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その19

 じゃあ、と帰りかけた父さまを、キースは引き止めた。なので今、テーブルには父さまとキースとジェイとクリスがついていた。

「……さっきの『破壊するもの』が今回の誘拐に噛んでいるかもしれない、という話だが」

 キースの話に、父さまは驚いたようだ。

「『破壊するもの』は倒したんだろう?」

「……ええ。そうなんですが」

 さっきの「わたしを恨んでいる者」の話を改めてすると、父さまは青ざめた。

 それはそうだ。自分の娘をそれだけ恨みに思っている者がいるなんて。

「で……話がずれるようであれなんだが……」

 珍しく、キースの歯切れが悪い。

「レティとベロニカとの関係について、教えてくれ」

 わたしと、ベロニカの関係?

「関係もなにも……会ったことだってほとんどないよ? なんでそんなこと?」

 小さい頃、この城に遊びに来て数回会った程度だ。

「アデルは……わたしの師匠は、『破壊するもの』を呼び出したのはベロニカではないかと疑っていました。レティを殺したいほど恨んでいるのは『破壊するもの』でしょうが……上手く説明できないのですが、『破壊するもの』が噛んでいるのであれば、ベロニカのことも疑うべきかと……ええ、たとえばこの城に侵入した黒装束は誰が手引きしたのかとか、ピースが足りないのは分かっているんですが」

 キースは父さまにも話が分かるように、丁寧に話している。

 が、何を言っているのか、正直よく分からない。

 珍しい。キースがこんなに自分でも分かっていないことを話しているのは。

 父さまも考え込んだ。

「ベロニカと先代のナロウ伯爵が結婚したのが、レティが三つか四つの頃だったかな。あの結婚にはみんな驚いたね。ナロウ伯爵はもう五十歳くらいのお年だったが、ベロニカはまだ二十歳そこそこでね。デリクが当時十二、三歳だった。今のユリウスくらいだね。年に数回だったが、この城で親族一同が集まる日を決めていてね。年に数回は会っていたよ」

 ……そんなに会ってたっけ? 全然覚えていない。

「レティとベロニカとの接点はほとんどなかったが……あの一家との関係と言えばあの事件だなぁ」

「あの事件、とは?」

 父さまは眉を寄せて、ため息をついた。

「……デリクは性質が残忍な子どもでね。小さい頃から城の小動物をいじめて楽しむような子どもだった。大人になってもその性質はあまり変わらなくてね。年に数回集まるその親族の集まりの日に、必ず……ユリウスを虐待していたんだ」

 ……思い出した。

 そして、身震いする。かわいそうなユーリ。

「……わたしが十歳の時だから、ユーリは四歳。デリクは……二十歳くらいね。珍しく雪が積もったから、ユーリと一緒に雪で遊ぼうと思って、わたしはユーリを探していたの。部屋にもいなくて、じゃあもう庭に出ているのかなと思って、城の二階の客間から庭を見下ろして探したんだけど、見つからなくて。もしかして裏庭かも、と廊下側の窓から見下ろしたの。そうしたら……」

 唇をかむ。声が震えるのをわたしは止められなかった。

「ユーリは雪の中で裸に剥かれていた。デリクは四歳のユーリを鞭で打っていたの」

 クリスが息を呑んだ。ジェイがうなる。

「もうびっくりして。何をしている!って思わず飛び出して」

「……お前、今『二階』って言ったぞ」

「言ったわよ。二階から飛び出したのよ。飛び蹴り?」

「……」

 男三人は呆れたようだが、父さまは思い出したようにくすくすと笑った。

「子どもの体重とはいえ、二階からの飛び蹴りは……正確には『飛び降り蹴り』だろうけど、すごく効果的でね。デリクは腕と肋骨を骨折したんだ。この子は要領よくデリクの上に降り立って、無傷」

「その後、デリクとベロニカにお爺さまのところに引っ立てられたの。王位継承者に対して『暴行した』って」

 ……思い出す。

「折れた」と泣き叫ぶデリク。

 わたしはそのデリクを放っておいて、ユーリを連れてわたしの部屋に戻り、お湯を沸かし、傷を拭いて、お風呂に入れてあげて、新しい服を着せてあげた。

 そうしている時に、神官に治療してもらったらしいデリクと血相を変えたベロニカに、わたしは文字通り部屋から引きずり出されたんだ

「デリクとベロニカはお爺さま……ゲオルグ王の居室に、王家のみんなを集めていた。ゲオルグ王は当時もうご病気で、退位なさっていたのに」

 部屋に入ると、父さま母さま、アデル、レオン王ご夫妻、ゲオルグ王がいらして、わたしはデリクとベロニカに弾劾されたんだ。

「王家の血を引く娘が、理由もなく王位継承者に暴力を振るうだなんて、到底許されないって。尼僧院にでも入れてしまってくれって」

 わたしは二人の剣幕が恐ろしくて、でもわたしは悪いことはやっていないし、ただ、泣くまいと歯を食いしばっていた、ような気がする。

 ユーリのことは可哀想で言えなかった。

 ところが。

「子ども心にもわたしに悪いことが起こってるって分かったんだろうね。ユーリが駆け込んできて、レティは僕を助けてくれたんだって」

 むしろ、助けられたのはわたし。

「で、デリクはゲオルグ王の不興を買ってね。城への出入りを禁じられたんだよ。王位継承権までは取り上げられなかったけれどね。ベロニカがレティに思うところがあるとすれば、その一件からだろうね」

「……やっぱり、ベロニカとデリク、お二人は『そういう』仲なんですか?」

 誰も口にしないことを確認するように言ったのは、クリス。父さまは顔をしかめた。

「確認はしていないけれどね。そう言われてはいる」

「そんなことがありゃ、十分恨まれてるよなぁ。デリクとベロニカには」

「あぁ、なるほど。だから『暴力娘』か」

 キースが納得したように言った。そうだ。ベロニカはわたしを「簒奪者の暴力娘」って呼んだ。「簒奪者」はともかく「暴力娘」が分からなかったのだろう。

 ……『破壊するもの』退治の一件で「暴力娘」と呼ばれてもおかしくはないけど。

「……繋がりはする。繋がりはするが……まだ、足りない……」

 キースは髪の毛をかきあげ、しばらく考え込むと諦めたようにため息をついた。

「……仮定の話だが、聞くか?」

 わたしたちは、頷いた。


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