その21
それから更に二日が経った。
あれ以降まだ襲撃はない。
正直、リアクションしか取れない今の現状に、わたしたちはイライラしていた……。
「――この格好なら平気だよね?」
今日は、昼食を一緒にと、珍しく父さまから誘われて、わたしはそれこそ珍しく昼間から薄黄色のドレスを着ていた。
そうは言っても、身内だけの昼食だ。正装には遠い簡素なワンピースだけれど。
「ディナーではございませんから、正装でなくともかまわないと思いますわ。少なくとも、いつもの傭兵スタイルに比べれば格段にきちんとした格好ですし」
……毒があるなぁ。マリーをじっとりと見る。が、マリーは何か言いたそうにしていた。
「――実は、ユリウス様なんですけど」
唐突に出た名前にびっくりする。ユーリがどうした?
「もちろん、今日の昼食はユリウス様も呼ばれたんですけど……」
いつもはっきり言い過ぎるきらいのあるマリーなのに、何故か口ごもっている。
「なによ、ユーリがどうしたの? そう言えば、昨日今日と見かけていないけど」
帰国して既に十日。わたしは多少落ち着いてきたとは言えばたばたしていたし、これまでもパーティー以外ではあまり顔を合わせてはいないのだけれど。
ユーリはあの日以降、パーティーにも出てきていない。
「風邪でも引いたの?」
「……いえ……レティ様」
マリーは意を決したように、顔を上げた。
「おかしいんです。ユリウス様、ここ二日ほど、部屋に閉じこもってらっしゃるんです。お食事も部屋に運ばせて……でもキティの話だと、お食事を受け取りもなさらないとか。部屋の前にワゴンを置かせているんですって。キティはユリウス様のお姿を、ここ二日全く見てもいないんです。こんなこと、今までにはなくて……」
キティはユーリの侍女だ。
わたしにとってのマリーのように、家族に会わない日でも、自分付の侍女の世話には必ずなる。
そのキティさえ、ここ何日かユーリの姿を見ていない?
「食事はしてるんだよね?」
「……ご自分でワゴンを部屋に運んで、召し上がっているようなんですが……そう、キティは今朝、変なことを言われたと」
「……変なこと?」
「はい……レオン陛下の普段着を持ってくるように、と。朝食と一緒にワゴンに乗せてお持ちしたようですけど」
マリーの顔は曇っている。
ユーリはまだ十二歳の子どもだ。亡き父上を思うことはあるだろう。
でも、二日前までそんな気配は全然なかったのに。
「……よし。ちょっと様子を見てこようか……マリーも行く?」
「わたしは……そうですね、でもわたしが一緒だとユリウス様がお嫌かもしれませんし……」
マリーはユーリのことを心配している。
だからこその迷いだろう。わたしはひとつ頷いた。
「じゃ、こうしようよ。わたしが声かけて部屋に入れてもらうからさ、マリーは外で待ってて。何か持ってきてもらうものとかあるかもしれないし」
「……わかりましたわ」
マリーの顔がようやく晴れた。
キティから相談されて、マリーも悩んでいたんだろう。
心配なのはユーリだけれど……ちょっとメランコリックになってるだけならいいんだけれど。
わたしとマリーは連れ立ってユーリの部屋へと向かった。
ユーリの部屋の外で、ばったりジェイと出会った。近衛兵のジャックと話をしている。定時確認らしい。
「ご苦労様……ジャック、だったわよね。申し訳ないんだけれど、ちょっとだけ持ち場を離れてもらっていいかしら?」
ジェイは不審そうな顔をしたけれど、ジャックは「かしこまりました」と、ちょっと離れた廊下の端に立った。
「……不審者がレティに化けてたらどうするつもりだ、あいつ……」
ジェイは呆れたようにつぶやく。
「んで? 何してんだ、昼間っからそんな格好で?」
「父さまに昼食に誘われたのよ。ユーリも誘いにきたの」
ジェイに別に詳しく話すこともないだろう。わたしはあいまいに答えた。ジェイはじろじろとわたしを見る。
「じゃ送っていくよ。お前、その格好じゃ丸腰だろ?」
「……失礼ね、ナイフくらいは持ってるわよ」
「ど、どこにですか?! わたしが目を離した隙に……」
「……まーいいから早く誘って来い」
ジェイは壁にもたれて「待ち」の態勢になった。わたしは、マリーの視線を受けながら、ユーリの部屋をノックする。
「――だれ?」
「わたしよ、ユーリ。体調あまり良くないの?」
ユーリの声は、ちょっとくぐもって聞こえた。やっぱり体調が良くないのかしら?
「……レティ……レティ……」
……わたしから少し離れて立っているマリーとジェイには聞こえなかったと思うけれど、このユーリのわたしを呼ぶ声は、なんだか泣き声のように聞こえた。
「……ユーリ、開けて?」
……少しの沈黙のあと、がちゃりと鍵が開く音がした。わたしはマリーを振り返り、一つ頷く。
「レティさま……」
「ちょっと待っててね。本当に体調悪いみたいだから、薬持ってきてもらうかも」
……ドアを細く開けて、中に滑り込んだ。
昼間なのにカーテンを引いてある部屋は、南向きなのに薄暗い。カーテンの隙間から細く光が差し込んでいる。
……まず目についたのが、割れた鏡だった。
何かを投げつけて割ったかのように、中心からひびが入って割れている鏡。
……嫌な予感がした。ぴりぴりと首筋の産毛が逆立った。
「……ユーリ?」
ベッドの下に、シーツをかぶって座り込んでいる塊が見える。
その塊は、ふるふると震えているように見えた。
「ユーリ?」
もう一度声をかける。
塊は、ピクリと動きを止めると、意を決したように、するするとシーツを落とし。
「……だ、誰?」
中から現れた顔は、わたしの知らない男の顔だった。




