その28
「ば、馬鹿な! お前、仮にもクィンバートの血を引く者が、『破壊するもの』に身体を与えるなんて!!」
デリク/『破壊するもの』は人間離れした爪を振う。わたしはユーリを突き飛ばして、自分も大きく飛びずさった。ユーリは自分が邪魔になると判断したんだろう。大人しくわたしから離れ……いつの間にかエリスに対峙されていた。
「ユーリ!!」
「……人の心配をしている場合かぁ?」
デリク/『破壊するもの』は外見も大きく変わっていた。
肌は黒ずみ、ゴムのように滑らかになった。身長もわたしの倍ほども大きくなる。服はどういう魔法か消えてなくなった。爪は伸びて曲がり、あろうことか人間とは絶対的に相容れない尻尾が生えている。
デリク/『破壊するもの』はその尻尾を振るった!
大きく飛びずさりながら、わたしはエリスに向かってナイフを投げ、デリク/『破壊するもの』のその尻尾に剣を突き立てる。
「なにっ?!」
キン、という金属音がして、魔法の剣が弾かれた。右手がしびれる。
全然硬く見えないのに、この剣が弾かれるなんて! 前回の戦いの時は、もっと柔らかかったはず!
エリスに投げつけたナイフも、彼女には届かない。
魔法か?!
床に転がったナイフを、ユーリが拾い上げて構える。
デリク/『破壊するもの』が瘴気を吐く。どす黒い瘴気は吸い込んだら毒だ。わたしは黒い気の塊を剣で切って捨てた。
鉤爪が来る! 剣で受ける!
「っく!」
圧倒的な体格差が恨めしい。弾き飛ばすのは難しく、剣を傾がせ受け流す。
片膝を付いたわたしに逆側の鉤爪が来る!
身体を投げ出し、逆に奴の懐に入る。
足の腱を狙い、剣を凪ぐ!
浅手しか与えられなかったが、すぐに身体を投げ出して奴から間合いを取った。
「効かねーなぁ、そんなんじゃ」
足の表皮を薄く傷つけただけか?!
デリク/『破壊するもの』はその両手に火球を乗せる。わたしに向かって投げつけると同時に、鉤爪を振るう!
火球を剣で切ろうと構えたわたしの直前で火球が割れる! 八方から襲う火球はかわすのが精一杯。
「ぐぅっ!!」
更に、鉤爪の先端に左足の肉がごっそりと持っていかれる!
その時。
ずぅぅうううん!!!
天井が、みしりとたわみ。
ずぅうううぅううん!!!!
ばらばらと大小の石が落ちてくる。デリク/『破壊するもの』はどこか面白そうに天井を見上げた。 もうもうとした埃に、わたしは口元を押さえる。
ずうぉううううぅぅん、どおおおおおおん!!!
――完全に落ちた天井の上から、懐かしい声が降ってきた。
「正義の味方は高いところから現れるって、どこの国の御伽噺だっけ?」
ジェイ!!!
しゅたっと、それこそ御伽噺じみた擬音が聞こえてきそうな感じで、わたしの横にジェイが降り立った。そのまま大剣を抜く。
エリスとにらみ合っているユーリの近くには、キースと彼にしがみついたクリスがふうわりと降りてきた。キースの顔色は紙のように白く、唇の端から血が一筋流れている。
「遅い!」
わたしはこんな状況なのに嬉しくなって、思わずジェイに噛み付いた。
ジェイはにやりと笑う。
「お前こそはぐれてんじゃねーよ」
「――癒しを」
ぽぅっと暖かい白光がわたしを包む。クリスの癒しの魔法に、痛みはまだ残るものの、わたしの左足の傷はふさがった。
「遅くなってすみません、レティさん、ユリウス様」
にこりとクリスが笑う。
「無事だな、レティ、ユリウス」
キースも笑う。凄絶な笑みだ。天井を……彼らにしてみたら、一階の床を破るのに、相当な魔法を使ったのだろう。
「――デリクは気でも違ったのか? あんな化け物と一体化するなんてな」
流石に冷静だ。状況を見て取っている。キースはエリスを見て、目を細めた。
「使い魔が。ようやく正体を見せたか」
けけけ、とエリスが嗤う。エリスの身体の回りに、魔法の揺らめきが現れた。
クリスがユーリを連れて、やや後方に下がる。キースの周りもエネルギーが陽炎のように揺れている。
わたしとジェイは改めてデリク/『破壊するもの』に向き直った。
にたり、とデリク/『破壊するもの』が嗤った。
奴の両手が黒い光……としか言いようのないものを集めている!
魔法が、来る!
セオリーどおりに散開しようとしたわたしたちに、キースが鋭く叫んだ。
「まずい、みんな、俺につかまれ!」
え、と振り返ったわたしは、ジェイに腰をつかまれて、キースとジェイに挟まれる。クリスはユーリをかばいながら、同じくキースにつかまる。
「……fly」
以前わたしを抱えて飛んだ時とは比べ物にならないくらいの勢いで、わたしたちは上昇する!
「――盾よ!」
クリスが、不安定な態勢ながらも、みんなに守護の呪文をかけた。
と、その時!
黒い光が、地下室に充満し。
ずうううぅうおぅうううぅうんんんんん!!!!!
爆発する!!
どおおおおおおうおうおうおぉおおんん!!!!!
一塊になったわたしたちは、爆風にあおられ、壁や石にぶち当たる。
右も左も上も下も分からないくらいに、身体を翻弄される。わたしは目の前の黒い身体にしがみついた。
誰かの手がわたしの頭を庇うように抱く。
「ぐっ!」
叫んだのは誰だったのか。
わたしたちは受身も取れずに墜落した!
――土ぼこりがひどく、息が苦しい。
吐き気を抑えながらわたしは跳ね起き、辺りを見渡してぎょっとしてしまう。
――城は、完全に瓦礫と化していた。