文官ライナーの来訪
――新年早々の事だった。
「ご主人様。ルシェ王国の使いと申される方が見えておりますが……」
侍女のエミリーが上ずった声をかけてきた。
とっても器量良しの子で、うちの大した待遇の出来ない中でも、とってもよく動いてくれる父親お気に入りの子だ。
「応接室にご案内してくれ。今向かう!」
俺は、今一人稽古の真っ最中だった。
最近では、ダガーを多用することが多くなり、あまり機動力を妨げないという利点を生かし、二刀で活用しようと考えていた。手数が多くなり、手加減がしやすくなるのだ。
二刀は防御面で不安だと言われるが、俺にはあまり関係ないし。死んでも蘇るから。
汗を拭き、応接室へ。
わざわざ王国の使者がこんな僻地の子爵領へ何の用だろう? と思った。
盛大な婚姻式からは1年、あの忌まわしいリーシャ追放劇から2年がたつ。
今、リーシャとマールは共に、父親から薬師目録を認められている。
特にリーシャは調合能力が高く、知識量も豊富だ。あの格好だけのバカ殿下や、語彙力のなさに定評のあるメルと違い、確実に頭が切れる。
マールは勘と嗅覚で上質の薬草が発見できたりする。
リーシャは無事貴族学校卒業を果たし、あの俺が楽しく味わえなかった卒業記念パーティーも、堪能できたそうだ。1年前のトラウマを心配したが、1年前は馬車の中で意外とくつろいでいたそうで、そこまでの精神的ショックはなかったそうだ。
あの時の騎士さん、どうも、わざと馬車の走行を遅らせて、俺の慣れない尾行に気を使っていてくれたようなんだ。しかも最後までリーシャの心配をして心的ショックの緩和に配慮して、”王子様が来てますよ!” だよ。神だな。あれこそ騎士の鏡。勇者じゃないだろうか?
そういえば、あのバカ殿下……
風の噂では、メルをおとりにつかい逃げ延びて、無国籍スラム街に身を潜め、海への動線を通り海賊入りしたとかしないとか、そんな噂があったが、どうなのだろう。
メルは意外としぶとくて足蹴にされながらも行き着く先はバカ殿下らしいが。
ただ到底あの森で五体満足で生き残れるとは思えないんだけどな。
もし次会ったら、去勢しておこうと思う。あれはダメだ。
下半身だけでも生き残りそうじゃないか。
応接室にはものすごく正装の若々しい男性が下座の位置に座っていたが、俺を見ると立ち上がり、深く敬礼してきた。25歳前後だろうか?
いや。別に俺そんな偉くないよ。ただの傭兵ですから。
「忙しい所申し訳ない。わたしは、ルシェ王国直属の文官ライナーと申す者だ」
「……はぁ。文官様がどういったご用件で?」
「こちらには、あの伝説の『華麗な御業を持つ股に定評のあるマール』殿がいると聞いてきたもので……そして何より本日はそのマール殿に御用があって参ったのだよ」
「あの……何一つ俺には御用じゃないわけですね? しかもマールは聖女の方です。俺の家内になりますが……」
「なるほど? それは大変失礼した。もし性女マール殿であれば、是非その神なる御業を拝見したく参ったのだが……」
ものすごくもごもごして要領得ないのだけど、このライナーさんは文官で大丈夫なのだろうか?
「いや、違った……実は本日はそのマール殿へ、勇者の打診をしに参ったのだ」
「えっ? 勇者? マールがですか?」
「そうなんだ。前任の勇者アーク殿が、いなくなってから国内の風紀が特に乱れ始めたようで、国王陛下もこれは由々しき問題だとお認めになられたんだ。そこでアーク殿に勇者復帰をお願いした所、なんと”お色気にゃんにゃんパラダイス”という夢の国に住んでいるようで、”俺はここで聖人になった!” と言い張って断られたんだ。その際、使いから聞いた話では勇者の資質を持つに値する聖女マール殿のお名前があがってね……」
そんな事本人から聞いたことないぞ。そもそもそれじゃ何故アークはマールを追放した?
あっ! マール違いだっただけか……となるとマールには本質的に隠されたすごい能力とかあるのかな。聖女だったわけだし。魔法使えないけど……
「あの……人妻ですよ? 聖女引退してますよ? いいのですか?」
「ああ。この国内に蔓延る風紀の乱れを治めるには、この際使用済みだろうが関係ないと国王陛下がおっしゃられたんだ……」
「…………」
今、マールは俺が言うのもなんだが、すごく幸せだ。そんなところに勇者になれと?
「マール本人は今薬草採取に出ています。戻るのに、もう少しかかりますね」
「あっ? なるほど、承知した。女性がお手洗いの時ごまかす、お花摘みの事だね」
へ? ライナーさんあなたおかしいです。紳士なのか不明だ。
「クロード様、ただいま帰りました。今日も山盛りです! スッキリです!」
「クロード様、ただいま帰りました。今日も詰まりなく順調です」
そしてリーシャとマールがお花摘み……いや薬草採取から、ちょうど戻ってきた。