その1
「かんぱーい」
クィンバート城下町の一歩手前の村、パーンの居酒屋兼宿屋で、わたしたちはもう何度目か分からない祝勝会を開いていた。
流石に城下に入ったら、こんな好き勝手なことできないしなぁ。
わたしの名はレティシア・クィンバート。クィンバート国のお姫様だ。
当年とって花も恥らう十八歳。年を言う必要は別にないが、これは『破壊するもの』退治に欠かせないファクターだったので、言わせてもらう。
クィンバートの血を引く者は、十八になると「浄化」の魔法が使えるようになるのだ。
お姫様の身分で『破壊するもの』退治に出なきゃいけなかった訳がここにある。『破壊するもの』を打ち倒せる唯一の魔法が、「浄化」。十八歳以上のクィンバート家の血を引くもので魔物退治に出かけられるのは、事情があってわたししかいなかった。
なので、「お姫様」なわたしが『破壊するもの』退治に行かなければならなくて。
宰相は一軍をつける気まんまんだったようだけど、『破壊するもの』は隣国にもその手を広げていたし、まさか隣国に軍率いて行く訳にもいかない。お姫様が軍を率いて国中を旅するなんて民も不安になるだろうし。
護衛として三人ついた。
「おねーさん、注文いい? モツ煮込みと、サイコロステーキと、手羽先と、メンチカツと」
「……すみません、何かサラダもいいですか?」
「じゃぁ、このローストビーフサラダ」
「……お嬢さんビールをもうひとつ追加で」
「ってはやっ、お前飲むの早っ」
俳優も歌手も裸足で逃げ出す、ただいま大人気赤丸急上昇中の三人だ。
肉しか注文していない、茶色の短髪の男が騎士ジェイ。わたしよりやや年長なだけだけど、既に騎士に叙勲されている。騎士団の中でも剣にかけてはは一二を争う腕前で、彼から一本取れるのは騎士団長のみという噂だ。
その上背が高く均整の取れた体つき、明るい人柄に明るいハンサムだ。城下の女性たちからは「光の騎士」と二つ名を贈られている。
サラダを注文して欲しかったのが、太陽神神官のクリス。金の髪が背中まで届いている。色白で、華奢な体格。身長が低ければ女性とも見られるだろう。流石にれっきとした男性に面と向かっては言えないけど、はっきり言って、わたしより断然姫らしい。将来を嘱望されている神聖魔法の使い手だ。城下の女性たちからは「神聖なる金色」との二つ名が贈られている。
あっという間にビールを飲み干したのが「漆黒の魔術師」キース。黒髪で黒い瞳。明るい髪色目の色が多いこの国では、双方ともに黒い彼は珍しい。更に彼は特に黒い服を好んで着ている。クィンバート国の宰相の弟子だ。細身の身体で怜悧なハンサム。あまりに強大な魔力と美貌のため、実は精霊の血を引いてるとも、いやいや魔族の血を引いてるとも、本当は龍の血を以下略だとかいろんな噂を聞くが、本当のところは分からない。直球で聞いてみればあっさり教えてくれそうな気もするけど。
彼ら三人とわたしだけで、一年近く国中、大きな声では言えないけど隣国、更にその隣等々あちこち回って強力な武器防具魔法の品を集め、つい半月前、ようやく『破壊するもの』を退治できたのだ。
「明日には城下に入れるよね?」
もう何度目か分からないけど、もう一回聞いてみる。ようやく帰ってきたよー。何度思っても感慨深い。
「そうですね。朝イチで出発すれば、昼過ぎには城下に入れるでしょう」
なんとかサラダの注文をし終わったクリスが、律儀に答えてくれた。
「だが、城下に入るのは暗くなってからの方がいいだろう」
「なんでよ、キース」
「そうだよ、なんでだよ。みんな待ってるだろう?」
キースの言葉に噛み付くと、彼はうっとうしそうに黒髪をかきあげた。ああ、ちょっと伸びてきてるなぁ。
「みんな待ってるからだ。俺たちが雁首そろえて真昼間に城下に入ってみろ」
キースは目立たないように指をくるりと回した。つられてわたしとジェイも小さくあたりを見回す。なんだか居酒屋のくせに、お嬢さんとかおば様とかがひしめいて、しかもこっちをガン見している……。わたしはほふっとため息をついた。
フツウの女の子が出歩かないような時間帯にこの店に入ったつもりだったんだけどなぁ。普段と絶対違うであろう客層を見て納得。ああ、そういうことですか。モテる男はつらいね。このまま女性陣を引き連れて城下に……とか考えたくもない。きっと城下に入ったらどんどん女性陣は膨れ上がるだろうし。
「あー、ま、そういやそうか。レティの身の安全についても考えなきゃだしな」
つまらなそうにジェイが言った。
「……流石にあんたたちと歩いてるからって一国の王女を傷つけようとか、そこまでの女の子はいないと思うけど?」
「ズレてんな、お前。王族を害しようなんて人間は、どこの城下にもいるもんなんだよ」
は?
「まぁ、俺たちは今のところこの近辺で一番敵に回したくないであろう四人組だから、そうそうヤバいことはないとは思うけどな」
「しかし用心しないよりはしておいた方がいいだろう。人が多くなればそれだけ護衛もしにくくなる」
「護衛だなんて……大丈夫ですよ、レティさん。夜陰に乗じて、城下に入りましょう。裏通りを通って城に行って、通用門から入れば、誰もレティさんだとは気づきませんよ」
にっこり笑って盗賊顔負けのことを言い出したクリスを軽く睨む。が、クリスにはさっぱり通じてないらしくさわやかに微笑み返された。
なんで自分の城に帰るのに夜陰に乗じて通用門から出入りしなきゃいけないんだ?
「じゃ俺は後でアデルに連絡しておく。明日帰るけど、お祭り騒ぎにはするなって」
キースがいう「アデル」とは我がクィンバート国の宰相アデルハートのこと。
この旅の最中も魔法でちょくちょく連絡を取っていたようだ。そりゃそうよね、一国の王女が一緒なわけだし。
「じゃ明日の出立は、お昼ごろってこと?」
「……いや、朝イチで出て、ご婦人方を撒こう」
「ま、しょーがないか。大勢引き連れて凱旋ってのはまた今度だな」
こっちを見てるミーハーな女の子に愛想よく手を振りながら、ジェイがアホなことを言う。目立ちたがり屋だなぁ。
「お待たせいたしましたー。モツ煮込みとサイコロステーキと手羽先とメンチカツと串揚げと焼き鳥盛り合わせとサラダとビールになります。ご注文は以上で宜しかったですか?」
肉ばっかりじゃないか!
明日早いんなら、軽めにして早く寝よう。そうしよう。と思っていたのに!
「すみません、お嬢さん、ビールもう一杯もらえるかな?」
「じゃぁわたしはお茶をいただけますか」
「あ、おねーさん、ピザとフライドポテトとソーセージ盛り合わせ追加で。レティは?」
「あーもう!食べるわよ!飲むわよ! おねーさん、ビールわたしにも追加!」
もー、旅は終わりなのに、太っちゃうよ……。