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その14

 部屋には帰らずに裏庭に出る。

 部屋に帰ればまだマリーがいるかもしれない、と思ったからだ。

 この裏庭は別にお気に入りの場所でもなんでもなく、むしろあまりいい思い出のある場所でもないけれど、ちょっとの間、一人になりたかったのだ。

 誰もいないのをいいことに、芝生に大の字になった。

 子どもの時に見たのと同じ高い空が視界に広がっている。

 ……わたしは優等生なつもりだった。

 十五の時にこの城に王女として住むことになった。

 当時、レオン王ご夫妻が暗殺されて、国中が不安の中にあった。レーヴェンもそうだった。どういう因果か父さまが国王代理になって、わたしも王女のような身分になった時に、これまでのただの男勝りな領主の娘の気分のままじゃいけないと思ったんだ。

 改めてマナーや語学も勉強したし、教会の孤児院の顧問などの仕事も進んで請けた。『破壊するもの』を倒せる可能性があるのが自分だけだと、この旅にも自分から志願した。先日の襲撃からの数日間も、わたしが父さまに張り付いている分にはゲストにも不思議に思われないと、父さまの護衛気取りだった。

 自分なりに結婚についても考えていた。近々父さまと話し合わないといけないと思っていた。

 政略結婚だって、伯爵家の血を残すための結婚だって、本当の本当は嫌だけれど、父さまとちゃんと話せば自分なりに決着を付けて、どんな相手とも結婚するつもりだった。いずれそういう結婚をするだろうからこそ、新聞沙汰になるようなことは出来るだけ避けてきた。

 わたしは優等生のつもりでいたんだ。

 ……だから、このもやもやが分からない。

 優等生のつもりだった。

 政略結婚上等のつもりだった。

 お膳立てされても、別に構わないはずじゃないか。

 怒る理由がない。

 でも。

 わたしはさっき、確かに怒ったんだ。

 そして、その怒りが突き抜けた。

 このもやもやはなんだか虚しいもやもや。涙も出ない。

 涙……?

 ……いや、泣く理由だってないはずだ。

 わたしはのろのろと起き上がった。

「……サボるか」

 馬鹿馬鹿しい。いろいろ。

 ……馬鹿馬鹿しい? 公務が?

 ……小さい頃、まだここの住人ではない頃に見付けた塀の穴が、この裏庭にはある。おそらくこの城で子ども時代を過ごした人間しか分からないであろう穴。大人になった今でも、多分まだ潜れるだろう。

 外、か。

 城下では今祭りをやっている。わたしたちの凱旋を祝う祭り。

 帰ってきてもう一週間も経っている。既に何の祭りだったか意味もなくなっているであろう祭り。

 ……そう言えば、凱旋を祝う祭りなのに、わたしはそっちに行ったことがなかった。帰ってきてから公務ばかりで、街に出たのはベロニカに会いに行ったあの時が最後。

 ……外、か。

 目をやると、探すまでもなく穴が目に入った。



「……魔法?」

「……勘」

 塀の穴を潜り抜けると、塀にもたれたキースが立っていた。

「見張ってたの?」

「……だから勘だって言ってるだろ」

「勘でわたしが出てくる場所まで分かるわけないでしょ。見張ってたならそう言ってよ……まぁ、別にどっちでもいいけど」

 わたしのなげやりな口調に、キースはちょっと眉を上げた。

「……よし、じゃ正直に言うぞ。俺は城内の魔法的な警備に当たっている。城に出入り出来る出入り口、たとえそれがどんな穴でも、魔法の網を張っておいた。それに引っかかった者がいる。城から出ようとする者だった。気を探ってみたら、お前だったから、護衛としてやってきた。別にお前を見張っていた訳じゃない」

「……やっぱり魔法じゃない」

 言外に自意識過剰、と言ってる。わたしは赤くなった。

「どこ行くんだ?」

「城下」

 ついてくるキースにぼそりと答える。

「何しに?」

「お祭りを見に。……あのね、わたしがさっきの話を聞いて、何事もなかったかのように今夜のパーティー出られるわけないでしょ? サボるの」

 大またで歩くが、後ろにぴたりとキースが付いてくる気配がする。

 くるりと振り返って睨みつけたけど、キースは毛ほども動揺しない。

「ついてこないでよ」

「俺は護衛だよ?」

「わたしは武装してる」

「魔法に対しては無防備だ。あのマントを忘れている」

 冷静に言い返される。

 対魔法の加工がされている深緑のマント。

 ふっと思い立って出てきちゃったから、もちろん身に着けていない。

「父さまとユーリの護衛をしててよ。あっちは国王と第一王位継承者なんだから」

「城の外に出て行く方に護衛は必要だ」

「花婿をあてがわれなきゃいけないような子どもには、子守が必要だって言いなさいよ!」

 キースが珍しく絶句した。

 ……くやしい。鼻の奥が熱い。さっきまで涙も出ないと思っていたのに、泣けてくる。視界が本格的にぼやける前に、わたしはキースに背を向けた。

 ああ、そうか。そうなのか。

 わたしは、怒っていたんだ。

 子ども扱いが悔しかったんだ。

 こう自覚すると、更に自分が子どもじみて見えちゃうから、自分自身でもただのもやもや感としか思わなかったんだ。

 父さまが、大臣たちが、マリーが。わたしを子ども扱いしていることが悔しいんだ。

「ちょ、待てって」

 初めてキースの動揺する声を聞いた、と思ったら。

「よー、お二人さん。デートか?」

 ……いつの間にか、城の周りの雑木林を抜け、大通りに出たところだった。騎士の制服を絶妙に気崩し、騎士見習い風の少年二人を連れたジェイにばったり遭遇してしまった。

 慌てて瞬きで目の端の涙を払う。

「……お前ね、また最悪のタイミングで、どうしようもないことを言うね」

「ん?」

 わたしの後ろでキースがぼやいたが、ジェイはまるっきり気にせず微笑んだ。

「あれだろ? 『新聞に載っちゃったけど、あたしホントはキースを愛してるの』『俺もだレティ』『パーティーなんて出ないわ』『よし二人で祭りに行こう』そういうことだろ?」

 はい? 後ろで騎士見習い君たちが凍り付いてますけど。

「……声色まで使って、何寝言言ってるんだよ」

「じゃまさかとは思うが、キース、お前レティを林に連れ込んで不埒なことを」

「いい加減にしろ」

「いい加減にして!」

 わたしの台詞に、キースはちょっと動揺して、ジェイは面白そうにわたしを見た。

「わたしと一緒にいると新聞に載るわよ。一人で行かせて」

 凍り付いている騎士見習い君たちは生きた心地もしないと思うと申し訳ないが、ジェイとキース二人を睨みつける。

 ジェイは大きくにやりと笑った。

「へぇ? お前と一緒にいると新聞に載るって? たいした自信だねぇ。キース、レティに教えてやれよ。俺と一緒にいると新聞に載るぞって」

 むっとキースを見るとキースはジェイを睨んでいた。

 ジェイは真面目な顔をわざと作って、わたしの額に額を寄せる。

「レティ、よーく考えてみろ。平和になったこの時、レティシア殿下が傭兵スタイルで街中にいるっていう可能性は誰も考えないんだよ。むしろ、どんな女も寄せ付けない『漆黒の魔術師』が女連れでいたら、そっちの方がニュースだろ?」

 かっと赤くなる。

 また言外に自意識過剰だと言われた。

「いい加減にしろよ」

「だからさ、俺とデートしようよ」

 はいいい?

「……あの、隊長、僕たちは……」

「『光の騎士』様なら、女連れでいたところで、今更新聞沙汰にはならないし。俺も子守から解放されるし。まー、どっちにしても子守のようなもんには違いないねーけど」

「お前、言葉を選べ」

「もう、いい加減にして!」

 頭にきた。夢中で叫んでいた。

「自分の相手は自分で選ぶ! 誰かに強制なんかされたくない!」

 ジェイは、わたしの目を覗き込んで、ふっと笑った。

「……それでいいんじゃね?」

 こいつ……わざとっ!

 怒鳴り返そうとして息を吸って。ジェイの胸倉をつかみ。

 怒鳴るつもりでいたのに。


「……ふ」

 ……わたしとジェイは、顔を見合わせて笑ってしまった。

 最高だ。やっぱり、ジェイは最高の相棒だ。

 わたしは、目の端の涙をこっそりとぬぐった。


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