その24
「意識が戻りましたよ」
げっそりと頬をやつれさせて、クリスが礼拝堂に顔をだしたのは、もう夜半過ぎだった。
あの後、礼拝堂にいたグスタフ司祭とクリスに治療室に来てもらい、二人がかりでキースの治療にあたってもらった。途中、グスタフ様にはマリーの容態も診てもらい、マリーは今は自分の部屋で眠っている。
わたしも一度部屋に戻って、着替えを済ませた。魔力を宿したシャツの上から、やはり魔法で強化された軽鎧を着け、使い慣れた剣を腰にナイフをベルトにと、完全武装している。そういつまでも下着のような格好ではいられない。
わたしとジェイと父さまとカール卿が、礼拝堂でキースの意識が戻るのを待っていた。
「もう少し傷がずれていたら、もう少しここに来るのが遅かったら、わたしたちはキースを失うところでしたよ」
ふーっと大きくため息をついて、クリスは言った。行儀のいいクリスが、珍しく水差しから直接水を飲む。
「……会っても……話しても平気?」
「会いたいだろうと思いましてね、呼びに来たんですよ。どうぞ」
怪我人がいるところにどやどやと押しかけるのも、と思うけれど、わたしたちは事情を聞かないといけない。
わたしとジェイとクリス、父さまとカール卿とグスタフ様が部屋に入った。
――キースはまだベッドに横たわっていた。ずたずたの黒のローブは脱がされて、真っ白い治療着を着せられている彼は、なんだか別人のように見えた。
傷はふさがり、意識も戻ったとはいえ、あれだけ血を失ったんだ。まだ青白いキースの顔を見て、わたしは喉の奥が熱くなった。
「……怪我人を見るのは別に初めてじゃないだろ。そんな顔しないでくれ」
「……『漆黒の魔術師』様がこんな大怪我をするのは初めてじゃない」
掠れてはいたけれど、案外強い声にほっとして、わたしは軽口を叩いた。
椅子は一脚しかない。女性であるわたしが座るべき、と男性陣が座らないので、わたしはベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
「……『漆黒の魔術師』、ね。いやぁ、完敗だった」
自嘲のように笑いながら、キースは言った。
「アレは、『破壊するもの』、だな?」
わたしが頷くと、キースも頷いた。
「やはり、な。……すまない。石を取られた」
石って……あの。
「『破壊するもの』の核になってたっていう、あの石?」
「……そうだ。アレは石を奪うと、俺の腹に穴を開けて消えた。飼い主のところに戻ったんだろう」
飼い主……ベロニカとデリクか?!
「俺にも一つ聞かせてくれ。……あれは誰だ? 『破壊するもの』は核なしでは実体化できないはずだ」
わたしは、礼拝堂でみんなに話したことを、もう一度キースに話して聞かせる。
「……あれは、ユーリ。わたしたちが帰ってきてから、ずっと成長し続けていたの。どういう目的か分からないけれど、多分『破壊するもの』のせいで」
「……ユーリ、か……繋がったな」
キースは大きくため息をついた。
「城内に黒装束を手引きした奴だ。探しても出てこないはずだ。狙われているはずのユーリじゃ、な」
わたしたちは頷いた。キースの意識が回復するまで、礼拝堂で父さまたちと話していたのだ。
恐らく、先ほどのようにユーリの意識を乗っ取り、黒装束を内側から招いたんだ。
……そうだ。この前、わたしが麻痺した日、治療室でキースは石を取り出した。
ユーリの前で。
あれであの石を今キースが持っていることを知ったんだ。
「なんで今日まで奴は動かなかったんだ? 殺そうと思えば、黒装束なんて手引きしないでも自分で手を下せただろう?」
ジェイがもっともな質問をする。
「おそらく、『破壊するもの』もダメージは大きかったんですよ。ユリウス様に憑いたはいいが、自由には動けなかったんじゃないでしょうか?」
クリスはおそらくと言ったけれど、たぶんそれが正解だろう。なんせ、一度わたしたちは奴を「倒した」と思ったんだから。
「……そうだ、なんでお前らここにいるんだ?」
キースががばっとベッドから起き上がる。まだだめですよ、とクリスがキースの肩を押さえたけれど、キースは意に介さない。
「『破壊するもの』は飼い主のところに戻ったはずだ。陛下を殺し、レティを拉致するのには失敗したが、『破壊するもの』は石を取り返し、ユリウスの身体を誘拐した」
クリスが息を呑む。
「言っただろう。デリクとベロニカの目的は玉座だ。ユリウスはただ邪魔なだけだ。『破壊するもの』はすぐに『石』に移される。ユリウスは殺されるぞ!」
わたしとジェイは頷いた。
わたしもジェイも、既に準備は出来ている。
「今から出かけるのよ。クリス、疲れてるところ悪いけど、付き合いなさい」
クリスはわたしたちの姿を見て、状況を見て取ったようだ。
「レティさん……分かりました。十分待ってください。十分で用意をします。グスタフ様、後はよろしくお願いいたします」
クリスは治療室をあわただしく出て行った。
「レティ……」
父さまには全然言っていなかったので、わたしは頭を下げた。
「ごめんなさい、父さま。『破壊するもの』を倒せる可能性のあるのは、わたしだけなの。荷物ももうまとめて通用口に置いてある。黙って行かせて」
「俺が、レティシア殿下を命に代えても守ります」
ジェイも頭を下げる。
「……俺も行く」
キースが起き上がる。わたしは慌てて押さえようとしたけれど、逆に制されてしまった。
「傷はふさがっている。後は失った血が回復するのを待つだけだ。いざとなったらクリスになんとかしてもらう」
クリス本人がいないのをいいことにむちゃくちゃを言う。
「キース君、君は一度死にかけたんだよ。命は一つしかない。無駄遣いはやめなさい」
グスタフ様は諭したけれど、キースはやはり首を振った。
「……足手まといだな」
キースの身体を思ってであろうカール卿の言葉にも、キースは鼻で笑った。
「足手まとい? なりませんよ。大体、みなさん『漆黒の魔術師』をこんなところに閉じ込めておけると思っているんですか?」
……無理だ。いざとなったら、キースはここにいる全員を魔法で眠らせることも縛ることも麻痺させることも出来る。ひょっとしたら、殺す事だって。
「レティ、悪いが馬には相乗りさせくれ。まだ一人じゃ無理だ」
「……わかった」
わたしはため息と共に了承した……するしかなかった。
キースは父さまに向き直った。
「陛下、一つお願いがあります」
「なんだね?」
「アデルにこのことを早馬で知らせてください。おそらくあいつのことだ。『破壊するもの』の気配は感じているでしょう。ただ、ユリウス殿下のことまでは……」
父さまは頷いた。
キースは、ベッドから立ち上がる。
ふらつくかと思ったけれど、しっかりと立ちやがった。
「……出発前にキースの家に寄る。で、装備を整えて、出発しよう」
だから、わたしも泣かずに言った。
……絶対許さない。
ユーリを拉致し、キースをこんな目に合わせた『破壊するもの』、ベロニカ、デリク。
わたしは絶対に許さない。