因果の巡り ―side エリック―
――そして迎えた今日……
「セシリア、貴様との婚約は、今日をもって破棄させてもらう!」
俺は、講堂内全てに響き渡る声量で言い放った。
リーシャの下調べで犯人は、校内関係者である事は分かっていた。
「――リーシャ、首尾はどうだ?」
「はい! 上々にございます」
この問答こそがセシリアを付け狙う輩の存在、その所在まで判明していた事を告げていた。
セシリアの言う通り、彼女を付け狙う目があったのは確かだったようだ。
だが、肝心の個人の特定まではこぎつけられてはいなかった。
いささか歯がゆい思いはあったが、セシリアにこれ以上、不安な思いはさせたくなかった。
何と言っても肝心の俺自身が今日で卒業となってしまい、少なからずセシリアを一人にしてしまう事になるからだ。
「……大丈夫。何があっても俺が君を守るから!」
その言葉に嘘はない。
政略結婚だろうが、なんだろうが俺はセシリアが好きだ。紛れもない事実。
それをこんな形で犯人を炙り出す事になろうとは……
セシリア、すまない……
少しの間、君には不安な思いをさせてしまう事になる。
だが、犯人もなかなか狡猾だ。リーシャの機転で校内関係者だと言う事が分かっただけでも僥倖だった。
そして、かなり苦戦したが仕掛けが上手く機能した。
犯人が炙り出せたのだ。
セシリアがガランに、医務室に連れてかれた。
彼女はこちらには、一瞥もくれない。
さすがに彼女は頭が切れる。ガランに決して悟られぬように。
やがて沈み返った会場を出て、俺とリーシャはセシリア達を追った。
――バタン!
医務室の扉を豪快に開けた。
ぬわっ!
そこにはガランに胸を鷲掴みにされベッドに横たわったセシリアがいた。
ちくしょー!
俺だってまだなのに……
現行犯で言い訳が出来ない状況をとらえられたとはいえ、なんて事を!
「……エリック殿下!」
ガランが戸惑い、脱力した隙にセシリアが身をよじり、ガランの魔手から離れると、俺の胸に飛び込んできた。
「……何で? どういう事だ? 睡眠薬入りだぞ。何故起きている?」
ガランが驚きの声をあげた。
セシリアが薬を吐き出した。
「一早く殿下が危機を教えてくれていたのです」
「……これは……えっ? 何なんだ? この茶番は?」
「……こういう事です!」
リーシャが狼狽えるガランの首元に回し蹴りを食らわせた。ピンクのヒラヒラしたドレスのスカートから出た白い生足が素敵だ。
しかもパンツ見えそうな抜群のポジション取り。
ガランは泡を吹いてのびている。
「……眼福だな」
「……それ、ここで言うセリフですか~?」
リーシャにジト目で見られた。
セシリアは、俺の胸に顔を埋めたままだ。
相当怖かったのだろう。
俺は優しく抱き締めた。
「……セシリア、君に伝えたい大事な事があるんだ」
伸びたガランは、リーシャに任せた。
サムズアップするリーシャ。
眼福をありがとう。
俺はセシリアの手を取り、再び会場に足を踏み入れた。静まり帰っていた会場から、ささやかな拍手が沸いた。
リーシャがいち早くパーティーの開催者に事の顛末を伝え、会場の皆にも真実が伝わっていたのだ。
「……顔をあげてくれ! セシリア」
涙の跡を優しく拭き取った。
そこには、もう何の不安も何の陰りもないセシリアの美しい素顔があった。
「……父上達が勝手に決めたつまらない婚約なんか、今日をもって破棄させてもらった、だからもう俺にも、セシリアにも縛りつけるものはない!」
「……え?」
「俺達は自由になったんだ!」
「では、エリック殿下はお好きな方と?」
「無論だ。自由に好きな恋愛を、そして結婚をする」
「…………」
絶句したような表情のセシリア。だが俺は構わず続けた。
「……それはつまりこういう事だ」
やや不安顔のセシリアだったが……
俺は、大好きなセシリアに優しく口づけをした。
「セシリア!! 世界中の誰より君を愛している!! 俺と結婚して欲しい」
俺は優しくセシリアに手を差し出した。
おっ? えっ? 泣いちゃった? セシリアが思わず嗚咽を漏らした。やばい? やばいの?
「……喜んでお受け致します! わたしも心からあなたを愛しております。エリック殿下がわたしの全てです」
俺の手をセシリアは両手で包み込んだ。
この瞬間、会場はこの日一番の盛り上がりを見せた。
――翌日。
俺は父上である国王陛下に、勝手に婚約破棄など前代未聞だ。恥をかかせるな! と大目玉を食らった。
……だがその一方で漢の顔になったなと、肩をバンバン叩かれた。
ちなみに、ガランは懲戒免職の上、国外追放となった。
容赦がないのではと、当初は思われたが……
まあ、でもこのぐらいしないと、鷲掴みにされたセシリアの豊かな胸に申し訳がたたないしな。当然の報いだろう。
「……昨日、どさくさに紛れて、あたしのスカートの中見てましたよね? 夕飯10回追加で手を打ってあげますね」
「……はい、分かりました」
……リーシャも容赦なかった。
――気持ちの良い青空。
セシリアと手を繋いで仲良く歩いた。
婚約破棄はしたが、それは二人を真実の愛情で繋げる為。
想いのこもらない婚約には破棄を、想いのこもった婚約には幸福を……そういう事だ。
だからこそ、俺とセシリアにとっては、報われた幸せな『婚約破棄』だった。
「……リーシャ、最後に一つ聞いていいかい?」
「何でしょう? わたしの今日のパンツの色ですか?」
「いや、それも気になるけど……ルシェ連邦国か……そこには今の心地よい国を造り上げた影の立役者がいるようだけど、名前は何というんだ?」
「はい! リオン君です。わたしの王子様に弟子入りした誠実な子です」
因果の巡りを感じていた。俺が遺書を託したヒーローがリーシャを呼び込んでくれたのだろうか?
「……そうか」
リオンというのか……その名をしっかり噛みしめた。いつか会ってみたい。直にありがとうを伝えたい。
彼のおかげで、あの忌々しいルシェ王国の記憶から解き放たれ、俺は最高の幸せを手に入れたんだ。不幸のクリスマスプレゼントになった遺書と『ルーク』という名と引き換えに……
――リオン、俺の意思を汲みとってくれてありがとう。
そして、リーシャ、俺の一番大切なものを救ってくれてありがとう。
「リーシャ、心からお礼を言うよ。セシリアを救ってくれてありがとう」
「構いません。かつて、わたしを魔物の森まで追いかけて救ってくれた王子様がいるんです。あなたの不器用さは、その方に似ているところがあるので……どうかセシリア様を幸せにして下さい」




