その27
思えばデリクとはあれ以来会っていない。あの日、わたしがデリクを骨折させたあの日。
デリクは驚くほど変わっていなかった。
中背の均整のとれた体躯。濃い金髪、酷薄そうな青い目。口もとがややだらしなさそうなのに目をつぶれば、こんなのでも男前の部類に入るだろう。
子どもの頃はもっと大柄な男だと思っていたけれど、これはわたしの身長が伸びたからか。
豪奢なベロニカはこの前会ったあの時のまま。外の自由な空気に触れて、相棒のデリクのそばに来れて、ますます美しくなったように見える。場違いにドレスを身につけているのにぞっとする。
もう一人、見覚えのない少女……いや、どこかで会ったことがある?
小柄な、小動物を思わせる可愛らしい容貌。今は黒い皮の身体にぴったりとしたボディスーツを身に着けているが……。
「……あの時の子か」
わたしが黒装束に襲われた日、わたしを誘き出した道を尋ねた少女。
「あら、エリスも『暴力娘』の記憶に残っていたみたい。光栄よねぇ?」
ベロニカに言われて、少女は、にたりと嗤う。
……エリス?
わたしは今度こそ目を見開いた。尼僧院でベロニカの身の回りの世話をしていた、あの少女か! 尼僧院にもベロニカの手の者が入り込んでいたということか!
奥歯を噛んで、わたしは大きく息を吐き出すと、平静を装った。
「美人になったって聞いていたから期待していたんだけれど、大したことないな。もともと赤毛は好みじゃないし」
デリクは人を上から下まで無礼な目つきで見やりながら、更に無礼なことを言う。
「あんたの好みに合おうなんて思ってないわよ」
「そうか? お前が俺の好みに合っているかどうかは、お前の死活問題だと思うがなぁ。まぁ、好みからズレている女を調教していく楽しみもあるか」
「……お坊ちゃんは夜が早いようね。寝言が聞こえるわ」
「お前こそ、自分の夫になる男に暴言が過ぎるんじゃないか?」
自分の夫、という台詞に、背後のユーリが身体を強張らせる。
「あんたと結婚とか、やめてよ気持ち悪い。マザコン男は趣味じゃないわよ」
吐き捨てると、デリクはにたりと嗤って隣のベロニカの腰を引き寄せた。
「マザコンか……ふ、上手いこと言うな。こいつ以上にいい女がいないんだからしょうがないだろ?」
舌でベロニカの喉を舐める。ベロニカはくつくつと笑い、エリスは自分からデリクの肩にしなだれかかる。
正直、げんなり以上に気色悪い。
それ以上に、もうこんなシーンはユーリには見せられない。
「あんたたちの相手は後でじっくりしてあげるわよ。『破壊するもの』はどこ? わたしは奴を今度こそ倒しに来たのよ」
ユーリから出た『破壊するもの』は石に移っているはず。
だが、今のところ『破壊するもの』の気配はない。
デリクはにたりと嗤った。身振りでベロニカとエリスを下がらせる。
ベロニカは優雅に壁際のソファに腰を下ろした。エリスはその横に従者のように控える。
「――お前、本当に気づいてないんだ」
懐から、あの石を取り出した。デリクは石に口づける。
石が、ここにある……?!
はっとデリクの顔を見ると。
「……デリク、馬鹿なっ!」
赤い、赤い目。
「『破壊するもの』は、俺さ」
デリクはそう言うと、赤黒い石を長い舌で巻き取ると、一気に飲み込んだ。