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覚醒 ―side ルディー―

 ――だがラルクは強敵だった。


「――だからさぁ。そういうことじゃないんだよ。

 そもそも俺達がパーティーを組んで1年だろ?

 人間なら、成長というものがあるだろ?

 俺とミーア、エミルはお前が、凶悪な魔物を引き付けてくれたからこんなに成長できたんだ。逆を言えば、お前こそ日々を追うごとに打たれ強くなっているはずなんだ。

 どんなに最初、謙虚に”成長はないよ。立っているだけだよ”

 とか言われても成長するはずじゃないか?

 お前が必死に自発的に夜な夜なひのきの棒で、素振りしていたのは知ってるんだ。

 少しでも火力をってことだろ?

 でも、最初から言った通り、お前に攻撃力は求めていないんだ。

 重要な所が変わってないんだよ。打たれ強さがさ。

 なんでだよー! なんでなってくれないんだよ!

 機敏なデブに……」


「最初に言ってあったはずだろ。

 俺はろくに動けないデブなんだって。ずっと鍛えてはきたんだ。でもダメだったんだ。だからお前達の敏捷性みたいに耐久力が上がったりはないよ。機敏なデブにもきっとなれないよ! って。

 仁王立ちで突っ立ってさえいればいい。

 お前はそう言ってたよな。でもさ、それだけじゃ申し訳ないから少しでも敵をつっつくとかターゲット取りをスムーズにする為の努力はしたんだよ。

 でも、結局出来たのはそのぐらいさ。最初から言った通りだろ?

 今なんてさ。ダンジョン内を歩くだけでもお前たちの速度についていけてないんだ。

 成長したのはお前達だけなんだよ」


「――最初はそうは言ったさ。それでもいいって。でも嘘も方便って言うだろ?

 強くなるにつれて、もっと俺達は動けるんじゃないか、もっと稼げるようになるんじゃないかって思うのが、筋じゃないか。

 それなのに、何でお前だけ成長がないわけ?

 そんなのおかしいじゃん!

 そもそもさ、何で今お前俺達と初めて会った時より肥えているわけ?

 おかしいじゃん! 人間の常識じゃないじゃん!」


「……それも言っただろ。何をどうしても太る一方なんだって。何もスキルないしさ」


「――いやいやいや。だってさ俺達敏捷組は、曲がりなりにも成長してるんだぜ。

 お前だって釣られてスリムになって少しは敏捷あがるはずだろ?

 それが何で逆行してデブってるわけ?

 お前が貴族上がりだからってわけじゃないんだけどさ、飼い猫って大体いいもん食って太ってるじゃん? 俺達と出会う前のお前は、いわば捨てられた飼い猫だったんだろ?

 それと比べて、野良猫はスリムだろ? 冒険者はハングリー精神を持った野良猫なんだ。だから1年もたったらお前もスリムになってなきゃおかしいじゃん!」


「……それも最初から伝えたじゃんか。何故か太る一方だって」


「――なんでだよ!!

 なんでなんだよ!!

 ちくしょー。お前に俺が突然勇者に祀り上げられて、魔王を倒して来いって言われた気持ちが分かるのか? 少しでも分かって欲しいってのが仲間だろ?」


「へ? なんだよそれ?」


「……昨日の未明にね。ラルクに勇者の信託がくだったんだって。

 魔王が復活したらしいのよ。

 今までは、君に壁を頼んでいたけど、相手は魔王。とてもじゃないけど君が壁なんか出来る相手じゃないし、わたし達も君を守ってあげられない。

 ラルクに言われて黙ってたんだけど、本人が話しちゃったわね」


 エミルが答えた。


「ルディー。ラルクはあなたに死んでほしくなかったの。わたし達はAGIを極めているわ。だから被弾しなければ……

 でも、あなたはそうはいかないでしょ。

 せめてある程度機敏に動けるおデブさんだったなら……」


「――ああ、そうだよ、そうなんだよ。

 もうお前が大食漢で経費がすごい事も、被弾前提で防具が全てミスリル製で、一番高級な代物であることもかわいいもんさ。問題はお前を連れていけないことだ」


「……」


 何も言い返せなかった。

 足手まといにしかならないことが分かっていたから。


「……死ぬなよ。みんな」


「ちくしょー。なんでなんだよ! ルディー!

 お前が何にも成長しないばっかりに……こんなことになっちまったじゃんか。

 明日から、お前の面倒みてやれなくなっちゃうじゃん!

 また路頭に迷うお前なんか見たくないのに!」


 もうけなされているのか、心配されているのか分からない。

 だけど、お前たちの方が死ぬ心配した方がいいじゃないだろうか。

 泣きじゃくる3人を見るのがつらくて、俺はその場を静かに去った。


「……ああ、明日からどうしようかな」



 ――翌朝。


 生きる為には、金策をしなければならない。ラルク達にかなり退職金をもらったものの、これからは、一人で生きていかなければならない。

 ただ経験上出来るのは、冒険者だけ。でも何処に行っても、こんな足手まといなデブは受け入れてくれないだろう。


 まずは手頃な武器を買おう。

 一人でも、狩りが出来るように。

 そして、手に入れたのは、光輝くミスリルソード。

 全身ミスリルセットだよ。

 ブルジョアだな。

 追い剥ぎに気を付けないと。


 ただそのせいで、金がない。


 そうだ。売れる物を売ろう!

 早速質屋に入った。


 一番に、目についたのは左手薬指の指輪だった。


 婚約破棄されたんだもんな。

 もう未練は捨てよう。


 あの幼少期間のシェリー王女との、和やかな一時が忘れられず、今まで外す事なく身に付けていた。


「……これ、買いとって欲しいのですが」


「――なんと! これは……」


 店主の婆さんが目を見開いた。


「……悪い事は言わぬ。それを外してはならん! 元の醜い姿に戻ってしまうぞよ」


「……え?」


 ……遅かった。もう外してるんですが。婆さん話すのゆっくり過ぎるよ。それに今より醜い姿ってなんだよ?


 その刹那だった。

 身体全体がまばゆい光に包まれた。


 ん?


 身体が軽い。


「……これは。なんという美青年。眼福じゃ!

 わしがあと80年程若ければ……」


 この婆さん何歳だよ? と思いながらも、姿見で確認した。


 これ俺か?

 恐ろしい程の美青年。それだけではない。

 引き締まった鋼のような肉体。

 どういう事?


「……この指輪を授かった相手から、お主はどんだけ愛情もらっていたんじゃ?」


 聞いたところ、この指輪は、所有者が想い人につける事で、所有者の感情を具現化する能力があるらしい。

 日に日に募る王女の俺への愛情。


 愛情の行き着いた場所は、俺の贅肉だったみたいだ。

 俺どんだけ愛されてたんだよ!


「……死に行く前にいいもん見させてもらったわい! その指輪は買いとれん。呪いだらけじゃしな。

 ……呪いと言えばお主元々恐ろしい程の呪詛がかけられているようじゃの。ほうほう、18年分程成長に制約がかけられておるな。可哀想にのう……。

 じゃが行かねばならぬところがあるのじゃろう? さらばじゃ!」


 婆さんが、眼福代じゃと一枚の金貨を投げてよこした。

 俺は、快く受け取り走り出した……


 ……だが更に俺にダイナミックな変化が起きたのは、その刹那だった。


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