79話 将来設計
明海十一年 9月9日 相坂家
「誕生日おめでとうございます」
「ありがとうゴザイマス!大事に使わせてもらいマス!」
今年は手袋を贈り、またも喜んでもらえて何よりだ。
「これで私モ、ソノ……結婚、できる年齢になりましたネ……」
アイナは感謝の辞を述べた後、多少ほど、熱を帯びた目でこちらを見つめて来た。
「ああ、そう思って……」
少し席を外し、とある小物を取りに行く。
「何でショウ……?」
アイナは首を傾げ、こちらを目で追う。
「これを」
そして自分は彼女にその箱を差し出した。
「……マサカ」
彼女はそうぽつりと言い放つ。
「開けて見てくれ」
「……ハイ」
箱を開けると、単調ながらも強く光を反射させ輝く輪。
「結婚は、まだアイナは学生だから周りの目もあるのでまたそれは卒業してからということで……」
一呼吸おいて、息を整える。
「改めて自分の、婚約者となってもらえませんか?」
声が微かに裏返りそうに、また掠れそうになりながらも、しっかりと言った。
「……ハイ、ヨロコンデ」
これで一応、子供の婚約者“ごっこ”から正式に婚約者へとなった。
アイナも緊張していたのか、片言さも失せつつある喋り方になってきた最近の中でも、今が最も片言な返事で、若干の嬉し涙を浮かばせながら、了承してくれた。
そして二人とも、自然な微笑みが毀れた。
「正直言って、断られるかと思ったよ」
「そうでショウカ?私の方コソ、この関係ヲ終わりにしようと言われてしまうノカト、内心怯えていマシタ」
「まぁ……始めの方は確かに君との結婚は、あまり乗り気ではなかったからね……」
思わず苦笑い。
「やはり、子供だったからでショウカ?」
「それもあるけど、家柄とか、国のこととか、他にも色々考えることはあったからね……」
「最後にはコウシテ婚約してもらえマシタ。それだけで、私はトテモ嬉しいデス」
「自分も、思いを受け取ってもらえて嬉しいよ」
何はともあれ、自分とアイナは婚約者となったのであった。
同月 10日 高須賀 浜綴航空技術研究所
「結局婚約したって訳か」
昨日の件を話すと、倉田が笑いながらお茶を啜っていた。
「まあな」
「そういや婚約しようと思った理由はなんだよ?前はあれだけ嫌がっていたのに」
「別に気が引けたってだけで、嫌がってはいなかったって……。理由はそうだな……。あの戦争で何もかもを失っていたと思っていたときに、傍にいて、励ましてくれた……ことかな」
「つまりあの戦争が無ければ婚約もなかったと?」
「いや、時期は遅くなっていたかも知れないけど、あの戦争が起こる前でも、そこまで拒否していた訳でもないし、あの明るさにいつか折れていたかもな。いつになるかは分からないが」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ」
「人って変わるもんなんだなぁ」
「それはお前だろ。子供が出来てから、かなり落ち着いた感じになったし。もうそろそろだっけ、杏子ちゃんの誕生日」
杏子ちゃんとは、倉田家の第一子、長女の名前である。
「ああ、10月14日だから、大体あと1ヶ月だな」
「戦争の最中に生まれたお前の子供ももう3歳か……時が経つのは早いな」
「何となく顔が妻に似てきてあいつは将来美人になるんだろうな」
「親馬鹿め……。あれほど美人になるなら、男どもが寄って来るだろう?」
「それがどうした?親としてはそのことを考えると少し寂しい気もするが、嫁ぎ先がないより良いだろう」
「しょうもない男に引っ掛かる可能性が上がるだろう?」
「確かに、それは問題だな」
「それにしても、二人目は大丈夫なのか?家のこととか」
「義実家にも手伝ってもらうし、金のことなら問題はない。そこまで心配されるようなことはないな。というか、戦争中に子供が生まれたことに比べれば、考えるべくもなく大丈夫だ」
「そうか……。まあ、何か困ったら言ってくれ」
「ああ、助かる」
平和が訪れたある日、自分たちは将来に期待し、語り合うのであった。
同月 22日 相坂家
「……という訳でございまして、アイナさんとこの度婚約をしまして……」
目の前にはアイナの父、エリック准将がいる。
婚約の報告をし、その表情を伺う。
「……」
エリック准将は目を瞑り、一つ、深呼吸をし、口を開いた。
「イイデスヨ」
重々しい雰囲気を纏わせていた割には、その答えを放った言葉は軽く、さっぱりとしたものであった。
「え、いいんですか?」
「ダメデスカ?」
「ああ、それは言葉の綾で……」
詳しくエリック准将の話を聞くと、エリック准将自身は地方の農家出身であり、当時公爵家の家庭にいたアイナの母が家出をしていたときに偶然知り合い、駆け落ち同然で結婚したのだという。
その後エリックさんは自らの力で准将まで上り詰め、準男爵の称号まで得、それから認められたらしい。
であるからして、そもそも最初の婚約のときから反対はしていなかったらしい。
なるべく自分の子供には自由意思で結婚してほしいとのことであるし、子供の結婚にとやかく言える権限など持っていないと思っているとのことであるらしい。
今や白豪主義だの、黄禍論だのと、様々な意見があるが、その風潮の薄い片田舎から出て来たというのもあり、その見方もそもそもしていないらしい。
あとは、軍部からなるべく飛行機乗りや、飛行機技術に聡い人間と身内を結婚させるよう話が来ているというのもあり、娘の意思を尊重したまま、軍の意向にも応じることのできる現状がいいらしい。
そんな理由もあり、何の反対もなく、親公認の正式な婚約者となった。
自分の親にはそんな話はしていないが、自分は成人しているので許可などは勿論必要ない。
というか、この話、親にも一応話しておくべきだろうか……。
長男がほぼ絶対的な跡取りとはいえ、家族の話は家族の話。
手紙の一つでも寄越しておくか……。
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