決意
気持ち悪い女装アークとドイルはまだ寝込んだままだ。
とりあえず気持ち悪いので床に放置してある。
ベッド? いやそんな高価なもの貸すもんか。
「精力エネルギー? それって勇者に必要なものなのか?」
どう考えても結びつかないのだが。
「――えっとわたくしの身の回りの物……空気とかもそうなのですが、こう、ぐわっとわたくしが、吸い上げた精力エネルギーを分け与えられた方は、すごい一発が撃てるんです!」
「それどっちかというと夜専用じゃないのか? 俺はまだまだ元気だから不要かもしれないが」
「いえ、魔物狩りに対してすごい魔法が撃てるようになるんです。ミミさんは【エクスプロージョン】とか使えてましたし、ドイル様は【アローシャワー】とかですかね。アーク様は【神威八連斬】なんかも使ってました」
――よーく考えよう。マールは無垢だ。事実しか語らない。夜に限らず高等魔法を使える。
あっ!
「マール。お前もしかして、精神力エネルギーを略して精力エネルギーって言ってないか?」
「えっ? 違うものなんですか?」
全てが判明した。マールは悪くない。悪くはないのだけど、とんでもない爆弾というか能力を持っていたんだ。それをこの変態アークは見抜いたというのか?
じゃあ何故追放した? あーそうか勇者アークは風紀中毒だった。
「マール。精力エネルギーと、精神力エネルギーは別物なんだ。
精神力はいわゆる魔力であって魔法を放つためのエネルギーなんだ。
マールは多分、その魔力……空気中のマナを取り込んで他のメンバーに供与出来るんだ」
「クロード様。さすがわたくしの王子様です。そんな事まで知ってるんですね! ではわたくしはそのマナをいろいろな場所から強奪して皆さんに分け与えられるわけですね」
「まあそういうことになるな」
そういう壊れた能力なら勇者であっても頷ける。組んだ仲間がモブから魔王くらいにグレードアップするからな。この変態アークが伝えたかったのはそこなのだろう。
「では、マールちゃんは本当に勇者の資質が備わっていて、それを以って世直しをしてくださいって事なんですか?」
リーシャは理解が早いな。
「ああ。その通りなんだ。前任のアーク殿が引退してから、国内の風紀が乱れに乱れて、無法地帯と化してしまってきたんだ」
「具体的に勇者の職務とはどういう事をするんだ?」
「……国内のパトロールと、魔物の適性生活区域の保管になるのかな」
「なるほど。結果的に住みよい国が出来るというわけか」
「ああ。勇者様は国民の指標だから崇められて、国民の信頼も得られるんだ」
子供の頃みたあの勇者の姿が蘇る。俺確か駆け寄っていったら、わざわざ足を止めてくれて頭撫でてくれたっけな。超イケメンの金髪だったけど素晴らしい人格者だった。
この失神しているアークとは大違いだ。
「でもいくらマールがすごい能力を秘めていると言っても、自分で魔法使えるわけじゃないよな?
……俺がついて行くってことか?」
「そうしたら、わたしも付き添いますわ。薬師として行動できますし」
「薬師の稼業はまだ父親が健在だから、大丈夫かもしれないが、問題は子爵領の本邸だ、自然の丘陵地にあたるからな。たまに魔物が迷い込むんだ、俺が留守となると対処が心配になるな」
「そこでわたしたちの出番ですわ! クロードちゃん!」
ぬわっ! びっくりした。いきなり飛び起きた女装変態アーク。
ドイルも目を覚ましたようだ。
「あなた達が勇者稼業を行ってくれている間、本邸の保安はわたし達にまかせて頂戴。大丈夫。これでもあらゆる分野で名を馳せた勇者とスナイパーよ!」
ん? さっきリーシャにノックアウトされてなかったか?
「わたし達は、やってしまった罪の償いをしたいのよ。特にマールには股を確かめさせてくれとか言っちゃったわけだし……」
またそれかよ! もういいから忘れろよ!
「国王陛下は勇者擁立を切望してるんだ。勇者一行、おそらく今回3名になるであろうことは分かっていたから、かなりの定時報酬を用意しているはずだ」
「――確かに勇者というのは、幼い時は俺の夢だったな。
マール。お前が勇者の旗印を掲げて世直しに出るか? 俺もリーシャももちろん一緒だ。危険からは俺が死んでも……死なないけど守る!」
「マールちゃん、わたしも身に付けた薬師の知識をもっと役に立てるかもしれません」
リーシャも自分を試したいんだろう。
「――わたくしは……」
「もちろん! クロード様、リーシャちゃんと心は一緒ですわ!」
「屋敷の守りはわたし達と、このお嬢ちゃんにお任せください」
一応アーク達は頼りに出来そうだな。
「分かった。ライナーさん。この話どこまで出来るかわからないけどやってみようと思う」
「――最後に一つだけ絶対に外せない条件がございます!」
マールが珍しくはっきりと発声した。
「勇者はクロード様です! それ以外受け付けません!」
絶対に異論は認めない! そんな言い方だった。
刹那、俺とマール以外は笑顔で頷いて拍手した。
「やっぱり王子様が勇者ですわ!」
「…………」
「やはりわたしの後はクロードちゃんじゃないとね! 気概を試す形になってごめんなさいね。わたしから宣言するわ! 勇者はクロードちゃんにお願い!」
「マール、股を確かめさせてくれ! なんて言ってごめんなさいね!」
皆最後はこうなる事が、分かっていたという表情だ。
「ライナーさん! 俺が勇者としてルシェを守る! それを国王陛下へ伝えて欲しい」
「君が勇者を受け入れてくれた件は承知した。必ず陛下に伝えるよ」
笑顔で応えるライナーさん。
なんだかんだ言ってもこのライナーさん、それにアークとドイルは信用に足る人物だ。
それがあるから返事出来たわけだが。
それと能力的な見解だ。
マールが本当に周囲からマナをもらう能力があるなら、俺の時空魔法を最大限活用できるのだ。
一応役割としては、マールが魔力タンク、俺が戦闘、リーシャが薬師と頭脳ってところかな。
「では後日こちらに使者を出すから、その時はよろしくね」
ライナーさんを乗せた馬車が意気揚々と去っていった。一刻も早く陛下に伝えたいのだろう。