68話 戦線の穴埋め
明海九年 4月12日 空母索冥 第一会議室
この日突然、艦内放送で、会議室に呼び出しが出された。
「皆聞いてくれ、緊急事態だ」
その言葉で、会議室にいる全員に緊張が走った。
それもそうである。
いくらほぼ全ての偽装が完了し、今や習熟訓練を残すのみであり、それも初期の段階は修了したとはいえ、未だ就役していない艦の船員が緊急事態として呼び出されたのである。
これはつまり、何らかの形で戦線に関わることを意味しているということは、皆が承知のことである。
「航行艦隊の主力艦であった、空母千鶴が、撃沈された」
その言葉で、更に部屋の中にざわめきが湧きたった。
「敵新型爆撃機によって、飛行甲板に被弾、弾薬庫に引火、誘爆を引き起こし、拮抗している制空権に穴が出来ている、という話だ。このことがきっかけとなり、他の駆逐艦や巡洋艦に敵航空機からの攻撃が苛烈になり、艦の一部が被害を受けていたり、ものによっては撃沈されるという報告も上がっている。流石に戦艦が撃沈されたという話は聞いていないが、それでも被害は少なくないという話だ」
ことの余りの重大さに、全員が逆に静まり返ってしまった。
「そこで、既に人員の準備状態に入っている主力艦である、我々空母索冥、栄龍、そして重巡洋艦古槁が習熟訓練のみを残すものとなっている。そして上層部は、辰飛、辰見を続けて局地防衛任務に就かせ、新鋭の我々に新戦力として穴埋めを行わせるらしい。……確かに辰飛と辰見には実戦を行ったものは少なく、栄龍の搭乗員の一部と索冥の搭乗員は熟練が多く乗っているが、そう多くは望んではいないだろう。しかしこの話は、戦艦派で空母を沈めたいと考えている連中と、空母派で戦果を急ぐ派閥が推し進め、戦線に我々を出したいらしい。我々も軍人だ。上が『やれ』と言えばやらねばならない」
そこまで言った上官は、一息吐き、
「そうなったからには全力でやるぞ。我々は栄龍と『違い』、熟練しかいないからな」
上官が『違い』を強調して言ったのは、栄龍に思うところがあるのか、強い意志を感じた。
そして、末端の我々は、この上官が『やれ』と言うのだから、やるしかない。
臨時艦隊として編成されるのは、新鋭艦として急ぎ就役された、空母栄龍、索冥、古槁型重巡洋艦(一等巡洋艦)一番艦古槁、既に就役していた、新高型一等巡洋艦二番艦、但馬、千曲型重巡洋艦三番艦と四番艦、平杜、畝肥。他前最新鋭駆逐艦4隻、準旧型駆逐艦3隻、病院船1隻、民間徴用輸送船舶2隻、民間徴用改造工船1隻。
計17隻の、戦艦と二等巡洋艦を欠いた変則的な艦隊である。
民間船と新鋭艦が含まれており、碌に陣形を組むことすら拙いようなこの艦隊が、支援艦隊として、この戦争の最前線、蓮都戦線に送り出されるのであった。
同月 21日 浜綴海 臨時艦隊 空母索冥 第一会議室
「諸君、集まってもらったのは他でもない。これより始まる作戦の事前確認の為だ」
司令官は少し眠そうにしながら事前確認を行う。
「航行艦隊の残存部隊による戦闘機部隊が敵新鋭戦闘機の足止めを行い、栄龍からの航空部隊により敵陣地を強襲し、最後に我々空母索冥の航空部隊の支援により、蓮都港を揚陸艇によって揚陸し、蓮都を制圧する予定だ」
そして溜息を一つ溢し。
「だが、この任務は成功する確率が低いとみられる。任務遂行が不可能であると航行艦隊司令部が判断した場合、航行艦隊は一時的に撤退し、我々臨時艦隊はその撤退を支援するため、殿を務めることになる。改めて言うが、諸君らにとってこの作戦は厳しい作戦となるだろう。だが、この作戦を成功させれば我々の名誉は皇国の歴史に刻まれることは間違いない。諸君らが全力で任務に当たることを願う。以上、解散!」
なんともこの艦隊の司令官はやる気の感じられない奴である。
「あぁ、作戦開始時間は8000時だ。我々の作戦初動時間は1000時である為、各位、それまで待機だ。改めて解散!」
本当にこの人の下で作戦に就くのは大丈夫なのだろうか。
根深い疑問が残った。
……一度部隊を壊滅させた自分が言うのも可笑しな話か。
空母索冥 飛行甲板
時間は8000時。
作戦群全体としては既に作戦は開始され、自分たちにとっては、あと約二時間で発動となる。
そんな中、飛行甲板で、海を眺めながら、物思いに耽っていた。
「よう隊長、考え事か?」
そう話しかけてきたのは、僚機の小川である。
「……まぁな」
「その様子だと……杉のことか?」
「あぁ……」
敢えてはぐらかすこともない。
ただ自分は、素直に答える。
「もっと言うと、自分が再び隊長としてやっていって良いのかという疑問……か……」
「成程な……」
「……」
暫くの沈黙。
「まぁ、人生、そんなこともある。杉大尉……今は中佐か……は、軍人だった。軍人が戦場で死ぬのはある意味当たり前だな」
「それは分かっているんだがなぁ……」
「後は……」
「……?」
「まぁ、自分の口から言わせた方が良いか……」
「どういう意味だ?」
その問いに、小川は顎で方向を示す。
「なんだかんだで久しぶりだな、相坂少佐」
そこにいたのは生機少佐。
「……?」
再び小川の顔を見ると、「自分で話せ」と言わんばかりの表情でこちらを見て来た。
そういうことなので、生機少佐に自分の悩みを言った。
「あぁ……隊長なら、そう考えるか……そうだよなぁ……」
どうやら生機少佐も何やら考えを持っていたらしい。
「杉が落ちたあの時、杉は俺を庇ったんだ。敵機の機関砲から」
総生機少佐は語り出した。
「だから俺は、あの日のことを今でも後悔している」
生機も車椅子にもたれながら、海を眺めている。
「もしあの戦いで、俺が被弾せずに戦えていたなら、杉は落ちなかったんじゃないかって」
「だが、戦闘を続けさせたのは自分だ。あの場での責任は基本的には自分にある」
「確かにあの場の責任者はお前だった。だけどな、その責任は、俺も原因の一つであったのなら、俺にも責任はあると思う」
「……」
「人それぞれだろ。考え方は」
「そう……か……」
「ま、あの世で起こられるなら、あの世に行ってからでいいだろ」
「……」
「だから俺たちは、杉のような奴を再び出さない様に、全力で作戦に取り組むだけだろ?」
「それは……確かにな」
「今俺たちが悔やんでいても、杉は戻ってこない。正確には消息不明だが、小川みたいな奇跡はそうそう起こせるものじゃない。それに、不時着水できても極寒の海で、長い事生きていけるとも思わない」
「……」
「兎も角俺たちは、前に進むことしか出来ないんだよ。何があろうとも。それこそ、杉が生きてでも居ない限りは」
「前に進む……」
「だから俺たちは、この後に始まる作戦に全力を注ぐまでだ。……何度も同じことを言っている気がするな」
「まあ、それには変わらないな」
「少しは元気でも出たか?」
「多少は、だが」
「今度は、俺は丸腰だから、落されない様にしてくれよ」
「……分かった」
「おう、頼む」
自分の心を整理し、作戦に臨むのであった。
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