冬華は決意する
この世界に来る直前の自分を思い出し、お茶のカップを持ちながら目に一杯の涙をためている妹を見て兄のリックは慌てた。
「ローズどうしたの? どこか痛むの? お茶が濃すぎた?」
「いえ、何でもありません。その‥昔の事を思い出してしまって」
リックは妹の言葉に目を丸くした。
「息を吹き返してからのローズは本当に様子がおかしいよ。僕に対して敬語なんて使っていなかっただろう。僕たちはあんなに仲が良かったのに、こんな風によそよそしくなってしまうなんて」
そして妹である私の手を取り、真剣に訴えた。
「心配事があるなら何でも僕に話すんだよ、黙っているのは良くない。僕も母さんも明るいローズが大好きなんだから。ほら、このケーキも食べて! これ大好きだろう?」
このリックという兄も父母もローズを溺愛しているようだ。
クローゼットには趣味の悪い(本物さんごめんなさい)ドレスがずらりと並び、女の子が好きそうな物で部屋は溢れかえり、食事は食べたいだけ食べさせている様子から、欲しいものは何でも与えているのが明らかだった。
だがこんな風に家族に愛されているローズが羨ましくもあった。そのローズに向けられた愛情は今や自分の物だ。もしかしたら本物のローズは私の世界に行って私の体にいるのかもしれない。
お互い(多分)一度死んで転生したなら、戻れるかどうかも分からない。
それならこの世界で家族に愛されるローズとして生きていく方がずっといい様に思えてきた。
「お兄様、心配してくれてありがとうございます!」
以前の私は素直じゃなかった。甘えたりするのはみっともないし、媚びを売っているようで嫌悪すらしていた。
でも変わろう、以前とは反対にここは素直に笑ってみよう。ここで私は新しい私になるんだ!
「お兄様?!・・ローズ、『リック』でいいよ」
リックは私の反応に戸惑っていたが、当然か。中身が違うんだもの。
____
それから私はここでの生活に溶け込むよう努力した。
言葉が途中から理解できるようになったと同じく、体に刻まれたローズの記憶が徐々に蘇ってきた。 自分の幼少期から現在に至るまで・・。
どうやらこの体型はやはり両親や周囲に甘やかされた結果らしい。リックも両親も普通体型なのだ。自分だけが・・かなりのぽっちゃりさんだった。
しかもかなり我がままで、家族以外に対する態度もひどい。こういうのは改善しなくちゃいけないわ。
そしてこの体型のせいで命が縮まるのはまずいわ。これもなんとかしないと! ただ、この体が要求するものは太りそうな物ばかりだったが、冬華の自我が体に定着してきたのか食の好みは徐々に変わって行った。そう、私はこってり系は好きじゃないのよ。
その上で自分でも努力を惜しまなかった。
「お、お嬢様!? どうされましたか? その恰好は・・」
この世界の女性はズボンをはかない。例外は乗馬と狩猟のみ。
仕方ないので乗馬ズボンとシャツを着て部屋で体操をしていたところを、部屋に入って来たエリーが見て仰天したのだ。
しかも私はベッドから毛布を下ろして床に敷き、その上でストレッチをしていた。
このローズの体は柔軟だった。今の私は大股広げて前のめりになっている、T字のポーズだ。
ううん・・貴族の令嬢にはあるまじき姿ですよね、そうですよね。だからってエリー、そんな顎が外れそうなほど大きな口を開けて驚く事ないでしょ‥。
「エリー、口、くち!・・オホン、私ねダイエットすることにしたの」
エリーははっと口に手をあてて平静を取り戻すと聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「ダいえ・・でございますか?」
あーダイエットって観念が無いのね。
「痩せるのよ。また心臓発作で死んだら困るでしょ?」
「まあ、また死ぬなんてそんな恐ろしい・・」
エリーはローズ付きのメイドだった。まだ幼い頃からサトリア家に奉公し、働き者だったエリーは年が近いためローズ付きのメイドに昇格したのだ。
エリーはローズのわがままとも上手く付き合っていい関係を築いていたらしかった。心優しいエリーはまた私が死ぬなんて想像しただけで卒倒しそうだわ。
「それと食事のメニューも見直して欲しいのよ。スープは野菜たっぷりのコンソメにして頂戴、パンは油分と塩分を控え目にした軽いトーストに変えて。それから肉類は脂肪分の少ない赤身か鶏肉を。味付けは薄目でね。魚や野菜料理を増やすようにもしてほしいわね、生野菜じゃなく温野菜が理想的ね。それから・・」
「す、すみません。書き留めていいでしょうか?」
「あらごめんなさい、私が書くから料理長に渡してもらえる?」
「はい・・承りました」
私が書いたメモは、私から見ると日本語なのにエリー達にも読めるらしくて便利だった。その逆もしかり。うん、異世界、悪くない!
メモを受け取ったエリーは信じられないと言った目つきでそれを読みながら部屋を出て行った。