その30
「――レティ、レティ?!」
アデル!! 『白銀の賢者』!!!
アデルの姿は宙に浮いていて、なんだか後ろが透けて見えている。幻影?!
「アデルっ!」
叫んだわたしに、しかしアデルは一つ頷いただけで、視線を逸らす。誰かを探すように。
「――ユーリ、聞こえるね、ユーリ」
「アデルっ!」
ユーリの声は案外としっかりしていた。おそらく、死ぬほど怖いだろうに。
白銀の賢者は、ユーリに微笑む。
「……ユーリ、君は何をしているんだい? 君は今は無力な子どもじゃない。戦いなさい、ユーリ」
――何、言ってるんだ、アデル!
言われたユーリはぎょっと目を見開き、手にしていたナイフを見つめる。
「……そうか!」
キースが叫んだ。
「ユリウス、お前は今なら子どもじゃない。どう見ても、成人している。成人しているのなら、あの魔法が、『浄化』が使えるはずだ!」
ユーリは呆然とキースを見た。
「お前の傷は、『破壊するもの』にやられた傷だ! 『浄化』の魔法の条件は、成人したクィンバートの人間と魔物の体液が混じった状態での呪文だ!」
ユーリはわたしを見た。
その目がみるみる強くなり。
「レティ!」
わたしのそばに駆け寄ると、わたしを抱きしめた!
ユーリの首の傷からにじむ血と、わたしがかぶっていた『破壊するもの』の体液が混じる。
「……わたしの血と名において命ずる……」
わたしたちの身体が光り始める。ユーリとわたしはデリク/『破壊するもの』を睨み付けた。
「馬鹿な……ユリウスだと……?!」
はじめてデリク/『破壊するもの』が狼狽したような声を上げた。
「――浄化せよ!!!!」
信じられないほどの白い光に目がくらむ。身体から根こそぎ気が持っていかれる!!
「ぐ、ぐ、ぐぁあああああぁぁぁぁあぁぁっっ!!!」
目の前の身体にしがみつく。ユーリもわたしにしがみついた。二人で支えていないと、魂まで持っていかれるような激しい波動。
「ぐおおおおぁぁぁぁああああぅううぅうおおおお!!!!」
吐き気がするような瘴気が後から後から『破壊するもの』の口から吐き出される。
「くたばれ、『破壊するもの』!!!」
ユーリらしからぬ暴言を聞いた時、いっそう気が高まって。
わたしは、耐え切れずに気を失った……。
――気を失っていたのは、どうやら一瞬らしい。
白い光の収束と共に、わたしは意識を取り戻した。
邪悪な気配はもう既になくなっている。辺りを見回そうとして、まだユーリと抱き合っていることに気付いた。
わたしはお互いに寄りかかっていた身体を少し離して、ユーリの顔を見た。
呆然と目の焦点が合っていない。
頬を少し叩いてやると、ユーリはようやく二、三度瞬きをする。
「――レティ……『破壊するもの』は?」
わたしは地面を指差した。
――デリク/『破壊するもの』の姿は形をとどめていなかった。地面に人型に黒くしみを作り、いまや肉片すらも残っていない。今回はあの石も消し炭になったようだった。
キースはわたしたちから数歩の距離で膝をついている。わたしを見て、頷いた。なんとか無事なようだ。
「――ジェイは?!」
クリスがジェイの傷を調べている。クリスは頷いた。
「大丈夫です。キースと同じような場所ですけれど、流石急所の外し方は心得てますね」
「っく、早く、手当て、し、ろ」
驚いたことに、腹を貫かれていてもジェイは意識を保っていた。脂汗が流れ、顔面は蒼白だけれども。
クリスの右手が温かい光に包まれる。
「――癒しよ」
ジェイの傷はみるみる塞がり、対照的にクリスの頬がげっそりとこける。
「……すみません、これ以上は……」
「いや、十分だ。すまない」
ジェイは起き上がり、でもまだ立つことは出来ずに座り込んだ。
――終わった。ようやく終わったんだ。
わたしは息を吐いて、どうにか笑みらしき表情を作った。