その25
わたしたちは馬を代えながら走り続け、ナロウ伯爵の城に着いたのは、翌日の夕方頃だった。
ジェイの後ろにクリス、わたしの後ろにキースが相乗りをしている。キースはもちろん、クリスもキースの治療で消耗していたので、ちょっとでも休めるように後ろに乗ってもらった。
もちろん、騎馬の民でもないクリスもキースも馬上で眠るなんてことは無理だけれど。
わたしの腰に手を回しているキースの手は、命の心配をしてしまうくらい冷たい。
わたしも徹夜のせいで片頭痛が起きてきているが、そんな泣き言も言っていられない。
城の近くの村の宿屋に馬を預け、わたしたちは徒歩で城に近づいた。
「で、どうやって入る?」
当然いる門兵に気取られないくらいの距離で、わたしたちは城を見やった。
「親戚だろ、レティ。抜け道とかないのかよ」
「無茶を言わないでよ、ジェイ」
自分ちの城なら抜け穴の一つや二つ知ってはいるけれど、流石に他所の城までは知らないよ。普通、知るわけがない。
「……ユリウスがどこにいるのかを探る。それから、そこ以外にいる人間を眠らせる」
相変わらず顔色の悪いキースが言った。
「それこそ無茶だろ、キース。絶好調の時のお前ならそれくらい朝飯前だろうが……」
「何人いるか分からない私兵を切りながらユーリを探す方が無茶だろ」
「わたし、短時間ですけど姿を見えなくする魔法が使えますけど……」
クリスが手を上げたけれど、キースは首を振った。
「『破壊するもの』との戦いになったら、レティは必ず血を流さなければならない。治療役は力を温存しておいたほうがいい」
わたしの使う『浄化』の魔法は、必ずその対象者から傷を負わなければ使えない。わたしはまず『破壊するもの』に上手いこと浅く傷つけられなければならないのだ。
……結局、キースの言うとおり眠らせることになった。
「……地下、だな。あの城には地下室があるか?」
ユーリの居場所だ。
「前ナロウ伯爵は相当のワイン好きで知られてたの。たしか、地下にワインセラーを作っていたと思う」
「ユーリは、おそらくそこだ」
キースは眉間にしわを寄せた。彼の魔力高まりとともに、わたしたちの肌がぴりぴりしだす。産毛が逆立った。
「……sleep」
ささやくような呪文だったが、キースはがくりと膝をついた。
顔色が更に悪くなっている。
「……歩けるか?」
「……馬鹿に、してる、のか?」
息も絶え絶えじゃねーか、というジェイのつぶやきはキースには届かなかったようだ。
クリスがキースを支えて立たせてやる。
「俺が先頭。キースとクリスが中。レティが後ろ。いいな?」
ジェイがいつものように、指揮をとり。
わたしたちは、ナロウ伯爵の城へ突入した。
「……本当に眠ってるねー」
「疑ってたのか?」
門兵も、庭師も、侍女も、城の中の私兵も。
それぞれの持ち場でみな座り込んで眠っていた。
「余計なことはするなよ。ただ眠っているだけだから、きっかけがあれば目を覚ます」
ロビーで眠っている侍女さんのスカートを直してあげようとしたら、キースに釘を刺されてしまった。
わたしたちは眠っている人たちに出来るだけ近づかないよう、下へ降りる階段を探した。
……廊下はまだランプに火を入れる前だったのか、薄暗い。
もう侵入はバレているだろうが、わざわざ自分たちの居場所を知らせる事もない訳で、わたしたちは押し黙って一つ一つドアを開けてゆく。廊下はじゅうたんを敷いていないところもあり、足音にも気を配らなければならなかった。
キースの息遣いが苦しげだ。
……みな眠っている訳なので、この隊列にはたして意味があるのか微妙に思えてきた頃。
一応、後ろに警戒をしながら曲がり角を曲がると。
「……うそ?」
わたしは一人、はぐれていた。