その17
「レティ!!」
ばんっとドアが開いた。立っていたのはユーリだった。
眉間にしわを寄せ、泣きそうな顔でわたしのベッドの傍らまで来ると、きっと周囲の男どもを睨みつけた。
「怪我をした女性のベッドの横に、何故親族でもない男たちが屯している! 控えろ!」
……びっくりしたのは、わたしだけではなかったようだ。クリスは意味もなく手を振り、キースは赤面し、ジェイは流石に騎士らしく壁際まで下がった。
礼拝堂の奥の治療室。わたしはキースに運ばれて、クリスの治療を受けた。
身体から毒はもう抜けており、部屋に帰ってもいいのだけれど、わたしを甘やかす男どもは「とりあえず寝てろ」とベッドから出してくれない。仕方なく、枕をクッションにして半身を起こし、彼らと今日の襲撃について話していたところだった。
「ユーリ……あの」
「キース、あなたがレティと一緒にいたと聞いている。あなたが付いていながら、どうしてこういうことになったのか」
「ユーリ、わたしが悪かったの。勝手に行動して、勝手に罠にかかったの」
かばっている訳ではない。まるっきりの事実だ。だけど、ユーリはわたしがキースをかばっていると思ったようだった。ぐっとキースを睨みつける。
が。
ユーリはわたしの手を取って、一つ息を吐くと、周りの男たちに頭を下げた。
「……すみません。生意気を言いました」
「いや、責められて当然だ。一緒にいながらレティシア殿下を危険な目に合わせた。すまない」
キースも頭を下げる。ユーリはベッド脇の椅子に腰を下ろした。
……驚いた。男の子は一気に大人になるらしい。
わたしの手を握っている手は、もうごつごつした男の手になりつつある。剣を振るうわたしは女性としては手が大きい方だが、ユーリの手はもうわたしと同じくらいの大きさだ。
「……レティが襲われたことは秘密になっています。陛下は今パーティーに出ていて、レティの不在をゲストに謝罪しているところです。レティは体調が悪く、臥せっていると。僕もパーティーに出ていたんですが、抜けてきたんです。僕たちは、レティがキースと一緒に街で襲われたとしか聞いていません。何があったんですか?」
……わたしは、今日の襲撃について、ユーリにも話して聞かせた。
おびき出され、黒装束に拉致されそうになったと。
「……誘拐? 叔父……陛下は殺されそうになったのに」
「うん。ナイフを見た時は、わたしもこの前の襲撃のときの『致死性の毒』かと思った。やられたのはそのナイフに、じゃないんだけど、あいつら『我々と一緒に来ていただきますよ』って言ったんだ」
父さまのことは殺したいが、わたしのことは誘拐したい。意味が分からない。
「誘拐される心当たり……なんてないよな?」
ジェイに聞かれて、首を振る。
「単純に身代金目的とかそういうことじゃないもんね。父さまの時と同じ黒装束だから。父さまは殺したい、わたしは誘拐したい、そんなの心当たりないよ」
「大人を誘拐するのはリスクが高すぎる。よほどの理由がないと……」
「……レティさんのことは、自分で殺したかったんじゃないでしょうか」
ぎょっとしてクリスを振り返る。わたしだけじゃなかった。その場のみんなが息を飲んでクリスを見た。
クリスはまた赤面して意味なく手を振る。
「いえ、ちょっと思いついちゃっただけなんですけど」
「いや……あり得る。あり得るが……」
キースが頭を掻いて、わたしを見る。
「そこまでレティを恨んでいる奴がいるってことか……?」
……ぞくり、とした。
「……そんなにわたしを恨んでる相手なんて、あの『破壊するもの』ぐらいしか……」
思わず口に出してしまって、で、息を呑む。
「『破壊するもの』が生きているってことは?」
「おそらく、無理だ。たとえ生きていたとしても、これ」
キースはポケットから例の赤黒い石を取り出した。
「これが奴をこの世に縛っていた核だ。これがここにある以上、あいつは実体化できない」
そう。そうだ。『破壊するもの』じゃない。だいたい、あいつは化け物だった。あいつがたとえわたしを恨んでも、人間を使ってわたしを誘拐するなんて手間をかけるとは思えない。
じゃ、いったい誰?
「……レティ、部屋に帰ろう。今日はもう休んだ方がいいよ」
わたしの顔色を見て、ユーリが言った。
わたしはため息をついて、頷いた。立ち上がるとユーリが支えてくれた。
「やだなぁ、身体が本調子じゃないからかなぁ。ユーリとほとんど背が変わらないみたい、わたし。縮んだかな」
おどけて言ったのはびっくりしたからだ。先ほどの言葉といい、ユーリは急に大人になりつつあるようだ。
ユーリはにこりと笑う。振り返って、硬い声でぼんやりしている男たちに命令をした。
「レティを部屋まで送ります。護衛をお願いします」