85話 平和、されど忙しく
明海十二年 9月2日 高須賀海軍基地
「はぁ……」
「どうしたんです、松栄中佐?」
「ん?ああ、相坂大佐。まず、これらを見てみて下さい」
「来年度の航空科志願者数予想と……海軍航空科の操縦士不足問題?」
「ええ、輸送機や汎用機の操縦士なら、航空大学上がりの一般人を徴用することでなんとかなるかと思いますが、他の軍用機の操縦士の育成は、専門知識が必要になりますから、軍での育成が必須ですが、軍の航空科では、今のままでは何分規模が小さく、規模を大きくする、ということで、新たな施設を建てたは良いんですが……」
「何か問題が?」
「どうやらそれでもまだ足りないみたいで、当初はここから全て移す予定だったみたいですが、ここでも継続して訓練を行うことになったみたいです」
「……何の問題が?」
「当初の予定が急遽変わった、ということは?」
「人手不足ですか?」
「そうです。それも、ここの今の人数と受け持つ学生の割合を正規とした場合、丁度ここの教導隊員の数が足りません」
「14人、ですか……?」
「まあ、相坂大佐と小川中佐は演習のみを担当しておられるので、もう少し軽く見て、13人が妥当かもしれませんが……それでも人が足りないことに変わりは有りません」
「13人ですか……それは大変ですね」
「幸い、予想が今の内に出て対応が取れますが、教導隊員、もとい、教壇に立てる人間の育成する時間がありませんね」
「自分らみたいに演習を行うだけの教導隊員ですら、4か月掛かっていますからね。教壇に立つとなると……」
「ええ、時間がありません。ここの人数半数以上を向こうに送り、ここに4人迎え入れる予定ですが……」
「現状で、新たに迎え入れる教導隊員は如何に?」
「そちらは心配いりません。少なくとも予定通りです。あと、実戦経験者を演習用の教導隊員を4人向こうに入れるので、少し余裕はありますが」
「それでも10人は多いですね……」
「どうにも難しいもんですね~。……はぁあ」
松栄中佐は溜息を吐くばかりであった。
同日 相坂家
「……という訳で、来年もまた、忙しくなりそうで」
「ソウデスカ……でもそれだけ、貴方が頑張っテいるということですもんネ」
「今年もそんなに家に居る気もしないけど、来年は今年以上に基地に縛り付けになってしまうかもしれない」
「寂しいデスガ、そんな貴方を好きになったんデス。私も大丈夫デスヨ」
愛奈は微笑んで来るが、その笑みは何処か影がある。
「愛奈、食欲無い?」
「ソンナことは無い気がシマスガ……」
愛奈の食器に目をやると、日に日に盛りつけられた量が減っていることを思い出した。
それに、食事の速度も落ちている気がする。
「一度、病院に行った方が……」
「イエ……大丈夫ですから」
そうは言っているが、やはり気になってしまう。
……ん?
いや、待てよ。
何か頭の中に、「引っ掛かり」のような考えが浮かんだ。
「……ウッ」
「大丈夫か愛奈!」
愛奈が口元を手で押さえ、口からの吐き気をせき止めたようである。
これはもしや……。
「愛奈、やはり病院に行きましょう」
「別に食欲がないだけで、大したことハ……」
「そうじゃなくて……」
思い当たることが一つ。
まあそれが当たっていなくても、この状態なら何かがあるのは間違いないだろう。
翌日 3日 高須賀 某病院
という訳でその次の日、仕事は二人ともあったが、緊急の用事として、仕事を午後からに回してもらい、近場の病院へ行った。
「先生、愛奈は……」
「ええ、予想の通り……妊娠の可能性が高いでしょう」
やはり、愛奈の最近の不調は「つわり」の症状だったらしい。
忙しいことは忙しいことを呼ぶかのようである。
さらに翌日 4日 浜綴航空技術研究所
「と、いうことで、俺に話を聞きに来た、と言う訳か」
目の前にいるのは自分のほぼ専属状態の整備士であり、既に一児の父でもある、倉田 栄治。
「来年のこともあるし、忙しくなるから、何か聞けることがあるなら聞いておこうと思って」
「とはいえ、俺は殆ど何もしていないからな……。浜煤戦争の前線が一段落して帰って見れば、もう生まれていたって訳だし」
「だよなぁ……」
「否定してくれよ」
「用意しておいたことは……ないよなぁ……」
「それを言われるとな。だがな、俺の嫁も次の子も生まれて、なにか手伝えるかもしれないから、嫁には一応伝えてみるよ。こっちも忙しくて頼りにならないかもしれないけどな」
「まあ、それが一番助かるな。ありがとう」
「ま、困ったときはお互いさまだからな」
「そういえば、あまりお前を助けたことが無い気がするな……」
「航空機の案や使いやすさがどうのって、言ってくれたことがあるだろ?それでいいよ。今更男同士でなにか贈り物を贈るとか……気色悪いからな」
「それもそうか……。だが、次飲みに行くときは奢るよ」
「そりゃどうも」
「あとは……姉さん家族のところにでも聞いてみるか……」
新たな生活の為に、さらに頭を捻らせるのであった。
同月 9日 相坂家 新家屋
「これで引っ越しは終わり……っと」
「新しいお家……良いデスネ!」
新たな家が完成し、引っ越しを終えた。
愛奈の誕生日と引っ越し祝いを同じにし、来年度の負担を少しでも減らそうとした自分のなんとも多少ばかりケチな考えである。
だが、愛奈は文句の一つも言わずに笑顔でいてくれている。
「……」
感謝はしているが、どうにもなんと言えば良いのか分からず、言葉が出てこない。
家や仕事のことが一段落したら、改めて何か、感謝の気持ちを伝えようと心に決めるのであった。
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