その16 ☆流血表現があります
流血表現があります。
苦手な方はご注意ください。
船着場の近くの倉庫外。
既に街は紫に染まっている。
わたしは五人の黒装束に囲まれていた。
小娘相手に、五人だなんて大げさだろう。ちょっとは過小評価してくれればいいのに。
偶然、にしてはタイミングが良すぎる。あの小柄な女の子もグルか。
五人の黒装束は見覚えのあるナイフを手にしている。ぬらぬらと刃が光っているのは、やはり毒だろうか。
致死性の。産毛が逆立った。
「何者だ。わたしに何か用か」
無駄と分かってはいたが、厳しい声で問いかける。
「……レティシア殿下だな」
やはり、わたしの素性を知っている。
「人違いだろう。これは仮装だ」
しれっと言い放つと、針のようなナイフが飛んできた。小剣を抜いて、切り払う。
と同時に、五人の男たちが一度にナイフを振りかざしてきた。
一人のナイフを弾き飛ばし、二人目をかわす。
速い!
プロの暗殺者の体術だ。一人では分が悪い。キースが早く来てくれないと……。
三人目、四人目のナイフをかわす。
続いて伸びてきたナイフを二つ弾き飛ばし、更に二の腕に切りつける。返り血をかわすと、針が飛んでくる!
飛んできた針を全て切り払った……と思った。
「……?!」
とたんに、右手が鉛のように重たくなり、わたしは小剣を取り落としそうになった。
「こ、これは……」
右手の甲に針が突き立っていた。
すぐに、膝に力が入らなくなる。
小剣を地面につき、片膝をつき。
「ま、ひ……」
麻痺毒か。
わたしは横向きに倒れこんだ。
意識ははっきりしているのに、身体のどこもかしこも重たくて、指一本動かせない。
「やったか?」
「ああ。効いているようだ」
五人の男たちはじりじりと近づいて、そのうちの一人がわたしの髪をつかんで強引に上を向かせた。 痛いが、うめき声だけは我慢をする。
ばさり、とまとめていた髪の毛が落ちた。
「間違いない。この赤毛と緑の目、レティシア殿下に間違いない」
男はわたしの顔を見据えながら、にやりと笑う。ナイフが喉元に突きつけられている。
「レティシア殿下、我々と一緒に来ていただきますよ」
誘拐だ? 父さまを殺そうとしたのに?!
黒装束たちはどこから取り出したのか大きな麻袋を広げだした。
これを被せられたら、キースにも気付いてもらえない!
わたしは必死に暴れようとしたけれど、身体は頑固に地面にへばりついている。
と、その時。
ごおおおおおぉぉっ!
すさまじい風……いや、鋭いかまいたちが麻袋を切り裂いた。
「……お前ら、何をしている」
怒りを抑えた男の声に、後ろに控えていた黒装束二人が飛びずさる。
わたしを引きずり上げていた黒装束も後ろを振り返った、その瞬間!
ごおおおおおぉぉっ!
どおおおおおぉおおぉおぉん!!!
わたしの髪をつかんでいた黒装束が、吹っ飛んだ。支えをなくして、そして爆風で、わたしも地面に叩き付けられたが、黒装束は背後の倉庫に叩きつけられた。いや、倉庫ごと、吹っ飛んだ。
「……大丈夫か、レティ」
「……き……」
キースだ!
漆黒の魔術師は呪文も唱えず、直接エネルギーを黒装束に叩きつけたらしい。彼の掌の周りの空気が揺らめいていた。
残りの黒装束から、細い針がキースに飛ぶ!
キースはふっと手を払っただけだが、その針は全て失速して地面に落ちた。
大またでわたしの傍まで歩いてくると、わたしを背後にかばうように黒装束をにらみつける。
漆黒の魔術師の全身が揺らめいている。強い魔力がほとばしっている。
威に打たれたように、黒装束たちは一歩、また一歩と後ずさった。
「ひ、引くぞ」
「……paralyze」
逃げようとした黒装束四人は棒を飲んだように立ち止まり、そのまま身体をかばうことなく地面に倒れこんだ。
「どこをやられた?!」
キースはわたしを抱きかかえ、手早く身体を探る。
や、やめてくれぇ。
「……ま、ひ……」
右手を持ち上げようと努力しながら、なんとか言うと、キースは自分のマントを手早く外した。
「麻痺毒だな? やつらがそう言ったのか?」
「ゆう、か、い」
「……誘拐? ……とりあえず、やつらにまた爆発されるとやっかいだ。やつらの身体を調べる。少し辛抱してくれ」
マントをわたしの枕にすると、倒れている二人の黒装束の方へ歩いて行く。
とその瞬間。
「……くっ」
どおおおおおおぉおおぉん!
どおおおおぉぉおおおぉん!
どおおおおぉおおおおおん!
五人の黒装束が爆発した。
「よ、また会ったな」
五人の黒装束が爆発してすぐ、ジェイが路地から顔を出した。見習い君たちも一緒だ。二人の少年は、辺りの惨状を見て、あまりのことに棒立ちになっていた。
「……市民の危機だ。もう少し早く来い」
「無茶言うな。倉庫が爆発したようだって大通りで騒ぎになってて、これでもすぐ来たんだぞ……まーでも、派手にやったなー」
「……俺はあの倉庫だけだ」
黒装束と一緒に吹っ飛ばされて半壊になっていた倉庫は、更に黒装束の爆発で建物としての外観を留めていなかった。
「すまない、レティが毒にやられている。事情聴取は後で受ける。先にこいつをクリスのところに運ばせてくれ」
変わらず身体がまるっきり動かせないわたしを自分のマントでくるみ、キースは横抱きに抱えあげた。
「ちょ、ちょ、待てこら」
大またで歩き出したキースをジェイは止めた。
「麻痺毒だとは思うが、クリスに早く診せたい。どいてくれ」
「待てよ、落ち着けって」
ジェイは頭を掻いた。
「だからな、血相変えた『漆黒の魔術師』さまが赤毛の女をお姫様抱っこして街中を駆けるって、知らねーぞ、いろいろ」
珍しくキースが言葉に詰まる。動揺してるのか、珍しい。
「……分かった。なら飛ぶ」
はい?
は、はいいいぃぃ??? う、う、浮いて……。
「もう少し上空を飛ぶ。これなら気付かれないだろう。ジェイ、後で事情聴取に来てくれ」
キースはわたしを抱えたまま、ふわりと浮き上がった。
「お、おう」
ジェイもまさか「飛ぶ」とは思っていなかったようだった。目を丸くしてわたしたちを見上げている。が、すぐににやりと笑って手を振った。
「暴れるなよ。生きてるお前を連れて帰りたいからな」
わたしの真上でキースが言った。動かない首で、懸命に頷く。キースはふわりと笑って、城の方角へ進路を取った。