魔王を超えたリーシャ ―side リーシャ―
もう白狼くんの脅威は去った。
これで目の前の宝箱に集中できるわ。
凍結耐性はあるとは言え、やはりぬくぬくしていたセーフティーサークルを抜け出した瞬間凍りつくような寒さだった。
白狼くんとの鬼ごっこ、よく20分近くこんな中いられたもんだ。慣れって怖いね。
宝箱まで30センチの距離まで近づいた。何の音沙汰もない。
もし宝箱に擬態したボックス型の魔物だったら、この距離まで詰めたら、アウトだろう。
ボックス型の魔物ではないと判断した。
白狼くんはわたしの動向をじっと見つめている。ちっこいままだから超可愛い。
でも、宝箱の中に魔物がいることもあるよね? 宝箱寄生族だっけ?
宝箱寄生族は、多分だけど宝箱を被ったヤドカリみたいなものだと判断した。
だから、宝箱の蓋を開けるまでは安全なはずだ。
でも白狼くんのあんなつぶらな眼で見られたら、疑うだけ失礼だわ。
きっとちゃんとした宝箱だ!
宝箱のサイズは、50センチの立方体ってところだ。小さい。
わたしは、蓋に手をかけた。
――思い切り右腕を伸ばしきり、蓋を開いた。
その瞬間、蓋を開けた右腕がざっくり噛み千切られて、豪快にふっとんだ。
「……ギエェェェェェェェェェ!! いったァァァァァァい!!」
わたしの本体の肩口から、血がスプラッシュ。
凍結耐性効いてるから凍らないのね。すぐさまポーションを取り出して、ぐびぐび飲んだ。
ああ美味しい。
飲み過ぎると、苦くて仕方ないポーションも美味になるんだね。
気づけばポーションは今のものが最後だった。
……ああ、愛しき右腕が生えかわった。
「白狼くん。わたしを騙したわね!」
振り向くと白狼は興味を失ったように寝ていた。
いい気なもんだわ、全く……
でも、わたしにはまだ作戦があった。
――さて、ここからが本番だ。
無残にも飛んでしまったわたしの旧右腕は、残念ながらもうわたしの意識下にはない。従って宙を舞っている間に、瞬時に血液ごと凍結した。
……君の犠牲は無駄にはしないよ……
わたしは、その右腕を、拾い上げた。
うん、意識的に伸ばしきったから真っ直ぐのいいものが出来上がった。
「……さあ、再戦だ」
今度は左手に死んでしまった凍結済みの右腕を持った状態で、またしても、右腕で2回目の暴挙に出た。
勢いよく右手で、宝箱の蓋を目一杯開けた。何が起こるか分かるから対処出来る事なんだけどね。
そして、その刹那、左腕を開いた宝箱に差し入れ凍結した右腕をつっかえ棒代わりに宝箱の内部、上下に挟ませた。
よし!
上手く固定出来た。
中をまさぐってみた。
右腕凍結つっかえ棒の耐久時間はほんの数秒だろうから、コソ泥みたいだけど仕方ない。
急いだ結果、隈無くまさぐれたようだ。
中には一つだけ、無造作に水晶のような玉が入っていただけだった。
「……これって帰還の水晶?」
クロード様から聞いていた。マルクダンジョンには各フロアにフロアボスがいて、倒しきるか認められると帰還の水晶と言われる帰還アイテムがもらえるそうだ。
効果としては、所有者がこれを壊せば、ただ地上に一瞬で転移できるというだけのものだ。
っということは……
「白狼くん。あなたがこのフロアのフロアボスだったのね。クリア条件は、セーフティーサークルまで生き延びる事。違う?」
「……くぅ~ん」
半分寝ているように見える。
全く調子狂うな~。
でもこれでこの寒いフロアから脱出できる。
ここが地下第1.5階層か。
やっぱりわたしには、まだまだ冒険者は無理なのかな……
先が思いやられるわ。
「……じゃあ、地上に戻ろうかな。白狼くん、一応? わたしを認めてくれたってこと?」
「……」
「まあ、いいわ。遊んでくれてありがとう。元気でね」
わたしは白狼に手を振った。
ポーションを口に含んで万全にしたかったけれど、使い切ってしまった。運に任せるしかない。帰還の水晶を地面に投げつけた。
パリ―ン!!
盛大な音を立てて、わたしの意識は再び跳んだ。
――ここは?
地上に戻ってきたようだ。
でもやはり宙に浮いている。つくづくわたしって運がないなー。
あーこれはダメなやつだわ。だって地面まで15メートルはあるもの。無駄かもしれないけど受け身の態勢を作り、目を瞑った。
わたしは硬い地面に叩きつけられ……いや、硬くない。あれ? 柔らかいクッションに乗っかった感覚だ。
目を開けた。
「……くぅ~ん」
聞き慣れた声。
え〜!?
「白狼くん! いつの間にかついてきちゃったわけ?」
ミニチュアではない大きな体躯の白狼がクッションになってくれていた。
尻尾をぶんぶん振って喜んでいるようだ。
「……白狼くん、助けてくれてありがとう! もしかして一緒に来たいの?」
「くぅ~ん」
どうもそうらしい。
わたし達二人は仲良く帰ることにした。
「……ただいま帰りました!」
「あっ? おかえり、リーシャ」
クロード様が暇そうにくつろいでいた。
「ちゃんと言われた通り、ダンジョンデビューしてきました。まだ地下1.5階層までですが……」
「1.5階層? なんだそれ? バグ?」
「いえ。ちゃんとそう言われましたよ」
「あれ? 頭に乗っているのはホワイトフェンリルじゃないか?」
「あー。この子ですか? 遊んでくれたみたいでついてきちゃったんです」
「あーあのさそれ、最深層地下第300階層のフロアボス、神獣のホワイトフェンリルだぞ。魔王をも従えてたかな。特別な存在で魔物じゃないから、セーフティーサークルでも入れちゃうんだ。それにしてもさ、いきなり最下層とはぶっ飛んでるな……」
「え? え~!!」
わたしはこぶりな白狼くんを抱きかかえて素っ頓狂な声をあげた。
「ってことは、リーシャはもう魔王すら足下に及ばない人間と言う事になる。えげつないな」
「名前はつけたんですか?」
マールちゃんも興味津々だ。
「えーと、それじゃあ……ポチにします。よろしくね! ポチ」
ポチはわたしの顔をぺろぺろ舐めていた。
……クロード様、これでわたしもあなたの相棒が務まりますね。
わたしは歓喜した。




