87話 芦梅戦争と雄州
明海十三年 10月20日 高須賀海軍基地
「相坂大佐、今朝の新聞、見ましたか?」
出勤して朝一番にそう声を掛けてきたのは松栄中佐。
「いえ、今朝は少し寝坊してしまって、忙しくて」
「芦梅戦争が一昨日、終結したみたいです」
「芦梅戦争……?確か、去年の今頃から始まった戦争でしたっけ?」
「ええ。同時に三国同盟に亀裂か!なんて言われた例の奴です」
「終結したってことは、勝敗は?」
「芦麻菜の方が勝ったみたいです」
「ほほう」
「あまり戦争中は情報がこちらにはこなかったみたいですが、雄州で初めて飛行機が軍事的に用いられた戦争だとか」
「それが……何か?我々はもう既に使ってはいますが……」
「芦麻菜も梅斧目戸も、飛行機同盟ではないですし、また同盟の同盟国でもないんですよ。それも、飛行機については明るくない国々が……飛行機を実戦で、それも実用的なもので、使ったんです」
「変ですね。どちらの国も煤羅射とも、同盟国ではなかったんですよね?」
「ええ。もしかしたら、国内の安定化の為に、技術をあらゆる国に売ったとも噂がありますが……こればかりは噂としか言いようがありません。別の道から手に入れた可能性も否定できませんから」
「それはそうと……」
「そうです。雄州で用いられた、ということも問題です」
「この戦争にも浜煤戦争ほどにはいないようですが、観戦武官も多くの国が派遣されたとのことですね」
「戦争の形が大きく変わる……ということでしょうか?」
「というより、より適応した形で航空機を軍に盛り込む、ということでもあるのでしょう。こっちの軍もある程度特殊ですし、そして列強煤羅射が破れたことにより、航空機の数が違う我が国をもっと研究したいが、距離が遠く、煤羅射にも頼ることは出来ない。というような感じで」
「戦争の形が変わる……ですか。雄州で一波乱、起きるかもしれませんね。芦梅戦争以上の動乱が」
「松栄中佐、それは中々に不穏ですな」
「芦麻菜は梅斧目戸よりも、国債の負担以外の面では国力や面積などが負けていると思われていましたから、これに乗じた動乱があっても可笑しくはないかと。実際、梅斧目戸の各所でレジスタンスが活発になって来ているとも書かれていますし」
「それもそうですか……」
その言葉を受け、自分も改めて納得した。
同年 11月5日 東雄州ダシア半島 某所
土煙舞う、ゴツゴツとした石畳に、乾いた銃声を鳴り響かせる。
「突撃突撃!」
「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」
五、六人ほどの青年たちが、銃を手に建物に突入する。
「止まるな!弱ったメフメトに、我々の独立を止める余力はない!この機会を逃さんぞ!」
軍の指揮官というよりは、農民の服に上から使い古された鎧を着たような男が指揮を執り、指示している。
その姿は戦争と言うよりはテロ、若しくは革命のそれである。
それもそのはず、彼らは軍に集められたのはつい先日であり、軍の方にも制服を渡すことのできる生産体制が整っていない。
勿論、もともと軍に属していた軍人についてはその装備が整ってはいるが、奪還に向けた動きになる国際情勢は忙しなく、軍も性急に整えたとはいえ、体制が不十分なのは否めない。
メフメトが弱体化してからと言うもの、メフメトが大国にのし上がってから彼らに抑圧され、煮え湯を飲まされていた国家、人民の感情は昂っているのは確かである。
芦梅戦争終結の数週間前に始まる動乱も、国家が正式にメフメトに宣戦布告するなど、その戦火は拡大し続けている。
「メフメトには飛行機を作る技術は無い!恐れるものは何もないぞ!」
そして、風に聞いた列強の新兵器、「飛行機」もメフメトは有していない。
ただそれだけであり、陸軍力は未だ健在と言っても良いほどではあったのだが、弱った今、メフメトを憎く思う前線の兵士の戦意も強い。
「クソ!ハイエナ共が……、撤退を開始するぞ」
「チッ、了解」
そしてメフメトは戦争に負け続きであり、兵士の士気も低かったのである。
結局、この戦争―ダシア戦争は翌年、明海14年5月、反メフメトトルキアを掲げる国家同盟、ダシア同盟の勝利に終わったのであった。
明海十四年 7月2日 高須賀海軍基地
「相坂大佐、またダシアで戦争ですって」
付き合いも数年ともなり、口調も少し砕けた感じになった松栄中佐が話しかけて来る。
「またですか?5月末に終戦したはずでは」
「ええ。しかし、講和が上手く進まず、先月の29日からまた戦争が起こったようだと」
「全く……雄州の情勢は全く以って複雑ですな。自分なんかはあと二年で退役だというのに、こちらまで戦火が及ぶようなことは起こって欲しくないですね」
「ハハ、確かに。自分も相坂大佐の数年後に退役になると思いますが、私も同意見ですよ」
「ま、後輩の教育もある程度まとまりましたし、後任の方もある程度落ち着きましたから、あまり自分たちが心配することではないのかもしれませんけどね」
「後輩たちを信用しなければ、捻くれてしまいかねませんからね」
そう言って、互いに苦笑いをする。
「ところで、今回はどことどこが戦っているんですか?確か数か月前までは、梅斧目戸とその他のダシア同盟諸国が戦っていましたよね?」
「確か……吹流雀王国とその他の対吹流雀連合でしたかね?」
「戦端はどちらから?」
「吹流雀王国が対吹流雀連合の内の二か国に侵攻したとか」
「そりゃ、擁護できませんね」
「吹流雀王国の後ろには墺利亜帝国が居るとか」
「正しく泥沼、って感じですね」
「そして以前から兵器の輸出をして外貨を稼ぎながらダシア同盟に支援をしていた煤羅射は対吹流雀連合を支援しているとかどうとか」
「そんなことになるなんて、つくづく浜綴は雄州から離れていて良かったと思わざるを得ないですね」
「ハハハ……」
自分たちが平和を享受している間、雄州では大きな動きを見せているのであった。
まあこの戦争も、同年の二ヶ月後、8月10日で終結してしまったのだが。
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