の恋人は」

 ……はいぃぃぃい???

 こ、恋人って。

「一年間もずっとご一緒だったんですし、ねぇ?」

「三人とも見目のいい健康な男子だし。何かあったんだろ? ん?」

「なにもないです!!!」

 顔に熱が集中するのが分かる。耳たぶが熱い。

「そんな赤くなってて、何もないことないでしょう」

 いや、実際何もないから。面と向かってそんなこと聞かれてびっくりして、顔が反応しちゃっただけだから。

 そりゃ単純に「あーかっこいいなー」とか思ったことだってあるけど、それだけだから。

「それに、この旅はそんな甘っちょろいもんじゃなかったから!」

 言い放つと、流石に二人は頷いた。けれど。

「じゃぁ、この帰りの二週間。昨日のパーンの村でとか。あったでしょう、何かしら」

「そうですよね。今日になったら城に着くことが分かってるんですから、昨日の晩は最後のチャンスですものね。魔王を倒して城に帰る勇者たちが泊まる最後の宿ですよ。古今東西、ここでは何かしら起きるって決まってるんです」

 断言ですか。

 やっぱり二人は目をきらきらさせてわたしを見る。

 そんな期待されてもなぁ。何かあっただろうか。昨日の晩のことを振り返る。

「昨日の晩は、四人で飲んで」

「で?」

「で、朝早く出発するって言うから、わたしは早めに上がって」

「で???」

「で……」

 あれは何かあったことになるのか?

 むしろ何もなかったことになると思うんだけど……。


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