その11
「わたしが手洗いから出たところだった。三人の黒装束の男たちに囲まれたのだ」
それから、二時間ほど経った後。父さまの私室に、わたし、ジェイ、キース、クリス、カール卿、ユーリが集まっていた。マリーも控えている。
流石に血まみれになっていたキースとジェイはお風呂を使い着替えていた。二人とも、まだ髪の毛が湿っているし、微妙に身体に合っていない近衛兵の制服を着ている。足首が見えているし、ジェイは肩周りがきつそうだ。
中央の会議用のテーブルに男性たちがついていて、わたしとユーリは傍のソファに座った。
父さまはカール卿のために、最初から状況説明をしているところだ。
「何者かと声を上げると、襲い掛かってきたのだ」
「私とレティシア殿下はちょうどパーティー会場を出たところでした。姫を部屋まで送るために歩いていると、陛下の誰何の声が聞こえたので、そちらに向かいました」
「私は……えー、ちょうど空き部屋にいまして。陛下のお声がしたので、部屋を飛び出るとキースと姫が走っていましたので合流しました」
何故ジェイが空き部屋にいたのか、誰も聞かない……聞けよ。
「黒装束は三人でした。私たちの姿を見たとたん、分が悪いと判断したのか逃げ出しました」
「……賢明な判断だな」
にやり、とカール卿が笑う。
ここ最近一番の勇者たちが四人中三人まで揃っていたのだ。得物を持っていないとは言え。
「で、えーとレティシア姫が……何かを投げつけまして」
「靴よ。履いてた靴を投げたの。ストラップ部分を結べば、いい投擲武器になるのよ」
確かにレディとしてははしたない。かばってくれようとしたのか、しどろもどろになったキースを制して、説明した。マリーが天を仰いだのが目の端に映る。
「他に投げるものがなかったんだもの。次からはナイフでも持っておくわよ。……ちょうどいい具合に逃げてる奴の足に絡まって、黒装束が一人転んだんです」
「お手柄ですな」
またにやにやと笑いながら、カール卿は言った。褒めてくれたのかは微妙だが。
「ジェイがそいつを拘束しようと近付いたんですが」
「そうそう、お前、爆発するってよく分かったな」
確かに。キースの声で、ジェイは助かったのだ。
「機械的な爆弾だったら俺も気付かなかっただろう。あの爆発には魔法のにおいがした。おそらく、何らかの呪いにかけられていたと思います」
後半部分は父さまとカール卿に向けて、キースは言った。
「賊は狂信的な組織で、捕まったら爆死しろと言い含められていた、という可能性は?」
「爆死する覚悟があるのなら、国王殺害など簡単なんですよ。抱きついて爆発すればいいのですから。やつらはあれほど陛下に近づいていながら、それをしなかった。自身がそのような死に方をするとは思っていなかったと見る方が自然かと」
整然と答えるキース。
「爆死したこともあってか、遺留物はほとんどありませんでした。衣類はタグが剥ぎ取られていましたし、残った身体にも特徴らしい特徴はありませんでした」
「鑑定にはわたしも立ち会いましたが、衣類はもちろん身体もあの状態では」
クリスが青い顔をして言った。クリスは『鑑定』の魔法が使える。突然呼び出されてアレを見せられたのか……気の毒に。
「唯一の遺留品が、これですが。塗られていた毒物は致死性の物でした」
黒装束が持っていた、ナイフがテーブルに置かれている。
「ナイフ自体は隣国フェランツェのものとしか分かりませんでした。ただ……」
「奴らが本当にフェランツェの者か、そう見せかけているだけなのかどうかは分からないと。そういうことか」
「結局、遺体からは何も分からなかったと」
「カール卿、そんな言い方って」
「レティ、やめなさい」
父さまに制されて、しぶしぶ口を閉じた。なんかさっきから、棘があるんだよな。もともと食えないおっさんだけど。
「ただ、一つ言える事は、この黒装束の者たちを引き入れた内通者が、この城の中にいるということです」
キースが何事もなかったかのように続けた。
「この城はわが師がかけた守りの結界の中にあります。この中には『王族に殺意を持つ者』は物理的に入れないのです。中から誰かが招き入れない限り」
「今の時期のように、パーティーに招かれている客が大勢いるときはどうなのだ? パーティーの招待状はその『誰かが招く』という内に入らないのか?」
カール卿も何事もなかったかのようにキースに尋ねた。
「パーティーの招待状くらいでは弱いはずです。それが大丈夫なら、我々が把握していない「王族に殺意を持つ者」を自由に招き入れてしまうことになる」
アデルのことだ。そのあたりは抜かりはないだろう。
「手がかりは、それくらいか……ジェイ卿、明日より賊の進入経路の発見と、城の全ての従業員の身元調査に当たれ。騎士団から人数を裂く。ただし、この調査は秘密裏に行ってもらう」
父さまが頷いた。
「幸い、ゲスト用の出入り口ではなかったから、あれだけの騒ぎだったがゲストは誰もこの騒ぎに気づかなかったらしい。そうだな、マリー」
「はい。私はずっとホールに詰めていたのですが、こんな騒ぎになっていたなんてちっとも。レティシア様が戻っていらっしゃって、カール卿と一緒にまた退出なさったのは分かったんですが、こんなことのためだとは思いませんでしたし……レティ様が靴を履いてらっしゃらないのに気づいたのは私くらいだと思いますし……」
……流石にマリーには気づかれていたか。
「では、今後もパーティーは続けようと思う」
「父さま!」
びっくりして声を上げてしまう。パーティーはいくらなんでも中止にすると思っていたんだけど。
「招待状も送っている。ゲストが狙われたならともかく、特に大事はなかったのだ。中止には出来ないよ」
「一国の王が狙われたんだよ? 怪我もなかったから良かったけど、次があるかもしれないし」
「わたしは王ではなく、王代理でしかないよ。もちろん、護衛は増やすつもりだがね」
カール卿が難しい顔をしながらも、頷いた。何故か、一瞬わたしを見たような気がした。
「近衛兵の指揮権を仮に預からせて頂いてよろしいですか? 指揮系統が統一されていた方が混乱がない」
「明日にでも近衛隊長に話をしておく。それと、キース君」
パーティーを続けるとの発言に、わたしみたいに声こそ上げなかったけれど、やっぱり難しい顔をしていたキースは、呼ばれて顔を上げた。
「君は、暇かい?」
「……それなりに忙しいつもりではいますが」
「ああ、いやいや、そういうつもりではなくて。これから暫く、城に滞在してくれないだろうか。アデルハートがいれば、魔法的な護衛は彼に任せるのだが」
「……今日のような、いきなり爆発なんてことからはお守りできませんけど」
「君自身が言っただろう? おそらく自分の意思の爆死ではないと。ならば、爆死するよう魔法をかけた人間がいるということだ。我々をその者から守ってもらいたい」
ここまで言われてしまうと、キースは断れない。
キースは無表情で頭を下げた……イラっとしているような気がする。
「ではみんな、明日からよろしく頼む」